悪魔の正体
これは、復讐ではない。あまりにも残酷な、救済の物語。
どん底の配信者「神谷圭佑」は、天神姉妹という最強の翼を得て、自らを地獄に突き落とした悪魔たちへの反撃を開始した。
だが、彼がその瞳で視るものは、敵の醜い本性だけではなかった。
仮面の奥で助けを求める、哀れな魂の叫びだった。
「――正体、現したな」
狂乱のオーディション、七人の美しき女神たち、そして、断罪の生配信。
全ての駒が揃う時、少年は「王」へと覚醒し、物語は新たなステージへと加速する。
これは、ただの成り上がりじゃない。
孤独な魂たちが、互いの傷を舐め合い、本当の「家族」になるまでの、戦いの記録。
『成り上がりアンチヒーロー』第五話――嘘つきたちのオーディション。
美の戦場と静かなる夜明け
シルクのシーツが肌に触れる微かな感触で、俺は意識の浅い淵から浮上した。隣で規則正しい寝息を立てる玲奈の、無防備な寝顔がすぐそこにある。プラチナブロンドの髪が枕に広がり、朝日を浴びて銀糸のように輝いていた。それは、まるで神話の一場面を切り取ったかのような、完璧な美しさだった。この部屋は、天神家の広大な敷地の一角に位置する、モダンで洗練された別荘の一室。窓の外からは、名前も知らない鳥たちのさえずりが聞こえてくる。俺自身の心臓の鼓動だけが、この静寂の中でやけに大きく響いていた。
「……神谷、さん……」
不意に漏れた玲奈の寝言に、俺の思考は、今日会うことになるもう一人の女性――佐々木美月へと引き戻された。あのホテルの部屋で、眠る莉愛を前に、俺に究極の選択を迫った女。その狡猾さと狂気は、忘れようにも忘れられない。しかし、そんな悪魔でさえ、今は俺の「物語」に不可欠なピースだ。玲奈は、そんな俺の感情など知る由もなく、ただ穏やかに眠り続けていた。
朝食を済ませ、俺たちが向かったのは、別荘に併設された多目的ホールだった。重厚なマホガニーの扉に、莉愛がピンクゴールドのカードキーをかざす。カチリ、と静かな電子ロックの解除音が響いた。
「マジかよ、ここも天神財閥の所有物か…。完全に他人の家だと思ってたぜ」
俺は、思わず独り言のように呟いた。天神財閥の底知れない財力と影響力は、俺がこれまで生きてきた世界の常識を、遥かに凌駕している。この豪華な別荘も、その広大な敷地も、全てが彼女たちの手の内にあるのだ。
ホールの中に足を踏み入れると、磨き上げられた木材の、緊張感を誘うような格調高い香りが満ちていた。壁一面の大きな窓から差し込む鋭い朝日が、ワックスの効いた床に幾筋もの光の帯を伸ばしている。低い空調の作動音だけが支配する静寂の中、中央に置かれた**美しい木目の長机に、俺たちが厳選した8枚の応募用紙が、まるでこれから始まる裁判の証拠品のように、整然と並べられていた。
これから始まる、美の戦場。俺は緊張で喉がカラカラに渇き、思わず机の上のペットボトルに手を伸ばす。冷たい水が喉を潤すが、指先は汗でじっとりと湿ったままだ。心臓がドクドクと不規則なリズムを刻む。まるで、これから始まる壮絶な戦いを予感しているかのようだった。
「大丈夫? 神谷さん」
玲奈が、透き通るような声で俺の顔を覗き込む。彼女の瞳には、面白い玩具を前にした子供のような、純粋な好奇の色が浮かんでいた。しかし、その奥底には、全てを支配し、操ろうとする女王の冷徹な意志が隠されていることを、俺の「神眼」は感じ取っていた。
「ふふっ、こりゃライバルが増えるなあ」
ハイブランドのカジュアルなワンピースに身を包んだ莉愛は、応募者たちの顔写真を見ながら、楽しそうに小悪魔のように笑った。その笑顔は、まるでこれから始まるゲームに胸を躍らせる無邪気な少女のようだったが、彼女の瞳の奥には、俺への純粋な「ガチ恋」と、誰にも渡したくないという強い独占欲が燃えていることを、俺は知っていた。
「Kスケ『ガチ恋彼女オーディション』」――天神姉妹が「#圭佑ガチ恋彼女オーディション」のハッシュタグを付けてSNSに投稿したことで、俺のヤケクソなアイデアは、業界内で知らぬ者はいないビッグイベントと化していた。その熱狂は、良くも悪くも、俺の存在を社会に再定義する力となっていた。
「しかし、驚いたわ。まさか、一晩で数千件もの応募が殺到するなんて」
審査員席で、玲奈が俺にだけ聞こえるように囁く。その声には、戦略が成功したことへの静かな満足感が滲んでいた。
「その中から、私と莉愛、そして調査チームで『本気度』と『将来性』を基準に、この8名まで絞り込ませていただきました。もちろん、佐々木美月は、あなたの意向を汲んで、無条件で最終に残してあります」
玲奈の言葉に、俺は奥歯を噛み締めた。佐々木美月。俺を裏切り、莉愛を昏睡状態に陥れた因縁の相手。
そこで彼女は、ふと言葉を切ると、氷のように冷たい、しかしどこか俺を気遣うような複雑な色を瞳に浮かべた。
「ただ、個人的に彼女のことが気になって、柏木に少し調べさせていたの。そうしたら、面白いものが見つかってね…」。
玲奈の言葉は、まるで運命の扉が開く合図のようだった。柏木は天神家の執事であり、その調査能力は並外れている。彼女が「面白いもの」と言う時、それは物語の根幹を揺るがす重大な秘密を意味する。
やがて、会場に8人の候補生たちが集結した。彼女たちの顔には、期待、不安、そして確かな覚悟が入り混じっていた。これから、一対一の尋問が始まる。俺は、彼女たちの瞳の奥に隠された、魂の物語を、この「神眼」で見抜かなければならない。
七色の女神たちの告白と王の共鳴
オーディションは、異様なほどの静寂と緊張感に包まれていた。ホールの空気は、まるで薄氷のように張り詰め、微かな呼吸音さえも響き渡る。審査員席の玲奈は、完璧な姿勢で椅子に座り、その視線は鋭く、莉愛は前のめりになって、これから始まるドラマを見逃すまいとしている。俺は、心臓の鼓動を落ち着かせながら、最初の挑戦者を待った。
最初の挑戦者が、磨き上げられた床をヒールで鳴らしながら、ホール中央に置かれた一脚の椅子へと向かう。その足音は、静寂の中で一際大きく響き渡り、彼女の決意の強さを物語っていた。
元・国民的アイドルグループの絶対的センター、星川キララ。シンプルな黒のレッスン着姿は、余計な装飾を削ぎ落とした、彼女自身の素材だけで勝負するという強い意志の表れだった。彼女の背筋はピンと伸び、その立ち姿は、かつて数万人の観衆を魅了したセンターの風格を色濃く残している。
彼女が椅子に腰掛けると、俺は手元の応募用紙に目を落とした。
「星川キララさん。応募用紙には『神谷圭佑さんの、逆境に屈しないその姿に感銘を受けました』とあります。ですが、それだけの理由で、あなたが築き上げてきたトップアイドルの地位を捨てるというのは、にわかには信じがたい。単刀直入に聞きます。なぜ、あなたはここに来たんですか?」
俺の質問は、彼女の表面的な言葉の裏に隠された、真の動機を抉り出そうとしていた。キララは、完璧なアイドルスマイルを一度ふ、と消し、どこか遠くを見るような、儚げな表情を浮かべた。その瞳には、深い疲労の色が滲んでいる。
「……限界だったんです」
その声は、鈴が鳴るような響きはそのままに、ガラス細工のような繊細な痛みを帯びていた。彼女の言葉一つ一つが、まるで心の傷口から漏れ出す吐息のようだった。
「ファンが求める『完璧な星川キララ』という偶像を演じ続けることに、私の心は、もう耐えられませんでした。そんな時、あなたの配信を見たんです。あなたは、炎上しても、どん底にいても、決して『神谷圭佑』であることをやめなかった。……私は、あなたの隣でなら、偶像ではない、ただの『星川キララ』として、もう一度、息ができるかもしれない。そう、本気で思ったんです。これは、逃げであると同時に、私の、最後の希望なんです」。
そのあまりにも切実な告白に、莉愛が「うぅ…分かるよぉ…!」と、我が事のように涙ぐんでいる。莉愛自身も、モデルとして常に「天神莉愛」という偶像を演じることに、密かな苦悩を抱えているのかもしれない。玲奈も、彼女の覚悟に納得したように、静かに頷いた。玲奈の理知的な瞳は、キララの言葉の裏にあるロジックと、その言葉の持つ説得力を正確に分析しているかのようだった。
だが、俺の「神眼」だけは、その悲痛なロジックの下で、本当の救いを求める魂の声を、はっきりと聞いていた。キララの魂は、まるで底なしの深淵に落ちた子供のように、誰かの手を求めて震えていた。その深淵に響くのは、「お願い、私にあなたを救わせて…! そして、『完璧じゃない私』を、あなたに肯定してほしい…! 私の価値を、誰かもう一度、教えて…!」という、切なる叫びだった。
俺は、彼女の魂の叫びを聞きながら、ただ静かに、告げた。
「……あなたの覚悟、わかりました。ありがとうございます」
俺の声は、彼女の魂に直接届くように、感情を込めずに、しかし温かみを持って響いた。
次に現れたのは、現役JKモデルの橘みちるだった。流行りの超ミニスカートの制服姿で、挑戦的な視線をこちらに向けている。その視線は、まるでガラスの盾のように冷たく、彼女の周囲に近寄りがたいオーラを放っていた。彼女の瞳の奥には、どこか退廃的な、倦怠の色が滲んでいる。
「橘さん。あなたは、トップモデルでありながら、なぜこのオーディションに? あなたほどの美貌とキャリアがあれば、もっと楽な道がいくらでもあったはずだ」
俺の問いに、みちるは、ふっと自嘲気味に口元を歪めた。
「楽な道に、価値なんてないから」
みちるは、きっぱりと言い放った。その言葉には、一切の迷いも、媚びもなかった。
「私がいるのは、嘘で塗り固められた世界です。雑誌の笑顔も、SNSの『いいね』も、全部ニセモノ。そんな虚構の中で生きているうちに、私、自分が何者なのか、分からなくなっちゃったんです。でも、圭佑先輩だけは違った。皆で暮らしていたあの合同宿舎から『ここから這い上がる』って宣言した、あの瞳だけが、この世界で唯一、私が信じられる『本物』でした。私は、あなたの隣で、失くした『本当の自分』を見つけたい。それが、私の応募動機です」
彼女の瞳の奥で、「あの聖域に触れていたい…! そしたら、嘘つきのあたしも、少しは浄化されるかもしれないから…! お願い、あなたの『本物』で、あたしの『ニセモノ』を上書きして…!」という、魂の切望が揺らめいているのが、俺の「神眼」には見えていた。彼女は、俺という存在を、自分自身の汚れを洗い流すための「聖域」として見ているようだった。
続いて、ビジュアル系バンドのボーカル、黒崎アゲハが、まるでステージに上がるかのように、堂々と椅子に腰掛けた。その髪はワイルドに逆立ち、身に纏った革ジャンは、彼女の反骨精神を体現しているかのようだった。彼女の視線は鋭く、俺の目を射抜く。
「黒崎さん。あなたの音楽は、社会への反骨精神がテーマだと聞いている。そんなあなたが、なぜ、俺という一個人に執着する?」
「ハッ、面白いこと聞くじゃねえか」アゲハは、獰猛な笑みを浮かべた。その笑みは、獣が獲物を前にした時のように、どこか危険な輝きを帯びていた。
「あたしがステージで、喉が張り裂けるほど叫んできた反骨のメッセージ。アンタは、それを人生そのもので体現した。ただ、それだけだ。あたしの音楽のファンは、アンチの声を恐れて、結局は社会のルールの中でしか暴れられねえ、お行儀のいい子羊どもだ。だが、アンタのファンは違う。炎上の真っ只中に飛び込んできて、アンタと一緒に戦う覚悟のある、本物のパンクスだ。あたしは、アンタの隣で、本物の『革命』が見てえんだよ。**音楽じゃ届かなかった、その先の世界をな」。
彼女の魂は、咆哮していた。「あんたの隣こそ、あたしの魂が立つべき、最高のステージなんだよ…! あたしのロックが本物だって、あんたの生き様で証明してくれ…!」アゲハは、俺という存在を、自分自身のロックを証明するための「舞台」として見ているようだった。
次に椅子に座ったのは、元メイドの雨宮しずくだった。フリフリのクラシカルなメイド服を、緊張で固まった指先でぎゅっと握りしめている。彼女の顔は、不安と期待が入り混じったようにこわばり、その小さな身体は、まるで風に揺れる葦のように震えていた。
「雨宮さん。あなたは、俺がまだ登録者数三桁だった頃からの、古参のファンだと聞きました」
俺の言葉に、しずくは、は、はいっ…!」と、蚊の鳴くような声で頷いた。
「あ、あの頃の…誰にも見向きもされなくても、毎日動画を投稿し続けていたご主人様…圭佑さんの姿に、何もできない自分を重ねて…ずっと、応援しておりました…」
その告白は、あまりにも純粋で、俺の心の奥底に温かい感情を呼び起こした。
「ありがとう。…それで、応募動機は?」
「はひっ!?」彼女はびくりと肩を震わせると、意を決したように顔を上げた。その瞳には、一筋の強い光が宿っていた。「あ、あなたの才能は、まだ世間に正しく評価されていません! 私が持つメイドとしての『奉仕』のスキル…スケジュール管理や身の回りのお世話は、必ずあなたの活動を、より高いステージへと押し上げる力になります! ど、どうか、私を、あなたの専属メイドとして、お側にお使いください!」
それは、マネージャーとしての、震える声での懸命なプレゼンテーションだった。しかし、俺の「神眼」は、その言葉の裏に隠された、「誰かの役に立ちたい…! そしたら、何もない私でも、ここにいていいって思えるかもしれないから…! お願いです、ご主人様…私に、存在価値をください…!」という、悲痛な叫びを捉えていた。彼女は、俺という存在を、自分自身の「存在価値」を見出すための「ご主人様」として見ているようだった。
続いて現れたのは、現役女子大生VTuberの姫宮あんじゅ。計算され尽くした「リアルな女子大生」ファッションで、プロの笑顔を浮かべている。その笑顔は完璧で、彼女の感情を一切読み取らせない。しかし、その瞳の奥には、どこか満たされない虚無感が漂っていた。
「姫宮さん。あなたは、既に人気VTuberとして成功している。なぜ、今更、俺のグループに?」
「成功、ですか」あんじゅは、少し寂しそうに微笑んだ。その微笑みは、彼女が背負う重荷を物語っているかのようだった。
「数字だけを見れば、そうかもしれません。でも、神谷さんの『物語』は、私たちVTuberが束になっても敵わない、本物の熱狂を生み出しました。私は、クリエイターとして、嫉妬したんです。そして、悟りました。あなたの物語に、私の持つ『企画力』と『発信力』を掛け合わせれば、誰も見たことのない化学反応が起きる。これは、私にとっても、あなたにとっても、最高のビジネスチャンスです」
彼女は、プロとして、完璧な提案をしてみせた。その言葉は、まるで洗練されたビジネスプランのようだった。しかし、俺の「神眼」は、その完璧なロジックの裏に隠された、「数字の奴隷は、もう疲れた…! 台本通りの『カワイイ』を演じるのは、もう嫌なの…! あなたの隣でなら、計算じゃない、本物の感情で、笑ったり、泣いたりできるかもしれない…! ねぇ、私を、ただの『コンテンツ』から、『人間』にして…!」という、心の叫びを捉えていた。彼女は、俺という存在を、自分自身の「人間性」を取り戻すための「物語」として見ているようだった。
六人目は、元コンカフェ嬢の夢野まりあだった。ピンクと白を基調とした『量産型』ファッションで、不安げにこちらを見上げている。その瞳は大きく、しかし、どこか焦点が定まらない。彼女の身体は、まるで今にも崩れ落ちそうなほど、小さく震えていた。
「夢野さん。あなたの応募動機には、『圭佑お兄ちゃんの妹になりたい』とありますが…」
「は、はいっ!」まりあは、こくりと頷いた。その小さな頷きは、彼女の精一杯の勇気を物語っている。
「私は…ずっと、お店のコンセプトに合わせて、誰かの『お人形』として生きてきました。でも、圭佑お兄ちゃんの配信だけが、私に『自分の意志で生きていいんだ』って教えてくれたんです。だから、今度は私が、あなたの『妹』という役割を、『お人形』としてではなく、自分の意志で演じたいんです! あなたを守るという、私の、生まれて初めての『わがまま』を、どうか、許してください…!」
彼女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。その涙は、彼女がこれまで抑え込んできた、全ての感情の奔流のようだった。俺の「神眼」は、その涙の奥に、「王子様に守られるだけの、弱い私じゃ、もう嫌なの…! 今度は、私があなたを守る盾になる! そうじゃなきゃ、私は、私を好きになれないから…!」という、強い決意を視ていた。彼女は、俺という存在を、自分自身の「意志」を証明するための「盾」として見ているようだった。
そして、7人目。
リクルートスーツに身を包んだ相沢詩織が、静かに椅子に座った。その姿勢は美しく、その表情は冷静で、彼女の周囲には、近寄りがたい知的なオーラが漂っていた。彼女の瞳は、一切の感情を映さず、まるで深い湖の底のように静かだった。
「相沢さん。あなたの応募動機は…『神谷圭佑さんを、悪意ある人間から守るため』。そして、『佐々木美月の歪んだ本性を、あなたはまだ知らない』と。これは、どういう意味ですか」
俺は、敢えて核心を突いた。会場の空気が、一瞬で張り詰める。玲奈の表情が、わずかに緊張の色を帯びた。詩織は、ただ静かに、しかし覚悟を決めた瞳で俺を見つめ、答えた。
「言葉の通りです。私は、佐々木美月という人間の本性を、昔から知っています。そして、彼女があなたに異常な執着を抱いていることも。私は、このオーディションが、彼女があなたを合法的に手に入れるための、罠である可能性を捨てきれませんでした。だから、ここに来たのです。あなたを守るため、そして、私の旧友が、これ以上、罪を重ねるのを、止めるために」
彼女の魂は、叫んでいなかった。ただ、静かに、決意を固めていた。俺の「神眼」は、その静かな決意の奥に、「もう、見ているだけは嫌だ…。あの時、何も言えなかった弱い私とは、もう違う。私が、この人を守る。それが、過去の自分への、私なりの贖罪だから…!」という、強い誓いを視ていた。彼女は、俺という存在を、自分自身の「贖罪」を果たすための「守るべき対象」として見ているようだった。
俺は、小さく頷いた。
「……ありがとうございます。よく、わかりました」
7人の女神たちの尋問が終わった。会場には、再び重い静寂が訪れる。そして、いよいよ、最後の時が来る。俺の心臓は、これから起こるであろう嵐を予感し、激しく脈打っていた。
悪魔の独白と王の反撃
7人の女神たちが、それぞれの魂の告白を終え、固唾を飲んで次の挑戦者を見守っていた。その瞳には、期待、不安、そして佐々木美月という存在への複雑な感情が入り混じっている。
そして、最後に現れたのは、佐々木美月だった。彼女は、まるで舞台女優のように優雅な足取りでホール中央へと進み、椅子に腰を下ろした。その動作一つ一つが、計算され尽くしたパフォーマンスのようだった。俺たち審査員と、他の応募者たち――その中に相沢詩織がいることを完全に認識しながらも、一切動じることなく、挑戦的に微笑んでみせる。その笑顔は、あまりにも完璧で、しかし、どこか冷たい輝きを放っていた。
「神谷さん、お久しぶりです。…今日の私のスーツ、あなたの好みだと嬉しいのですが。昔の配信で、OLが好きだと仰ってましたから」
その言葉は、俺と彼女の間に、他人が入り込めない特別な過去があることを、ここにいる全員に知らしめるための、計算され尽くした棘だった。佐々木の言葉を聞いた詩織の顔が、わずかにこわばるのが見えた。
続けて彼女は、完璧な「後悔」と「償い」の物語を語り始めた。瞳にみるみる涙の膜が張り、ホールの照明をキラキラと反射させながら、大粒の雫が次々と頬を伝っていく。その演技はあまりにも真に迫っており、誰が見ても心を打たれるだろう。
「私は…掲示板であなたを誹謗中傷し、深く傷つけてしまいました…。あなたの、その眩いばかりの才能に、嫉妬してしまったんです…! どうか、もう一度だけ、あなたの隣で、あなたを支えるチャンスをください…!」
そのあまりにも感動的なスピーチに、会場は同情的な拍手に包まれ、純粋な莉愛は「…そっか、ちゃんと反省してるんだ…」ともらい泣きしている。彼女の瞳には、佐々木への純粋な同情が宿っていた。
――だが、その時、俺は見た。応募者席の相沢詩織が、唇を強く噛み締め、静かな怒りに拳を震わせているのを。その震えは、彼女がどれほどの感情を抑え込んでいるかを物語っていた。
しかし、俺だけは、その光景を、氷のように冷たい目で見つめていた。俺の「神眼」が、彼女の嘘の仮面の下にある、魂の叫びを聞いていたからだ。佐々木の魂は、まるで飢えた獣のように、絶望と承認欲求に苛まれていた。その魂の深淵に響くのは、「違う…こんなの私じゃない…! 私の才能を誰も認めてくれない…! あの子も、コイツも、みんな私から奪っていく…! 誰か、本当の私を見つけて…! 私が一番だって言って…! 助けて…!」という、狂気と悲哀に満ちた叫びだった。俺には、彼女が泣いているのではなく、過去のトラウマと歪んだ承認欲求に囚われ、自分自身を見失ってしまった、ただの哀れな化け物に見えたのだ。
その、感動的なスピーチの、途中だった。
応募者席に座っていた相沢詩織が、一度ギュッと拳を握りしめると、静かに、しかし凛とした声で立ち上がった。その声は氷のように冷たく、ホールの静寂を切り裂き、響き渡った。
「――嘘を、つかないでください、佐々木さん!」
詩織は、まず佐々木の目を真っ直ぐに見つめ、悲しげに、しかし毅然と言った。彼女の瞳には、旧友を想う悲しみと、真実を告発する強い意志が宿っていた。
「あなたの才能に嫉妬した? 違うでしょう。あなたは昔からそうでした。自分より弱い人間を見つけては、その人の心を支配し、自分の思い通りに動かして楽しんでいた。私も、あなたのそういうところにずっと苦しめられてきた一人です」
その告発は、佐々木の完璧な仮面に、最初の亀裂を入れた。会場の空気が、さらに張り詰める。玲奈の表情は、依然として冷静だったが、その瞳の奥には、確かな探究心が宿っていた。
そこで初めて、彼女はスマホを取り出す。その手は、わずかに震えていたが、彼女の決意は揺るがなかった。
「ネットのリーク情報を見て、どうしてもあなたの嘘を許せなくて…。学生時代からお世話になっている、人権問題に詳しい弁護士の桐島先生に相談に乗っていただきました。これが、あなたが田中さんと密会し、神谷さんを陥れる計画を立てていた、法廷でも通用する、動かぬ証拠です」
詩織が提示した証拠は、ホログラムモニターに映し出され、会場の全員の目に、その決定的な内容が明らかになった。田中雄大。俺を陥れた製氷工場時代の先輩。佐々木が彼と結託していたという事実は、俺の怒りをさらに燃え上がらせた。
「もう、あなたの嘘に傷つけられる人は、見たくないんです…!」
詩織の悲痛な叫びは、彼女の心の奥底からの、偽りのない真実だった。
「あら、相沢さん。そんなもの、どこから拾ってきたのかしら?」佐々木は、なおも平静を装う。しかし、その声には、僅かながら動揺の色が混じり始めていた。
その時、それまで沈黙を保っていた玲奈が、冷たく言い放った。その声は、まるで絶対零度の刃のように、佐々木の心を切り裂いた。
「佐々木さん。匿名掲示板のリークを元に、柏木が裏付けを取りました。あなたが、全ての元凶である『月影』であることも、全てね」
玲奈の言葉は、佐々木の仮面を完全に剥ぎ取った。会場の全員が息を呑む。佐々木が「月影」と呼ばれる黒幕だったという事実は、オーディションに参加した全員にとって衝撃だった。
「……あはっ」
佐々木は、突然、乾いた笑い声を上げた。聖母のような微笑みが、口の端からゆっくりと歪んでいく。瞳の光がスッと消え、底なしの闇が覗いた。その顔は、もはや人間のものではなかった。
「あはははははははははっ!!」
ガラスを引っ掻くような甲高い笑い声が、ホールに反響する。その狂気的な笑いは、彼女がどれほど深く闇に囚われているかを物語っていた。
彼女は、それまでの悲劇のヒロインの仮面を脱ぎ捨て、狂ったように笑い続けた。
「バレちゃあ、仕方ないわね。そうなのよ、私が『月影』! 私が、この子をここまで育ててあげたのよ!」
彼女は俺を指差す。「昔、付き合ってた彼氏が、売れないアイドルでね。私のプロデュース能力が足りなくて、彼をスターにしてあげられなかった。壊しちゃったのよ。そんな時に、見つけたの。神谷圭佑っていう、最高のおもちゃを!」
その言葉は、俺の心を深く抉った。俺は、彼女にとって、ただの「おもちゃ」だったのか。
「だから、最高の舞台を用意してあげたの! アンチが沸けば、炎上すれば、スターになれる! 私の理論は、間違ってなかったでしょ!?」
彼女の狂気に満ちた独白は、会場の空気を凍りつかせた。だが、俺は、その狂気の独白を、静かに聞いていた。そして、ポケットからスマホを取り出し、彼女に見せつける。
画面には、ゲリラ配信中の、天文学的な同接数が表示されていた。その数字は、俺がもはや、彼女の掌で踊る「おもちゃ」ではないことを、雄弁に物語っていた。
「悪いな、佐々木さん。……始めから、全部、配信してたんだ」
俺の言葉は、佐々木の狂気の笑みを一瞬で凍りつかせた。「なっ……なんですって!?」彼女の顔が、絶望と怒りに歪む。
「――正体、現したな」
俺のその一言を合図に、ホールの扉が壁に叩きつけられる轟音と共に開かれ、**執事の柏木**とSPたちが雪崩れ込んできた。統率された複数の足音が床を打ち、彼らは一切の躊躇なく、機械のように正確無比な動きで佐々木を取り押さえる。
連行される途中、彼女は、俺と、そして配信カメラに向かって、最後の捨て台詞を吐いた。その声は、憎悪と呪いに満ちていた。
「田中! あんたも見てるんでしょ! あんたも終わりよ!」
その声は、どこかの部屋でこの配信を見て震えているであろう、哀れな共犯者である田中雄大 に向けられた、呪いの言葉だった。
王の決意表明と新たな夜明け
佐々木美月という悪魔が連行され、熱狂と狂騒が過ぎ去った夜。合格者となった7名の少女たちも、今夜起きた壮絶な逆転劇の興奮と、神谷圭佑という男の底知れなさを改めてその胸に刻み込みながら、それぞれの家路についた。彼女たちの瞳には、恐怖だけではなく、新たな希望の光が宿っているかのようだった。
静けさを取り戻したリビングで、俺と玲奈、莉愛は、大型テレビで流れるニュースをぼんやりと眺めていた。照明は落とされ、テレビの青白い光が、物憂げな俺たちの表情を浮かび上がらせる。
『人気女優・北条マキさん、ネットでの誹謗中傷による心労が原因で、無期限の活動休止を発表』
「え、この人、私好きだったのに…」莉愛がショックを受けたように呟く。その声には、純粋な悲しみが滲んでいた。
「……俺、この人のドラマ、毎週見てたのに……」俺も、吐き捨てるように言った。その言葉には、自分自身の過去の無力感と、社会への深い憤りが込められていた。「結局、この世は『金』なんだよ。法ができたって、声を上げられない奴らがいる。弁護士を雇う金もなくて、ただ誹謗中傷に耐えてる連中が、ごまんといるんだ」
俺の言葉は、ネットの闇、そして社会の不条理への、剥き出しの怒りだった。俺は、もう二度と、誰かが自分のせいで、あるいは社会の悪意によって、傷つくのを見たくなかった。
彼女は立ち上がり、窓の外の夜景を見つめながら、言った。その背筋はピンと伸び、その立ち姿は、まるでこれから世界を相手に戦う女王のようだった。
「素晴らしい決意よ、神谷さん。あなたは、こんな狭い舞台で満足するような器じゃない。舞台は大きいほど、あなたは輝くのよ」
玲奈の言葉は、俺の心に深く響いた。俺の「神眼」は、彼女の瞳の奥に、俺の真の力を引き出し、世界という巨大な舞台で輝かせようとする、揺るぎない覚悟を見出していた。
「あなたの『箱舟』に相応しい、新しい『城』を用意しましょう。…そして、あなたには、その城の『王』に相応しい、本当の力を手に入れてもらうわ。私たちの本当の敵と戦うためにね」
玲奈のその言葉は、俺たちの戦いが、水面下の復讐劇から、世界を相手取る、公然の「戦争」へとステージを上げることを告げる、号砲のようだった。そして、彼女が何か、俺の知らない『真実』を知っていることを、強く、強く予感させた。
窓の外の夜景は、いつの間にか、俺たちがこれから挑む、広大な戦場に見えていた。この夜から、俺たちの物語は、新たなステージへと突入するのだ。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
『成り上がりアンチヒーロー』第五話「嘘つきたちのオーディション」、お楽しみいただけましたでしょうか。
いやはや、とんでもないオーディションになってしまいましたね。
圭佑の「ガチ恋」を探すはずが、まさかの公開処刑生配信。佐々木美月という、第一部の大きな壁との対決に、一つの決着がつきました。
ですが、作者として、圭佑の「神眼」が捉えた彼女の最後の叫びを思うと、少しだけ複雑な気持ちになります。彼女もまた、この歪んだ世界の被害者だったのかもしれません。まあ、やったことは許されませんが!
そして、なんと言っても新メンバーたちです!
キララ、みちる、アゲハ、しずく、あんじゅ、まりあ、そして詩織さん。
個性、いや、クセの強すぎる七人の女神たちが、圭佑の運命にどのように関わってくるのか。誰が正ヒロインの座を奪い取るのか。作者自身、今からワクワクが止まりません。ぜひ、あなたの「推し」を見つけて、応援してあげてください。
さて、物語は、圭佑の**「K-MAX CREATE」**設立宣言という、新たなフェーズへと突入しました。
彼の戦いは、もはや個人的な復讐ではありません。
玲奈が最後に口にした、不穏な言葉。
**「本当の力」**とは何か? **「本当の敵」**とは誰なのか?
佐々木美月ですら、巨大な悪の、ほんの氷山の一角に過ぎなかったとしたら…?
次話、第六話『摩天楼の城と、七人の悪魔』。
(※話数とタイトルは仮です)
新たな城で始まる、圭佑と女神たちの奇妙な共同生活。
そして、そんな彼らの前に現れる、最初の「救いを求める者」。
物語はさらに加速していきます。
ぜひ、圭佑と、彼がこれから作る「箱舟」の行く末を、最後まで見届けてください。
それでは、また次のお話でお会いしましょう!