異世界転生in居酒屋
「こぉの腐れゴブリン共が！ 調子に乗るなよ！ 現代っ子のニワカ知識でお前ら全員、滅ぼし尽くしてやるからな！」
「ちょっとアンタ！ 三下のチンピラみたいなこと言ってるとあっさり死ぬわよー！！」
「あっ！ ちょっ！ コイツら舌でスゴイ防御してくる！ や、やめて！！ なんかしゅごぃのぉ！」
ほとんどの人が一度は習う
"すいへーりーべーぼくのおふね"
正直、ただ生きる上では不要な知識だろう。
例え自分自身がそれら元素の集合体だとしても。
それらが体内で様々な化学反応が起こしているとしても。
本当は見えているはずなのに見えない小さな世界。
今回はそんな世界をちょーっとだけ、覗いてみる物語。
◆◆◇◇
「だ〜か〜ら〜！ 当直は夜勤とちゃうって言うてますやん！」
「出た～。酔うとくっそ下手な関西弁混ざるやつ～」
月曜日の朝からやっている居酒屋で、管をまく男と女。
周りにはアル中としか思えないおっさんや老人が安酒を呷っている。
断っておくが、二人はこれでも仕事終わりなのだ。土日祝日、更には年末年始や連休なんぞ病院勤めの彼らには関係ない。
急患が来れば昼休憩は潰れ、入院があれば引継ぎが終わるまで帰れない。規則正しい生活をしましょうね〜、と患者様に指導しておきながら、自分はそのまま夜勤に入るような生活だ。
そんなハードな毎日を過ごす仲間であり、この居酒屋を教えてくれた看護師は、向かいの席でハイボールを片手にタバコをプカプカさせている。
白衣の天使だって人間なのだ。どんな優しい子でも一年勤めれば白衣もヤニ色に染まる。
「二四時間勤務で夜間当直は俺一人なのに、急ぎでもない用事で起こさないでくれよ……」
「アンタら薬剤師と違って、ウチら看護師は夜勤の間だけ勤務だしねぇ」
もう何杯目か分からないビールのジョッキを両手で抱えながら涙目になっている男、アキラは三十路手前の病院薬剤師である。清潔感を出すために短めに切られた頭髪に黒縁眼鏡、平均的な身長に百人居たら一人くらいは振り返る容貌（自称）だ。
「はぁ～。どっかに優しく癒してくれる、可愛い女の子いないかなぁ？」
「私の目の前でそんなことを言うとは良い度胸ね？ いいわ。その喧嘩、買うわよ？ そして明日から職場の全女子が敵になると覚悟しなさい？」
「ゆ゛る゛し゛て゛！」
「まったく。このヘタレっぷりが無ければ多少は……おっと、悪いわね。今日の午後はずっと楽しみにしてたTGK459のライブがあるの。だからそろそろ帰るわ〜」
「マジかよ。仕事して酒飲んだ後に、寝ないでそのまま行くのか……」
「なにを言ってるのよ？ コレがあるから仕事を頑張れるの。君もほどほどにして帰んなよ？」
「う～い」
そうして一人ぼっちになったアキラは、残った酒をチビチビ寂しく飲んでいたが、トイレを我慢していた事を思い出す。
「あ～ぁ。これだけ身を粉にして働いても、感謝されるのは医師か看護師ばっかだし。「薬剤師？ 薬渡すだけでしょ？」とか言われるのは報われなさすぎだよなぁ」
寝不足か、飲みすぎなのか。ふらふらと立ちながら、小便器の前で愚痴とともに吐き出す。
すると、どこからともなく音楽が聞こえてきた。
「～♪」
「ん？ なんだ？」
「～♪～～♪」
「なんかどっかで聞いた音楽だよな？」
「הַלְּלוּ יָהּ♪ Αλληλούια♪」
「んっんー？ 何語だコレ？」
「 Hallelujah！ ハレ～ルヤ～♪」
「ふえぇぇ！？」
ジョバジョバと、下品な効果音に合わせて何故か流れる荘厳な音楽。
ふと気付けば、頭の上からキラキラと光が降ってくるではないか。
「なんだ？ なんだ？？ トイレにこんな演出あったかぁぁ？」
そして光り輝くスポットライトは彼を包み込み――
――光と共にアキラも消えた。
◆◆◇◇
「はっ！？」
「おぉ、起きたようじゃの」
「か、亀仙○！？」
「誰がハゲ仙人じゃ！ ハメ殺すぞ！」
ガンッと杖の丸い先端で殴られるアキラ。
目の前には白い髪と髭をしたジジイと、肌も服も全て真っ白な美少女がいた。
「いったぁ～！ いきなり頭殴ることないだろ……って頭？ あれ？」
つい反射的に頭をさすろうとしたアキラだったが、さする手が、無い。もっと言えば、頭さえもない。
足元を見れば足もなく、フワフワと浮いていることに気付く。
「な、ナニコレぇ？」
「まぁ混乱するのは分かる。じゃが、ワシもそう暇じゃないんでの。手短に言うと、お前さんは過労心労と脱水、アルコール中毒、循環器不全その他もろもろでポーンと昇天しおった。それで今ココにおる。で、これから別世界で転生してもらうからのぅ。ちなみにワシは神様。で、この娘は弟子神じゃ。お前を選んだのもコイツじゃ。」
白いジジイは、隣にいる白い少女を指差す。
ていうか、さっきからこの女の子……目も開かなければ一言も話もしないんだけど……大丈夫？？
って、今はそれどころではない。
「は？ いやいやいや、おかしいでしょ！ え、まさかあの光と音楽って……」
「あ、あの演出どうじゃった？ ちょっと演出凝ってみたんじゃ」
「ええええぇぇえぇぇぇ！？」
ピロン♪
「ほっほ。昇天した時の顔も傑作じゃったが、驚いたその顔も最高じゃのう！！」
「てめぇジジイ！ なに写メ撮っとるんじゃゴラァ！！ ていうか、なんで神がスマホ持ってるんだよ！」
カシャカシャカシャカシャ
「連射すんじゃねぇぇぇぇ！！！！」
「残念でしたぁ自撮りですぅ～。プークスクス！！」
「このクソジジイィィィィ！！！！」
「まぁそんな訳での。彼女も居らず、死んでしまった情けないお主を今流行りの転生をさせてやろう。何か希望の能力はあるかの？」
「えっ！？ チートくれるの？ 希望ってなんでも？」
「まぁ転生先の世界観を壊すような能力は無理じゃの。つまらんし」
「つまらんて……世界観てオイ」
「お主は小説やら漫画で、自分がそうなったら〜？とか、よく妄想しとるんじゃろ？ ホレ、言うだけ言うてみぃ」
「くっ！ な、なんで俺がそんな事してるって知ってるんだよ！ 現実逃避に最適なんだよ！！ ……そうだな、強靭な肉体に不老不死だろ？ あ、魔法とかあるの？ なら無限の魔力に成長チートに、取り合えず望んだものが叶う能力！」
「ハイ決定！ もう面倒だし、それで決まり！！ 色々無茶苦茶言うとるけど、なんかお主頭悪そうだし大したことできなさそうじゃからそれで！」
「なんかすっごくディスられてるような……」
「すごく（どうでも）いいと思うぞい！ じゃワシ急ぐから早速いくぞい！」
「えっちょまっ！」
「ちちんぷいぷーい」
「えぇぇええー？！」
チープな呪文とは裏腹に、またもや荘厳な音楽と光に包まれ、徐々に消えていくアキラ。
そして
「あ、里香ちゃん？ ワシじゃワシ！ 今居酒屋出るところじゃ！ 今日のTGK459のライブ楽しみじ……」
「てめぇジジイ！ お前もあの居酒屋にいやがったのかよ！ ていうか、ここさっきのトイレなの！？ クッソg……」
空間に再び光が満ち溢れ、それが収まった頃には、一人残らずキレイさっぱりいなくなったのであった。
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