「いいか、ハーレムっていうのはな!」
一発ネタの短編のつもりでしたが、そういえばここのざまぁって確かもう一系統あったなと思い付いてガッと書きました。本当は昨日投稿する予定でしたが、なぜか投稿できなかったので改めてチャレンジ。ざまぁネタはとりあえず今回で打ち止めです。
放課後の王立学院学生食堂。わたしは今日も、同じグループの下級貴族令嬢の皆様とお茶会を楽しんでいる――はずだったんですけども。
「……わたくし、もう限界ですわ……! 父たちやあの方たち、それに何よりヘイデン様に少しでも認めていただけるようにと、わたくしなりに努力致しましたのに……!」
「ああ、シンシア様、元気をお出しになって! 大丈夫ですわ、シンシア様は充分素敵な方ですもの!」
「ええ、いずれきっと、シンシア様の魅力をお分かりになる方が現れますわ!」
「そうかしら……」
現在わたしはなぜか、伯爵家ご令嬢たちのテーブルに混ざって、紅茶を振る舞われている。
――ことのきっかけは、ご令嬢たちの輪の中で慰められているグレイス伯爵家のシンシア様とわたしが、食堂前の廊下でぶつかりかけたことだ。泣きながら早足で歩いていたシンシア様は、勢い余って転びかけ、それをわたしがとっさに支えたというわけ。儚げにほろほろ泣き続けてるご令嬢を放ってもおけず、一緒に食堂に入ってこのテーブルに送り届けたら、お礼にと彼女たちのサロンに招かれた。そして今に至る、と。
それで、何でまたシンシア様が人目もはばからずこうして号泣しているのかというと。
「――それにしても、グレイス伯爵もあんまりですわ! よりにもよって、シンシア様の婚約を、バーサ様に無理やり切り換えるだなんて!」
「シンシア様を何だと思っていらっしゃるのかしら!」
「何より、あの方たちのあのお振舞い!」
ぷんすかと怒りながらご令嬢たちが見やる先、わたしたちのすぐ後に食堂に入ってきて、現在テーブル一つを占領して楽しげな方々。六人ほどいらっしゃるけれど、男子生徒が一人で後は全員女子という、ずいぶん男女比率が偏った一団だ。
両手どころかテーブルすべてを花に囲まれて、楽しそうに鼻の下を伸ばし――もとい、微笑みを絶やさず会話の中心におられるのが、シンシア様の“元”ご婚約者であるパーティング伯爵家のヘイデン様。ところでさっきから目線が斜め前のご令嬢に釘付けでしてよ。どこにとは申しませんけれど、ただ彼女は大変に女性らしい身体つきをしておられる、といえばお分かりかと。おかげでここからでも分かるほど、女子同士の空気が少し不穏だ。
まあ、それだけならまだ、「殿方はこれだから」と眉をひそめる程度で済むのだけど――お優しいシンシア様や外野のわたしたちだからその程度で済むのであって、ご令嬢によっては背筋が凍る目に遭わされる可能性もあり得ることを補足しておく――ヘイデン様の“やらかし”は、少なくとも一般的なご令嬢の想像を絶していた。
「まるでシンシア様に見せ付けるような、あの品のないなさりよう!」
ご令嬢の一人が吐き捨てた一言がすべて。
あのテーブルを囲む花の中には、他ならぬシンシア様の妹君――新たにヘイデン様の婚約者に据えられたバーサ様――の姿もあるのだ。ヘイデン様の隣でしなだれかかるようにしながら、優越感に溢れた笑みを浮かべている。ちょっと口の端が引きつっているような気もするけど。まあヘイデン様にガン見されているご令嬢と比べたら、バーサ様はその、少しばかりスレンダーだから。どこがとは言わないけど。
もっとも、妹君といっても、シンシア様とは腹違いになる。元々グレイス伯爵家にはシンシア様のお母上一人しか子供がおらず、先代伯爵が遠縁の家からシンシア様のお父上を見初め、婿として迎えられた。けれど先代伯爵がそれからすぐにお亡くなりになって、箍が外れたシンシア様のお父上は、シンシア様がお母上のお腹にいる頃から彼女をちっとも顧みず、挙句愛人作ってそっちにも娘を産ませて、伯爵家に引き取ったそうだ。シンシア様と異母妹のバーサ様、お二人の誕生日が半年も離れていない辺りで、常識のある方は微妙な顔になる。だって半年って、ねえ。
「……でも、仕方ないのかもしれませんわ……バーサは明るくて、父や屋敷の者たちのお気に入りの子ですもの。それに引き替えわたくしは、実の父親にまで暗い娘だと言われる有様で……」
そう言って、シンシア様はまたほろほろと涙を零される。本当にお優しい方だと思うけど、申し訳ないことにわたしはシンシア様の言葉にはあまり同意できない。バーサ様については、まあ何というか、軽い方だな、とは思うけど。具体的に言えば、頭とかお尻とかその辺が。この間のナンシー様ほど大物食いはしておられないけど、バーサ様もやたらと男性に声をかけていらっしゃるのは有名でしてよ?
「まあ、それはお父君が分かっておられないだけですわよ! シンシア様は奥ゆかしくてお淑やかな方ですのに!」
「本当ですわ!」
「それにまるで、妖精みたいにお綺麗ですのに」
「皆様……ありがとうございます」
少し目元を赤くしながらも、微笑んだシンシア様は本当に、童話に出てくる妖精みたいに綺麗。実はシンシア様、上級生の方には割とガチめな人気がある。――ヘイデン様、その内そういう方たちに呪いでも掛けられるんじゃないかしら。婚約者チェンジは、学院内でも悪い意味でホットなニュースだから。
……と、そんなことを考えていたら。
「……あら、ご覧になって」
ご令嬢たちの一人が、テラス席を見て声をあげる。
今日は少し風が強くて、テラス席に通じる窓は閉められている。それでもいくつかのテーブルが埋まっていたんだけれど、空いてるテーブルの一つを囲んで座った六人組に、わたしは見覚えがあった。というかここにいる人たちの大半はそうだと思う。
ウォルフ伯爵家のオリヴァー様。
リンクス子爵家のミーシャ様。
ディーア子爵家のユリシーズ様。
バジャー男爵家のビリー様。
レパード子爵家のシモン様。
ライナソス男爵家のアンガス様。
つい先日、第二王子殿下の婚約破棄騒動をまったく自覚なしに鎮圧し、食堂を声も出ないほどの笑いの渦に叩き込んだ、学院でも有名な問題児の方々だ。――って、男子生徒が一人、こっそり窓を開けに行ったのだけれど、あれって例の笑い袋さんじゃない。どうやらまた何か面白い話が聞けるんじゃないかと期待して、テラス席の窓を開けに行ったらしい。しかも風で開き過ぎてバレないように、窓の下に木片を噛ませて固定するほどの念の入れよう。この前の婚約破棄騒動の時、笑い過ぎて腹筋が攣って保健室に担ぎ込まれたというのに、何でまたわざわざ死地に足を踏み入れようというのか、あの方は。それとも男子ってそういうものなのかしら?
彼らは窓が半開きにされたのには気付いてないようで、早速雑談を始める。その会話が、風に乗ってこちらにも聞こえてきた。
「――おい、聞いたか、パーティング家のバカ君の話」
「ああ、婚約者を姉のシンシア嬢から、妹のバーサ嬢に乗り換えたとかいう……しかもそれを堂々と見せ付けているらしいな。何の瑕疵もないご令嬢を一方的に捨てて妹と婚約を結び直すなど、まともな常識があれば考えもしないことだが」
「バーサ嬢もなかなかだぜ。『お姉様と違ってわたしは、ヘイデン様のお付き合いに目くじらなんて立てませんことよ』だっけ?」
「あれ、あそこにいるのそうじゃない? 女子侍らせて鼻の下伸ばしてるの。婚約者も込みでって、凄い神経だよね、お互い」
「ハーレムってか。ある意味男の夢だよなあ」
「馬鹿言え!!」
シモン様のハーレム発言に、ユリシーズ様がテーブルを叩いて立ち上がった。
「いいか、ハーレムっていうのはな! 女の子全員をちゃんと公平に扱って、ヘイト管理もきちんとしてこそだろうが! 単に女侍らせて鼻の下伸ばすだけの奴は、ただの節操なしのスケベ野郎だ!!」
さすがヘタr――もとい、奥手で純情とこの間バレたユリシーズ様! 言葉の流れ弾がヘイデン様に行ったぁぁ!!
「ごふっ」
「ボッフォ!」
ちょうど飲み物を口にしていた、ヘイデン様と笑い袋さんが盛大に噴いた。ヘイデン様はダメージで、笑い袋さんは笑いでぷるぷるしている。
そして、ヘイデン様に侍っていた、バーサ様以外の周囲のご令嬢たちからはスンッという感じで表情が消えた。なにあれ怖い。ひょっとしたら思うところがあったのかもしれないけど。
なお、テラス席の他のテーブルの方は、全力で気にしないふりをしながらも、始まったぞとばかりにこっそり様子を窺っているようだ。
だがこれは、まだまだ序の口に過ぎなかった。
「それにしても、両家の親はよく、そんな話を了承したものだな。醜聞なんてものじゃないと思うんだが」
「ああ、グレイス伯爵家のことは、社交界じゃ結構有名らしいぜ? 先代が早くに亡くなって、一人娘の奥方も体調崩して臥せってるのを良いことに、入り婿とその愛人が正妻の娘のシンシア嬢をいびってるっていうのは。うちの親が知ってるくらいだから相当だ。総領娘のシンシア嬢を差し置いて、愛人の娘のバーサ嬢に金を掛けまくってるって話だな。だから、冷遇されてるシンシア嬢よりバーサ嬢の方がマシだって、パーティング家側も計算したんじゃねえの?」
「うわあ、酷い話だねえ」
「まあ、そのせいで入り婿の旦那と愛人親子は、社交界から弾かれそうだけどな。『正当な跡継ぎの総領娘にドレスの一着も用意できないほど台所が苦しいなら、夜会になど呼ばない方が親切ですわねえ』なんて、前にうちの母親が高笑いしてたぜ。もう奥方連中の間には広まりきってるんじゃねえか?」
オリヴァー様の言葉に、バーサ様がぎょっとテラス席を見る。そういえばオリヴァー様は伯爵家のご子息。伯爵家が出席するクラスの夜会についてご存じでも不思議はない。
それに夜会含めた貴族の社交って、仕切るのは大体奥様方だものね。そこで爪弾きにされたら、社交面で死ぬ。冗談抜きに。
「な、な……」
「あら、その程度のこと、お気になさるほどでもないでしょう?」
「そうですわよねえ。バーサ様はお心の広い方ですもの。それに、“愛に障害は付き物”なんでしょう?」
口をぱくぱくさせているバーサ様に、ここぞとばかりに同席のご令嬢が追い討ちを掛ける。ちなみに“愛に障害は付き物”は、バーサ様が以前仰ったことだ。ヘイデン様に色目を使い出した頃にね。それにしても、見事なブーメランだこと。
そんな一幕を余所に、シモン様が堂々とのたまった。
「それにしてもすっげえよなあ! 両親公認の姉妹丼だぜ!」
「おい言い方ァ!!」
とんでもない問題発言が食堂にまで良く響く。ユリシーズ様が慌てて諫めたが、時すでに遅し。
「ボブフォッ!?」
「げほごほがほげほっ」
食堂のあちらこちらで、小さな噴水が噴き上がる。飛沫がシャンデリアの光にきらきら。――意味が分からなくてきょとんとしておられる、シンシア様始め一部の皆様。あなた方はどうぞそのままでいらしてね。
そして三つほど離れたテーブルで、笑い袋さんが早々にテーブルに沈没した。安定と信頼の笑い袋っぷりだ。
だけどまあ、あの方々がこの程度で終わるわけがない。ザマァ爆撃はここからだ。
「おまえな、いくら何でもあれはねえだろ、下品にも程があるぞ!」
「さすがに丼はねえだろ……バカ君と妹の方はともかく、シンシア嬢の方は品行方正だぞ」
オリヴァー様がげんなりと突っ込む。というかさっきも言ってたけどバカ君って! 的確過ぎてまた笑いが! 相変わらずこの方たちのあだ名のセンスはキレッキレだ。
そして何気に、バーサ様も品行方正じゃないって言ってるよねそれ。事実だけど。
「つーかさすがに母親が違うだけあって、シンシア嬢とバーサ嬢、ほとんど正反対だよなあ」
「そもそもあの二人は、姉妹にしても年が近過ぎるからね。半年違いでしょ? 普通ないよね」
「半年違いということは、伯爵は奥方の妊娠中に他の女性に手を出したということだからな。あり得ん! 入り婿というからには、先代伯爵にそれなりに見込まれてのことだったろうに、先代にもそのご息女の奥方にも、無礼が過ぎる!」
だん、とアンガス様がテーブルを叩く。あの方、あの問題児集団にいながら、とっても真面目な方なのよね。
そして彼が真面目な分、グレイス伯爵の所業のあり得なさがクローズアップされて、食堂の方々はほとんどがドン引きだ。まあね、実の息子ならともかく、入り婿の身で余所に愛人作るとかいっそ勇者よね。本人がこの場にいないから、伯爵に流れ弾は飛ばないけど。
「ご夫人方もその、大変だったと思うよ……」
「まあ伯爵の方は、仕込むだけだしなあ。楽だよな」
「だからおまえ言い方ァ!!」
いかがわしい方向に絶好調なシモン様に、ユリシーズ様が真っ赤な顔でツッコむ。
「シモン、さすがにそれは何というか、品がなさ過ぎるぞ。下町に馴染み過ぎだ……」
「まあ、妹のワガママで姉の婚約者を妹にスライドっていうのも、大概品がないでしょ。ユリシーズとアンガスは有りだと思う?」
「ナシに決まってんだろ! 全方位に失礼過ぎて色々あり得んわ!!」
「シンシア嬢はもとよりバーサ嬢にとっても複雑過ぎるだろう、常識的に考えて……常識があればだが……」
「ぶっちゃけ、シンシア嬢のお下がりだもんなあ」
「だからおまえはもう黙れ!!」
「シモンちょっと黙ろう、ユリシーズが熱噴いて倒れそうだから!――そこのウェイターさん、タートルナッツとドレイクフルーツ、できれば急ぎで! 丸のままで良いんで!」
ユリシーズ様とビリー様が全力でツッコみ、ウェイターに注文が飛ぶ。なるほど、食べ物で黙らせるというわけか。
そしてさっきから言葉の流れ弾が、ヘイデン様とバーサ様にガッスガッス直撃して、二人とも何だかぷるぷるしていた。笑いとは違う意味で。
「お姉様のお下がり……お下がりって……」
「お下がり……この僕が……?」
あ、結構ダメージ入ったなこれ。何かブツブツ言ってる。
でも風の噂では、バーサ様、シンシア様の持ち物を何だかんだと理由を付けて取り上げてるって聞いたけど。それもある意味お下がりよね?
「くそっ、もう我慢ならない! 決闘だ!」
とうとう沸点を超えたらしいヘイデン様が立ち上がり、テラス席に突撃しようとしたけど、それより早くウェイターが注文の品をテラス席に届けた。
「――お待たせ致しました、タートルナッツとドレイクフルーツでございます!」
「あ、どうも!」
タートルナッツは掌くらいの大きさの木の実で、殻の中にぎっしり詰まってる小さな実を食べるんだけど、食べ頃の実はそれこそ亀の甲羅みたいに、とんでもなく殻が硬い。実自体は香ばしくて美味しいんだけど。ドレイクフルーツはリンゴに似た食感で、こちらも食べ頃はとっても美味しいけど、熟れると鱗みたいな表皮がもの凄く硬くなる。両方とも、殻を割ったり皮を剥いたりするのに鑿と金槌が要るくらいだ。確かに食べられるように処理までしてとなると、軽く一時間近くは掛かるけど、あれ道具もなしにどうやって食べる気なの?
……とか思ってたら、
「じゃあミーシャ、アンガス。よろしく」
「いいよー。えい」
「ふっ!」
ミーシャ様が右手一本で握り締めたタートルナッツがバキャッと砕け、アンガス様が気合一発、掌底を叩き付けたドレイクフルーツがボゴッと割れる。食堂はシーンと静まり返り、突撃しようとしたヘイデン様が顔色を悪くしてまた着席した。気持ちは分かる。
「おー、相変わらず馬鹿力だな、おまえら」
「まあな。筋トレは欠かしてないぞ」
「結構良いトレーニングだよね、握力の」
……そういえばミーシャ様って、拳一発で人一人を五メートル吹き飛ばす方だった。アンガス様はそのミーシャ様と嬉々として組手して、良い勝負になる方だった。休み時間によく見掛けるのよね。だからこの二人、問題児集団の武力担当って言われてるんだっけ。
ナッツとフルーツでクールダウンしながら、彼らはまた雑談を再開する。
「――だけどさ、根本的な問題としてね? バーサ嬢とバカぎ、じゃない、ヘイデン殿が結婚まで行ったとしても、グレイス伯爵家は継げないよね」
「そりゃそうだろ。余所からの入り婿と愛人の娘じゃ、グレイス伯爵家の血は一滴も流れてねえもん。入り婿の伯爵はともかく、愛人と娘の方は、法的には居候と変わんねえぜ?」
「だよね。この国、血統管理結構厳しいもんね。血縁のない養子は家継げないし」
ミーシャ様がそう言いつつ、タートルナッツをぽりぽり齧る。本当に小動物みたいで可愛い絵面。――ついさっき、右手の握力だけでタートルナッツを粉砕したのを見てなければね。
ともあれ彼の言った通り、この国は血縁による相続をとっても重視する。男性が全滅して女性しか継げる人がいなければ、女性当主もやむなしと認められるほどだから徹底した話だ。その徹底っぷりは、仮に何かの理由で直系の継承者が全滅し、法律で決まってる範囲の近しい血縁者もいない場合、容赦なく家のお取り潰しが決まるくらい。何でも昔、よりにもよって王家が、血縁のない人間に乗っ取られかけたせいらしいけど。今では当主から五親等以内の血族でないと、家や爵位を継がせることはできないと法律で決まっている。
と、バーサ様が復活して、シンシア様に見せ付けるように強気な笑みを見せた。
「ふ、ふん! お父様はグレイス伯爵家の当主で、わたしはその実の娘なんだもの、継承権はあるわよ! その上でヘイデン様を夫として迎えれば良いことだわ!」
「そ、そうだな、バーサ! やっぱり君を選んで良かったよ!」
「ヘイデン様!」
バーサ様とヘイデン様が手を取り合い、同席してる他のご令嬢たちはシラーッとした目でそれを見ている。
「えーと、今のグレイス伯爵って確か、先代の従兄弟の孫だって親に聞いたぞ」
「だったら先代の親兄弟が一親等で、従兄弟はその子供で、そのまた孫だから……ギリで五親等か?」
テラス席から漏れ聞こえる会話に、バーサ様が勝ち誇った笑みを浮かべた、その時。
「え、違うよ。ややこしくて間違って覚えてる貴族も案外いるらしいけど、兄弟は本人から見て二親等だから、つまり先代伯爵のお父上から数えて二親等だよ? その子供同士になったら先代伯爵から見て従兄弟は四親等。その孫だから今の“伯爵”は先代から数えると六親等だね。ギリギリアウトだ」
ビリー様の言葉に、バーサ様とヘイデン様が真っ青になった。
「え……嘘……だってお父様は、自分が伯爵家の当主だって……」
「そんな……そんな馬鹿な!」
「あら……どうやらお取り込み中のようですわね」
「わたくし、所用を思い出しましたわぁ」
愕然とする二人を残して、他のご令嬢は次々と席を立ってフェードアウト。わあ、見切りが早ーい。
と、そこでわたしは気が付いた。
「そういえば、シンシア様も“所用を思い出された”方がよろしいのでは?」
「ああ、そうですわね!」
「仰る通りですわ! ありがとうございます。わたくしも少し“所用を思い出しました”わ」
さっきまで唖然となさっていたシンシア様だったけど、一瞬で良い笑顔になって席を立った。何だか色々なものを吹っ切った感じの笑顔だ。その“色々”の中には、多分向こうで真っ青になってるお二人も入ってることだろう。まあ自業自得だと思うけども。
「母に手紙を書かなければいけない用事がありましたの。申し訳ありませんが、今日はこれで失礼致しますわね」
「ええ、ごきげんよう」
「お元気になられて何よりですわ、ごきげんよう、シンシア様!」
やっぱり良い笑顔の皆様に会釈して、シンシア様は淑女としてギリギリ許される程度に足早に、寮へと戻って行った。
「……そ、そうだ! 僕にはまだシンシアが! シンシ、アーッ!?」
「ファーッ!」
シンシア様が食堂を出て行ってしばし、ようやくシンシア様の存在を思い出したヘイデン様が、バーサ様そっちのけでこちらを振り向き、そしてシンシア様が消えているのを見て途中で声が裏返った。あまりに素っ頓狂な声に、あちこちで小さく噴き出すのが聞こえる中、よろよろと復活しかけていた笑い袋さんが、奇声をあげて再びテーブルに沈没。あれもしかして笑い声なの?
笑い袋さんの(腹筋の)安否がちょっと気になるけど、テラス席がまた盛り上がってるからそっちを優先しよう。
「ぶっははは! じゃあダメじゃん! え、そしたらこの場合、今の伯爵ってどうなるんだ?」
「正確には今のご当主は、シンシア嬢の母君になると思うよ。体調が悪くて臥せってるってことだから、いわば“伯爵代行”を夫に任せてる状態なんじゃないかな。で、跡継ぎは今のところシンシア嬢一人。社交界でも言われてるんでしょ、“総領娘”って。そういうことだよ」
「ああ、なるほどな」
「まあ、先代伯爵の仕込みなら正解だったんじゃねえの? 今の状況見れば」
ユリシーズ様の言葉通りなら、今回一番のザマァを食らわせたのって、亡き先代伯爵ってことになるのかしら。
わたしがそんなことを考えてる間にも、ナッツとフルーツを完食した問題児六人組は、満足とばかりに席を立つところだった。
「そういやさ、あのバカ君とバーサ嬢、どうなると思う? どう間違ってもバーサ嬢が伯爵家継ぐ目はなくなったけど、婚約続くのかねえ。賭けてみるか?」
「いやでも、さすがにスライド二回目はないでしょ……アンガスが言った通り、一度目だけでも醜聞どころの話じゃないレベルだよ?」
「だよね。っていうか元鞘はあり得なくない? シンシア嬢多分全力で逃げると思うよ」
「あそこまでして成立した婚約である以上、添い遂げるのがせめてもの誠意というものじゃないのか?」
「当たり前だな。――なあ、オリヴァーはどう思うよ? この婚約続くと思うか?」
「ああ?」
ユリシーズ様の呼び掛けに眉を寄せたオリヴァー様は、ふんと鼻を鳴らして止めを刺した。
「考えるまでもねえだろ。四股五股当たり前で婚約者も捨てる浮気男と、他人の婚約者分捕る略奪女で、しかもお互い実演済みだぞ? 賭けになるかよ」
「ブフォッ」
辛辣極まりないけどこの上なく的確なオリヴァー様の台詞に、あちこちで噴き出すのが聞こえて、中でも笑い袋さんは噴いた拍子にとうとう椅子から転げ落ちた。ぴくぴく痙攣してるけど……あ、同じテーブルのご友人たちが、妙に手慣れた様子で二人掛かりで彼を撤去、食堂から出て行った。おそらく行き先は保健室だろう。――「これで今月四回目だぞ」とかご友人が愚痴ってたのが聞こえたけど、道理で手慣れてるわけだ。ご苦労お察しします。
オリヴァー様の置き土産で、ヘイデン様とバーサ様は現実を直視したのか、お互い険悪な様子で口喧嘩を始めていた。確かにこれは賭けにならない。早々に解消だろう。略奪愛って、やっぱり上手く行かないことが多いみたいだ。
まあオリヴァー様の仰る通り、お二人とも“パートナーや身内を平気で裏切る方”だって、堂々と自己申告したようなものだものね。そんな二人がくっついたところで、“自分だけは裏切られない”なんて保証があるわけないもの。すぐに疑い合うことになるのは目に見えている。つくづく、略奪なんてするものじゃない。
しみじみと納得して、わたしはテーブルのご令嬢たちにお暇を告げ、寮に戻ることにした。
◇◇◇◇◇
その後の話。
寮に戻られてすぐ、シンシア様が認めた長いお手紙は、何とかお母上のもとに届き、臥せっていたお母上もそれを読んで覚醒。どうやら体調を崩したのと、夫があまりに“自分が当主だ”と自信満々で信じ込んでいたので、箱入りで育ったお母上はそれを疑うこともなく、唯々諾々と従っていたそうだ。思い込みって怖い。
お母上は夫とその愛人の策略で、屋敷の別館にわずかな使用人と一緒に押し込められて、本館は夫や愛人の息の掛かった使用人で固められていたようなんだけれど、お母上はこっそりご自身の母方のご実家に連絡を取って、その家の助けを借りて夫である伯爵、もとい伯爵代行との離縁手続きを取ったそうだ。それに伴ってシンシア様は、卒業後にご自身で爵位を継がれるか、それとも五親等以内の血縁者から夫を迎えてその方に爵位を継承させるか、卒業までに決めることになったという。
一方、ヘイデン様とバーサ様の婚約は、ものの数日で解消となった。というか、バーサ様はお父上が離縁されたため、ご両親ともどもグレイス伯爵家を出ることになり、それに伴って学院も退学。というのも、“元”伯爵代行は生家では三男坊で、つまり帰る家も継承できる爵位もない。一応貴族の係累ではあるけど、それって裕福な平民と大差ないのよね。だから、今まで伯爵家の娘として上級貴族クラスに在籍してたバーサ様は、下級貴族クラスも危ぶまれる立場になってしまったわけだ。当然校内ではヒソヒソされっ放し。それが嫌で退学という道を選んだらしい。
大き過ぎる魚を逃したヘイデン様は、元々は婿入りの予定だったため実家も継げず、一縷の望みを懸けてシンシア様を追い回すも、周りから総スカンを食って近寄ることもできずに終わった。ならばと他のご令嬢に狙いを切り替えるも、目ぼしいご令嬢はすでに婚約者持ちだし、以前の取り巻きだった女子生徒も、“将来性のない男に用はない”とばかりにつれない態度。学院を卒業できても、その後どうなることやら。まあ、浮気癖を直して誠実になれれば、まだ逆転の目はあるんじゃないかとは思う。それを信じてくれるご令嬢がいればね。
対照的にシンシア様は、今や伯爵家が付いてくる上に現時点ではフリーの超絶優良物件となり、縁談の申し込みが引きも切らない状態。婚約を妹にスライドされたという瑕疵は多少残ってしまったけれど、持ち前の美貌と家&爵位が付いてくるという将来性の前では、そんなもの砂粒ほどの妨げにもならない。卒業まではまだ時間があるし、じっくりとお相手を厳選して幸せになっていただければ良いと思う。
そしてまたまた自覚なくザマァ爆撃をかました問題児六人組は、相変わらず下町に出入りしたり賭けをしたり、カードやテーブルゲームに勤しんで、学院生活を満喫している。――でもあのいかがわしい知識は間違いなく下町経由だろうから、そっちは慎んだ方が良いんじゃないかしら。
まあそれは良いのだけれど。
「――君、この間からよく俺のこと見てたよね? 俺も君のこと気になってさ。今度お茶に誘いたいんだけど、どうかな?」
「ファッ!?」
何とこのわたしが、例の笑い袋さんことラフマン子爵家のチャールズ様に、そうお誘いを受けた。聞けば、まだお互い婚約者のいないフリーな状態。いやいやわたしがあなたを見てたのは、あなたの腹筋の安否が気になってただけで……ほら、わたしがついあげてしまった奇声がツボに入ったのか、またお腹を抱えて笑い出した。本当に大丈夫なんだろうか、この方の腹筋は。
……でも、笑ったお顔はちょっと可愛いかも。いつもはテーブルに沈没してるから、笑ってるお顔なんか見えなかったのよね。
まあ、お茶くらいならお付き合いしてもいいかもしれない。時間はたっぷりあるんだし。
何たってわたしの学院生活は、まだまだこれからなんだから!
今回はちょっとざまぁ色が強めに出ました。そして笑い袋さんがいきなり主人公をナンパした(笑)。
彼が男を見せて主人公ちゃんを射止められたら、笑いの絶えない家庭が築けそうです(笑い袋的な意味で)。
前書きにも書きましたが、ざまぁネタは今回で打ち止め。お付き合いいただきありがとうございました。