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第八話:ちょっとした遠征


 精神的な苦痛を(ともな)う、貴族の庭園への訪問を終わらせた翌朝。

 俺はベッドで仰向けになりながら、とある『ブツ』を眺めていた。


「……へへっ、かっこいいなぁ」


 視線の先にあるのは、夢にまで見た『冒険者カード』。

 昨日の夕方頃、自宅に郵送されてきたものだ。

 俺の名前・顔写真・階級・役職などの個人情報が記されたこれは、冒険者としての身分証明書。

 クエストを受注するときなんかに、必要となるものだ。


 ちなみに冒険者カードは、階級ごとにその材質が異なる。

 俺の持っているD級はアイアン。

 C級はブロンズ。

 ステラ・レックス・ルーンのB級はシルバー。

 A級はゴールド。

 所謂(いわゆる)『ランク外』的な位置付けであるS級は、なんと超高級素材であるオリハルコンが使われているそうだ。


「さて、と……そろそろ準備しないとな」


 とりあえず今日は、王都でステラと合流した後、肩慣らしにいくつか簡単なクエストを受ける予定だ。


 着替えをサッと済ませた俺は、自室を出て台所へ向かう。

 すると――朝ごはんのいいにおいがしてきた。


 今日は多分、ベーコンと目玉焼きだな。


「アルト、おはよう」


「おはよう、母さん」


 朝早くからごはんを作ってくれている母さんに、元気よく挨拶(あいさつ)


「おはよう、アルト」


「あっ、おはようございます。校長先生」


 冒険者学院時代、よく面倒を見てくれた先生にも、ちゃんと挨拶を……。


「……え?」


 思わず、二度見。


「こ、校長先生、どうしてここにいるんですか!?」


 あまりにも普通に座っていたものだから、ついうっかり見逃してしまった。


「ふむ……」


 俺の質問に対し、彼はゆっくりと頷き、机に置かれた湯呑(ゆのみ)をすすった。


「ふぅー……ステラとパーティを組んだそうじゃな」


「は、はい。よくご存じですね。……というか、人の話をほとんど聞いてくれないところは、一年前からまったく変わっていませんね……」


 冒険者学院の校長先生、エルム・トリゲラス。


 御年(おんとし)なんと百歳超え。

 白い眉毛に隠れた目・立派に(たくわ)えた白い顎鬚(あごひげ)・白い装束に身を包んだその姿は、まるで昔話に出てくる仙人のようだ。


(生徒思いのとてもいい先生なんだけど……)


 どこまでも『自分の時間』を生きており、人の話をほとんど聞いてくれないのが、(たま)(きず)だ。


「アルトが冒険者になってくれたことをとても嬉しく思っておる。お前には昔から、殊更(ことさら)よく目を掛けてきたからのぅ」


 彼はしみじみと呟き、懐から白い封筒を取り出した。


「これは……?」


「明日、ちょっと(・・・・)した(・・)遠征(・・)がある。そこにお前さんらのパーティを()じ込んでおいた」


「え、えー……っ」


 卒業直前、勝手に有名冒険者ギルドへの推薦状を作成していたことといい、先生の行動はいつもちょっと前のめりだ。


「今日の正午頃、A級冒険者ギルド『銀牢(ぎんろう)』で、遠征の詳しい内容が説明される。せっかくだ、顔を出してきなさい。では、健闘を祈っておるぞ」


 彼はそれだけ言うと、『空』の手印(しゅいん)を結び、時空の狭間に消えてしまった。


 それから数時間後、


「――ということがあったんだ」


 王都でステラと合流した俺は、すぐに今朝のことを話した。


「はぁ……。まったくあの『仙人』は、相変わらず無茶苦茶ね……」


 彼女は小さなため息をこぼした後、


「でもまぁ、いいんじゃない? せっかくの機会だし、参加させてもらいましょう!」


 かなり乗り気な姿勢を見せた。


「う、うーん……。ステラはB級だからいいけど、俺なんかまだD級だしさ……」


 校長先生は『遠征』だと言っていた。

 十中八九、複数の冒険者パーティが参加する、中~高難易度のクエストと見て間違いないだろう。

 そうなってくると……冒険者として実戦経験のない俺は、みんなの足を引っ張ってしまうかもしれない。


「何を言ってるの! アルトはB級のレックスに完勝するほどの召喚士なのよ? あなたが参加してくれたら、冒険者のみんなは大助かりに決まっているじゃない! それに……ここで大きく名前を売れれば、一気に上の階級へ駆け上がれるわ!」


「いや、でも……」


 懸念点(けねんてん)はもう一つ。

 あの(・・)校長先生が――物事を小さく言うきらいのある彼が、『遠征』という言葉を使ったのだ。

 正直、なんだかちょっと嫌な予感がする。


「アルトはとっっっても強いんだから、もっと自信を持った方がいいわ! さっほら、行きましょう!」


「えっ、あっ、ちょ……ステラ!?」


 王都の目抜き通りを真っ直ぐ進み、少し入り組んだ路地を右へ左へと進み――A級ギルド銀牢(ぎんろう)に到着。


 受付の人に校長先生から渡された白い封筒を手渡すと、ギルドの地下にある『大教練場(だいきょうれんじょう)』という場所へ通された。


(こ、これは……っ)


 そこにいたのはなんと、百人以上にもなる冒険者たち。


 しかも……。


(あそこの魔術師は、B級のケセランさん。向こうの調教師(テイマー)は、B級のチョッチさん。あっちの騎士なんかは、A級のハロルドさんだぞ!?)


 ここに集まっていたのは、誰もが知っている有名な冒険者ばかり。

 今から戦争でも仕掛けにいくのか、そう思ってしまうほどの大戦力だ。


「す、凄い、な……」


「え、えぇ……。思っていたよりも、ずっと大きな遠征みたいね……っ」


 俺とステラが緊張に言葉を失っていると、遥か前方に設置された舞台に一人の冒険者が上がった。


「――冒険者諸君、今日はよく集まってくれた! ()えて言うまでもないが、此度(こたび)の遠征は文字通りの命懸け! しかし、誰かがこのクエストを果たさねば、人類の平和は――ダンジョン攻略は成し遂げられん! まずは君たちの勇気と民を思う心に、感謝を……!」


 A級冒険者ギルド『銀牢(ぎんろう)』の中心メンバー、A級冒険者のラインハルト・オルーグだ。


 ラインハルト・オルーグ。


 身長は180センチほど、年齢は多分25歳前後だろう。

 透き通るような金色の長髪・目鼻立ちの整った顔・線の細い体に搭載された立派な筋肉。

 聞くところによれば、A級でも三本の指に入る、凄腕の剣士らしい。


(というか……これだけの大戦力が集まってなお、『命懸け』って……っ)


 校長先生……。よくもまぁあんなにも軽い感じで、こんな大事(おおごと)を振ってくれましたね……。


「それではこれより、第四次ダンジョン遠征の作戦概要を説明する! 我々の戦術目標は、大魔王が(のこ)した五つの魔具を――」


「――ちょっと待ったァ!」


 ラインハルトさんの説明を遮り、黒髪短髪の男性冒険者が大声を張り上げた。


 彼は確か……ウルフィン・バロリオ。


 ラインハルトさんとパーティを組む、A級冒険者。

 非常に気性が荒く、あちこちでよく問題を起こしているため、あまり評判のよくない人だ。


 ウルフィンさんは大股でズカズカと舞台に上がると、大きく両手を開いた。


「よぉよぉ! 今回の遠征メンバーにとんでもねぇポンコツが――『D級冒険者』が紛れ込んでいるそうじゃねぇか!? え゛ぇ!?」


 その瞬間、大きなざわつきが生まれる。


「D級冒険者……?」


「この遠征の参加条件って、確か『B級以上』だよな……?」


「はぁ……。大方、名を売りたいだけの馬鹿が、しゃしゃり出たってところか?」


「ったく、たまにいるんだよなぁ……。自分の実力を過信した『勘違い野郎』がよぉ……」


 あちこちから噴き上がる不満の声。


 俺が心臓をバクバク鳴らしていると、舞台の上で何やら言い争いが始まった。


「おい、ウルフィン! その件については、昨晩ちゃんと説明しただろう!? 『彼』は特別なんだ! 冒険者学院の老師より、直々に推薦があったのだぞ!?」


「はっ! あんな耄碌(もうろく)爺の妄言、信じられっかよ!」


 ウルフィンさんは激昂(げきこう)するラインハルトさんを退(しりぞ)け、一歩前に踏み出した。


「どうせ、ここにいるんだろォ? こそこそしてねぇで出て来いよ――アルト・レイス!」


 彼の手元には、俺の名前と顔写真の記された羊皮紙(ようひし)があった。

 おそらく、校長先生が渡したものだろう。


(これは……下手に隠れるより、名乗り出た方がよさそうだな……)


 俺が仕方なく右手をあげた次の瞬間、


「――てめぇがアルト・レイスか」


 目と鼻の先に、ウルフィンさんの姿があった。


(……速い)


 さすがはA級冒険者というべきか。

 とてつもない速度だ。


「俺はてめぇを認めてねぇ」


「……はい」


 それはとてもよく存じ上げています。


「なぁおい、知ってっか? この世で最も厄介な敵は、『有能な敵』じゃねぇ――『無能な味方』だ。てめぇみたいなゴミクズが足を引っ張って、うちの連合パーティが崩壊したら、どう責任を取るつもりなんだ……あぁ゛!?」


 ウルフィンさんが鋭い殺気を放ち、大教練場が凍り付く。

 そんな中、一人の巨漢がのっそりと動いた。


「――ウルフィンよ、悪いことは言わん……やめておけ。殺されるぞ」


 B級冒険者のドワイトさん。

 心優しい彼が、仲裁に入ってくれたのだ。


「おいおいドワイトさんよォ、あんたこのD級の肩を持つのか? まったく、年は取りたくねぇよなぁ……。昔はあんなに凄かったドワイト様も、今じゃ目の腐ったぼんくらだァ!」


「ふぅ……一応、忠告はした。後は好きにするがよい」


 唯一の助け舟は、あっけなく(きびす)を返してしまった。


(……帰ろう)


 もうこんなトゲトゲチクチクしたところには、一分一秒といたくない。

 そもそもの話、俺はこの遠征にあまり興味がないのだ。


 そりゃ俺だって、いつかはこういう高難易度のクエストで活躍し、『ダンジョン攻略』に貢献したいという思いはある。


 しかしそれは、『いつか』であって『今』じゃない。

 まだまだ未熟な現在は、地道に一歩ずつ進み、ゆっくりと成長していきたい。


「すみません。なんか俺、場違いみたいなんで帰りま――」


 平謝りをしながら、そそくさと身を引こうとしたそのとき、


「――さっきから散々ボロカスに言ってくれてますけど、アルトはあなたなんかよりも全然強いですからね?」


 いつもながら好戦的なステラが、「もはや我慢ならぬ」といった風に口を開いた。


 ……お願いだから、もう帰らせてくれ。


「うっせぇ、ドブス。B級の分際で話し掛けんな」


「ど、ぶ、す……!?」


 一応ウルフィンさんは、ステラのことを認知していたらしく、彼女のことを一発で『B級』と言い当てた。


「ふ、ふぅー……。お言葉ですけど、『A級』という地位を鼻に掛け過ぎではないかしら? ――後それから、私はブスじゃありません」


「バァカ。A級とB級には、天と地がひっくり返っても(くつがえ)らねぇ『絶対的な壁』があんだよ。――鏡、見たことねぇのか?」


 ちなみに……ステラの名誉のために言っておくが、彼女は間違いなく絶世の美少女だ。

 これは俺の好み云々(うんぬん)を完璧に除外した、一般論としての話である。


 その後、ウルフィンさんとステラは一歩も引かず、二人の言い争いはどんどんヒートアップしていった。


「はぁはぁ……。ったく、情けねぇ話だよなァ……?」


「ふぅふぅ……いったいなんのことですか?」


「そんなD級を(かば)っているから、てめぇはずっと『落ちこぼれ』なんだよ。『アーノルド家の術式』を何も引き継げなかった、『捨て子のステ――」


 俺はウルフィンさんの言葉を遮り、大きくパァンと手を打ち鳴らす。


「――ウルフィンさん、俺と摸擬戦をやりませんか?」


「……あ゛?」


「アル、ト……?」


 俺はステラを背中に隠し、続きの言葉を紡ぐ。


「摸擬戦をすれば、いろいろと決着が付くと思うんですよ。例えば……俺とウルフィンさん、本当はどちらが強いのか、とかね」


 一瞬の静寂の後、おぞましい殺気が吹き荒れる。


「アルト・レイスぅ……? それはこの俺が、A級冒険者『影狼(えいろう)のウルフィン』だと知っての戯言(ざれごと)かァ゛?」


「えぇ、もちろんです」


「くっ、くくくく……。はーはっはっはっ! こいつはおもしれぇ! 最底辺のD級が、A級の俺に喧嘩を売ってくるとはなァ! お前、頭おかしいんじゃねぇか!?」


「別に、俺のことは好きに言ってくれても構いません。実際、ただのD級冒険者であることも、実力が足りてないことも事実ですから。ただ……俺の大切な友達を、ステラのことを馬鹿にするのなら話は別だ」


「はっ、口だけは一丁前なことを言いやがる! ――おいティルト、こんな地下じゃ戦えねぇ。どっか開けた場所に飛ばせ(・・・)


「ほいほーい」


 ティルトと呼ばれた少女は、懐から札を取り出し、それをボッと燃やした。


 すると次の瞬間、視界が大きく揺れ――気付いたときには、だだっ広い草原のド真ん中に立っていた。


(ここは……オムレド広原(こうげん)か。大教練場(だいきょうれんじょう)にいた冒険者全員が飛ばされていることから考えて……。指定した範囲の領域を丸ごと別の空間へ転移させる魔術か……。さすがはA級冒険者ティルト・ペーニャ。相当高度な魔術だ)


「おいティルト!? お前まで、何を勝手なことをしている!」


 ラインハルトさんは目くじらを立てて叱り付けたが、


「えー、いいじゃーん。なんか面白そうだしー」


 ティルトさんはどこ吹く風と言った様子である。


「くっ、この馬鹿共が……っ」


 ラインハルトさんは、腰に差した剣を引き抜いた。


(あれは……断魔剣(だんまけん)ゴウラか)


 あらゆる魔術を断ち斬るという、呪われた魔剣だ。


 ほんとここは、凄い魔術や魔具が目白押しだな。


「起きろ、ゴウラ……!」


 断魔剣が解放された次の瞬間、


「問題ない」


 ドワイトさんが止めに入った。


「ドワイト!? 何故止める!?」


「我らが今願うべきは、ウルフィンの無事のみ。それから――よく見ておくんだぞ、パウエル? あのとき儂が助けなければ、お前はこう(・・)なっていたのだ」


「んー、ドワイトさんよぉ……。やっぱあんた、あのガキを高く評価し過ぎじゃねぇか? 酔いが覚めた今見ても、アルト・レイスはへっぽこ冒険者にしか映らねぇぞ……」


 とにもかくにも――摸擬戦の場が整ったところで、俺とウルフィンさんは真っ直ぐ向き合う。


「――おいアルト、さっさと術式を展開しろ」


「……どういう意味でしょうか?」


「てめぇの無謀で愚かな蛮勇(ばんゆう)に敬意を表し、特別に一発だけ撃たせてやる」


 彼は指を一本立てた後、凶悪な笑みを浮かべた。


「ただし――お前が展開できる魔術は、正真正銘その一発だけだ。それを撃ち終えたが最後、お前は俺の姿を見ることもなく、一瞬でお陀仏。運がよければ、病院送りで済むが……。下手をすれば、上半身(うえ)下半身(した)が泣き別れになるかもなァ?」


「そうですか。では、遠慮なく――」


 俺はその脅しを軽く流し、『土』の手印を結んで召喚魔術を発動。


「……あっ、これ死んだわね」


「よもや、ここまでとは……ッ」


 ステラとドワイトさんの呟きの直後、


「……は?」


 遥か天空より『神話の古城ダモクレス』が落下し――ウルフィンさんを押し潰した。


※大事なおはなし


『面白いかも!』

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今後も『毎日更新』を続けていく『大きな励み』になりますので、どうか何卒よろしくお願いいたします……っ。


明日も頑張って更新します……!(今も死ぬ気で書いてます……っ!)


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― 新着の感想 ―
[一言] あーあ、地雷踏んだw A級なのに危機管理足りていないですねーw
[気になる点] 1話でルーンはC級と書かれてますけどどっちが正しいんでしょうか?
[一言] 天からお城。 建物も召喚できるなら色々と便利だな
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