3話「あ、名前聞くの忘れた」
「ねぇねぇ、ちょっとくらい良いじゃん」
「どうせ暇だろ?一緒に来いよ」
「や、やです…」
帰り道。気分転換に繁華街を通りながら帰っていると、メガネの女の子がチャラ男に絡まれているのを発見した。絡まれている女子は、制服的にうちの学校の生徒だな。
チャラ男の片方は中々のガタイの良さだ。そのせいか、通行人はみな見て見ぬ振りで通り過ぎていく。
「はなして、ください……」
「なに?声小さくて聞こえないよ?」
「一緒に行くって?イェーイ、乗り気じゃん」
メガネっ娘の腕を掴み、無理矢理どこかへ連れて行こうとしている。
はぁ、放っとけるわけないよなぁ。
「おい。嫌がってるんだから離してやれよ」
周囲の通行人からは『まじかよ……』といった視線が送られる。こちとら大マジですよ。確かに、見て見ぬ振りが普通なのかもしれないが、神様を助けた時のように、体が動いてしまうのだ。
自分でも、難儀な性分だと思うよ。うん。
「おいおい、ヒーロー気取りか?クソガキ」
「痛い目見たくなかったら引っ込んでろよ」
「いやいや、引っ込むのは……お前だろっと!」
そう言いながら、ガタイのいいチャラ男に思いっきりタックルを決める。
うまいことクリーンヒットしたのか、チャラ男は勢いよく吹っ飛び、路地裏のゴミ置場へ消えていった。成功だ!
「来て!」
「あ、はい!」
そのままメガネっ娘の手を掴み、走る。
後方からは残された細身チャラ男の叫び声が聞こえるが、無視だ無視。
しばらく走り続けてたどり着いたのは、少し遠くにある公園だった。
「大丈夫?」
「は、はい……はぁ、はぁ、大丈夫、です」
息が切れている。逃げるためとはいえ、走らせすぎた。
「ごめん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……あの、助けてくれて、ありがとうございました」
「いやいや、無事でよかったよ」
「あ、でも、本当に、ありがとうございました……」
「いやいや……」
……勢いでここまで来てしまったが、会話が続かない。この子も話すの苦手みたいだし、俺自身も女子と話すのに慣れてないしなぁ。解散が無難だな。
「それじゃあ、この辺で……って、それ!そのスライムのキーホルダー、あの人気小説のやつだよね!?」
「あ、はい。知ってるんですか?」
「もちろん!漫画版買い逃して、それ手に入れられなかったんだよね」
「あ、私、別のパターンのやつも、持ってます。2冊、買ったので」
「おお、凄い!」
その後、驚くほど会話が盛り上がった。人気ラノベからマイナー漫画まで、話してみると物凄く趣味が合ったのだ。やはり、オタク文化は偉大だな。
「あ、結構遅くなっちゃったね」
「そう、ですね」
公園の時計を見ると、もう5時を過ぎている。まだ4月なので、もう日が沈み始めていた。
もう少し話したいが、仕方ない。お開きだな。
「送っていこうか?」
「大丈夫です。近くに、お姉ちゃんと、友達が、来ているみたいなので」
スマホの画面を確認したメガネさんが、そう呟いた。また絡まれないかと心配だったが、一緒に帰る相手がいるなら大丈夫そうだな。
「あの……今日は本当に、楽しかったです。また、話したいです」
「うん、俺も楽しかったよ。また話そう」
「はい!それじゃあ、また」
そう言い残し、俺の帰り道とは反対の方向へと駆けていった。
いい出会いができたなぁ。神様、生き返らせてくれてありがとう!
「あ、名前聞くの忘れた」
名乗るのも忘れた。
ま、いいか。同じ学校ならきっと会えるだろう。
繁華街へ向かう救急車の音を聞きながら、俺は家路につくのだった。