第一話:パワハラ会議で追放
アルト・レイス、十四歳。
冒険者学院を首席で卒業した俺は、国家公務員である『冒険者ギルドの職員』となった。
学院長は『アルトは冒険者になるべきだ。今はまだ青いところもあるが……。お前ならば、いつかA級冒険者という高みへ……いや、もしかするとS級冒険者になれるやもしれぬ』と言って、いつの間にか有名ギルドへの推薦状まで用意してくれていたんだけど……。
故郷に残してきた母さんのこともあるので、丁重にお断りさせてもらった。
彼女は女手一つで、俺をここまで育ててくれた。
父さんは俺が生まれてすぐ、流行り病で亡くなってしまったらしい。
優しくて誠実な人だったと聞いているが、顔も覚えてなければ、一緒にいた記憶もないので、正直あまりピンとこなかった。
なんでも白い髪は父さん似で、柔らかい目元は母さん似だそうだ。
小さい時のことはあまり覚えてないけど、それでも母さんが身を粉にして働いてくれたことは、しっかりと記憶に残っている。
冒険者学院の入学金や三年間の授業料も、彼女が少ない給金を何年も溜めて工面してくれた。
冒険者は『一獲千金』を狙えるが、常に死と隣り合わせの不安定な職業。
その反面、冒険者ギルドの職員は国家公務員ということもあり、安定した給金が毎月支給、福利厚生もしっかりしている。
――これまで苦労を掛けてきた分、母さんには楽な思いをさせてあげたい。
だから俺は、最強の冒険者になる夢を諦め、ギルドの職員として働くことを決めたのだ。
初年度に派遣されたのは、地方のC級ギルド『貴族の庭園』。
故郷の実家から通える距離にあったので、最初はラッキーと思ったのだが……実際は最悪だった。
そこのギルド長デズモンド・テイラーが、とにかく酷い男なのだ。
強い選民思想を持つ典型的な純血主義者、「国家公務員は上級国民であり、そこに務める者は誇り高き血筋――神に選ばれし、貴族の生まれでなければならない」と考えている。
そのためデズモンドは、ギルド内で唯一『農民生まれ』の俺を敵視し、週に一度のパワハラ会議で徹底的にいじめ抜いた。
「アルト、無教養な農民は、こんなことも知らないのか? ……なに、こっちの術式の方がより効率的だと……? うるさい! お前は言われたことだけやれ! 余計なことは考えるな!」
「無能なアルトでも、メシだけはちゃんと食うんだな。どうだ? うまいか? 大した成果も出さずに食うメシは、さぞうまいだろうなぁ! まったく、うらやましいものだ!」
「おい、その不満気な顔はなんだ? 私のやり方が気に食わないのなら、いつでも辞めてくれていいんだぞ? お前の代わりなど、いくらでもいるのだからな!」
どれだけ成果を出しても認められず、それどころか他のギルド職員も参加する会議の場で、何度も激しく罵倒された。
「……申し訳、ございませんでした……っ」
俺はその理不尽なパワハラを黙って耐え忍んだ。
否、耐え忍ぶことしかできなかった。
通常なら受理されるはずの『他ギルドへの異動申請』が、何故か悉く却下されてしまうのだ。
風の噂によれば、デズモンドは中央政府に太いパイプがあるらしい。
おそらくは裏に手を回して、俺の異動申請を弾いているのだろう。
(我慢、我慢だ……っ)
冒険者ギルドの新人職員は、一年に一回、配置換えが行われる。
これは明文化された規則であり、デズモンドの力じゃどうすることもできない。
後二週間。
後二週間だけ我慢すれば、俺は新しいギルドへ転属される。
(後少し、ほんの少しの辛抱だ……っ)
そう思って、必死に我慢してきたのに……。
デズモンドの『最後の嫌がらせ』によって、俺の一年にも及ぶ忍耐は、全て水の泡になってしまった。
「――アルト・レイス、お前は今日でクビだ」
「……え?」
昼下がりに告げられた、突然のクビ。
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
ギルドの職員をクビにされたら、転属の話も全てパァだ。
国家公務員という職を失い、完全な無職になってしまう。
「そん、な……っ。どうして俺がクビなんですか!? デズモンドさん、理由を教えてください!」
C級ギルド『貴族の庭園』の発展に、俺は少なからず貢献してきたはずだ。
召喚魔術の入門講座や召喚獣の貸し出しサービスは、冒険者の間で大好評。
貴族の庭園を利用する冒険者の数は、この一年で二倍以上に膨れ上がった。
今の成長率を維持すれば、半年後の昇級審査で、B級ギルドへの昇格は確実だと言われている。
しっかりと成果はあげた。
大きなミスもしていない。
それなのに、どうしてクビにされないといけないのか。
「理由? そんなこと、敢えて説明するまでもないだろう。――アルトが農民の生まれだからだ」
「……は?」
お腹の底から、空気の抜けた声が出た。
「お前みたく召喚魔術しか能のない農民が、国家公務員たるギルドの職員として、私のような素晴らしい貴族と肩を並べて働くことができたのだ。むしろ、一年も籍を置いてもらえたことを感謝してほしいぞ」
デズモンドの主張に理屈や道理はなかった。
彼はただただ、農民生まれの俺が気に食わないのだ。
「しかし……くくっ、残念だったなぁ、アルト? もうすぐこの嫌なギルドから、おさらばできると思ったのに……まさか転属間近でクビにされ、路頭に迷う羽目になるとはなぁ! ふふふっ、はーはっはっはっはっ!」
「……っ」
デズモンドは、どこまでも性根の腐り切った奴だった。
たっぷりと一年間、俺をいじめ抜いたうえ、配置換え間際のこのタイミングを狙い澄まして、クビを突き付けてきたのだ。
(くそ、くそ、くそ……くそ……ッ)
腹が立った。
悔しかった。
だけど、その気持ちをここでぶちまけるわけにはいかない。
こんなところで暴れたって、母さんに迷惑を掛けるだけだ。
俺は固く拳を握り締め、執務室の出口へ足を向ける。
「おいおい、アルト。一年も世話してやったというのに、挨拶もなしに出て行くつもりか?」
「……ありがとう、ございました……っ」
屈辱的な思いを噛み締めながら、デズモンドに小さく頭を下げ――冒険者ギルド貴族の庭園を後にした。
■
冒険者ギルドをクビになった俺は、行く当てもなくフラフラと街中を練り歩く。
(クビになったって知ったら、母さんはがっかりするだろうな……)
やっと楽な生活をさせてあげられると思ったのに、ぬか喜びをさせてしまった。
(とりあえず、早いところ次の職を見つけないと……)
明日の朝には職業安定所へ行って、なんでもいいから仕事を斡旋してもらおう。
ぼんやりそんなことを考えていると――突風に煽られた新聞紙が、ペシンと顔に張り付いた。
その一面を飾っていたのは、若き三人の冒険者。
無所属かつソロでありながら、歴代最速でB級冒険者に昇りつめた『魔炎の剣姫』ステラ・グローシア。
B級ギルド『龍の財宝』所属のB級冒険者、『万優の龍騎士』レックス・ガードナー。
B級ギルド『翡翠の明星』所属のC級冒険者、『表裏の魔女』ルーン・ファーミ。
冒険者学院に通っていた頃、共に競い合った旧友たちだ。
今はみんな別々のギルドに所属し、それぞれ異なるパーティで活動しているらしい。
「……みんな凄いなぁ」
新聞の一面を飾るほど有名になるなんて、本当に凄いや。
(それに比べて俺は……)
ただただ苦しいだけ、不毛で無駄な一年を過ごしてしまった。
「……ははっ、いったい何をやっているんだろうな……っ」
自分があまりにも惨めで、どうしようもなく情けなくて、思わず乾いた笑いがこぼれる。
「もしもあのとき、みんなと一緒に冒険者の道を進んでいたら……何か違っていたのかな……」
脳裏をよぎるのは、一年前に挙行された冒険者学院の卒業式。
「アルト。なんというか、その……もしよかったら、私とパーティを組まない?」
「なぁアルト、一緒に冒険しようぜ! 俺とお前が手を組めば、最強の冒険者パーティになれる!」
「アルトさん。私とパーティを組んで、魔術の深淵を歩みませんか?」
もしもあのとき、みんなと一緒に冒険者の道を選んでいたら……。
「……いや、過去を悔いても仕方がないな」
大きく息を吐き出し、頭を切り替え、母さんの待つ自宅へ足を向けた。
「ただいま」
古びた木の扉を開けた瞬間、
「「「「――アルト! お誕生日、おめでとう!」」」」
パンパンとクラッカーが鳴らされた。
「え……?」
そこにいたのは、晴れやかな笑みを浮かべた母さん。
そして――。
「ステラ、レックス、ルーン!? みんな、どうして……!?」
俺が驚愕に目を見開いていると、ステラたちは嬉しそうに笑った。
「アルト、今日はあなたの誕生日でしょ? だから、サプライズパーティを企画したの!」
優しく微笑む彼女は、ステラ・グローシア。
背まで伸びた亜麻色の髪。身長は160センチ。
クルンとした紺碧の瞳・太陽のように暖かい笑顔・ツンと上を向いた大きな胸、百人が百人とも振り返る絶世の美少女だ。
「へへっ、どうだ? びっくらこいただろ?」
得意気に肩を組んできた彼は、レックス・ガードナー。
整えられた濃紺の髪・身長は165センチ・バランスの取れた筋肉、真っ直ぐな性格をしたとてもいい奴だ。
「アルトさん、お久しぶりですね」
礼儀正しくペコリと頭を下げた少女は、ルーン・ファーミ。
肩口あたりで切り揃えられた銀色の髪。身長は158センチほど。
柔らかく可愛らしい顔立ち・女性的なふっくらとした体・心優しい性格、みんなに愛される美少女だ。
「よかったわね、アルト。お友達のみんなが、あなたの誕生日に集まってくれたのよ」
いつものエプロンを巻いた母さんは、まるで自分のことのように喜んでいた。
「誕生日……そう言えば、そうだったな」
あまりにも忙し過ぎて、自分の誕生日すら忘れてしまっていた。
「アルト。これ、私からの誕生日プレゼント。大切に持っていてくれると嬉しいな」
ステラはそう言って、ネックレスをくれた。
シンプルな銀のチェーン。ペンダントトップには、淡いピンク色の結晶がついている。
すると――俺よりも先に、レックスとルーンが声をあげた。
「ほぉー、こりゃ珍しい! 『姫巫女の秘晶』じゃねぇか! 最近えらく熱心に巫術山脈へ通っていると思ったら、その激レアアイテムを狙っていたんだな!」
「そ、それ……『安全祈願の石』として有名ですが、一部界隈では『恋の石』と呼ばれているものですよね……? やっぱりステラさん、アルトさんのことが……っ」
「う、うるさいなぁ、もう!」
ステラは何故か顔を真っ赤にしながら、シャーッと威嚇してみせた。
「これが姫巫女の結晶……」
巫術山脈の山頂付近で、極々稀に発見される、とても希少な鉱石。
この結晶を身に付けた冒険者は、聖なる姫巫女の祈りに守られ、必ず無事に帰ってくると言われている。
「あ、アルト、別にそんな深い意味はないのよ? それに、なんというかその……嫌だったら、捨てちゃっても構わないわ……」
ステラは不安気な表情で、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
俺が姫巫女の結晶に魅入っていたせいで、いらぬ心配をさせてしまったようだ。
「ありがとう、ステラ。このネックレス、一生大事にさせてもらうよ」
「い、一生……!? そ、そっか。えへへ……どういたしまして」
彼女は美しい髪を指でいじりながら、とても嬉しそうに微笑んだ。
「さて、そんじゃ俺からはこいつだ!」
レックスのプレゼントは、八色金剛を精錬した立派な太刀。
「アルトさん、こちらをどうぞ」
ルーンからは、彼女の得意な反魔法が編み込まれた手編みのローブをもらった。
「みんな、ありがとう。本当に嬉しいよ」
パワハラを受けて荒んだ心に、みんなの優しさが沁み渡る。
それから俺たちは、母さんの作ってくれた御馳走に舌鼓を打ちながら、いろいろな雑談に花を咲かせた。
冒険者学院に通っていた頃は、毎日こうやってワイワイと騒いでいたっけか。
「あっそうだ、レックス! あなたこの前、私の獲物を横取りしたでしょ!?」
「はっはっはっ、そんなこともあったか! まぁ気にすんな!」
「ふふっ。私たち最近、よくダンジョンで会いますよね」
ステラたちの話は、必然的に『冒険』のことに偏った。
俺の知らない冒険者の世界。
なんだかそれが、とても眩しく見えた。
「――ねぇアルト、あなたは最近どう? 確か『貴族の庭園』ってギルドで働いているのよね?」
「お前のことだ。どうせまた、なんか凄ぇことやってんだろ?」
「アルトさんのお話、ぜひ聞かせてほしいです」
ステラ・レックス・ルーンは、目をキラキラと輝かせながら、興味津々といった風に聞いてくる。
「あ、あー……。それなんだけど……なんというか、その……ギルド、クビになっちゃった」
どうやったって、隠し通せる話じゃない。
俺は苦笑いを浮かべながら、正直に打ち明けた。
「えっ、どうして!?」
「アルトがクビって、どういうことだ?」
「に、にわかには信じられません……」
「えーっと……最近はギルドの財政事情も苦しいからな。人員整理の対象になっちゃったんだ」
ギルド長から酷いパワハラを受け、追い出されてしまった。
さすがにこれをそのまま伝えるわけにはいかなかった。
ここには母さんもいるし、それに何より、俺にだってプライドがある。こんな情けない話、旧友には知られたくない。
「そっか……。でも、アルトをクビにするだなんて、よっぽど無能なギルド長なんでしょうね」
「だな。あんまりこういうことは言いたくねぇが、大馬鹿野郎だ」
「アルトさんの価値がわからないなんて……。そのギルド長さんは、冒険者学院からやり直すべきですね」
三人は「理解できない」と言った風に憤った。
お世辞や気休めだろうけど、そう言ってくれるだけで、ちょっと心が軽くなった。
この世界には、自分を評価してくれる人がいる。
そう思うだけで、なんだか許されたような感じがしたのだ。
(……ステラ・レックス・ルーン、今日は本当にありがとう)
みんなのおかげで、明日からも頑張っていけそうだ。
俺が温かい気持ちでいっぱいになっていると、
「ね、ねぇ、アルト……。今度こそ、私と一緒にパーティを組まない?」
「そんじゃアルト、俺んとこのパーティに来いよ!」
「アルトさん、どうかうちのパーティに入っていただけませんか?」
「……え?」
いったいどういうわけか、三人から同時に勧誘されてしまった。
※とても大事なおはなし!
『面白いかも!』
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