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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

被害者の傲慢

作者: 江保場狂壱

 山田太郎やまだ たろうは人を殺した。実際は正当防衛である。


 人通りの多い商店街を歩いていると、一人の男が雄たけびを上げながら包丁を振り回していた。女子高生を刺し、太郎を目掛けて走ってきた。

 おそらく太郎が弱そうに見えたのだろう。見た目は白髪の禿げ頭で貧相な顔つきをしていたからだ。実際に40代後半のくたびれた親父である。


 だが太郎は交通誘導検定2級の資格を持っていた。これは国家資格である。実技では護身術を習うのだ。

 太郎は通り魔に対して、近くの店に置いてあった擂粉木を手にし、通り魔の包丁を持つ手を思いっきり振り下ろした。そして左肩を思いっきり打ち付けたのである。

 恐怖はなかった。通り魔が包丁を振り回して突進した姿を見て、太郎は今日が自分の命日だと思った。どうせ死ぬなら思いっきり悪あがきしてやろうという気持ちになったのだ。

 なので心は凪のように落ち着いていた。


 通り魔は思わず包丁を落としてしまい、地面にうずくまった。そして太郎が声をかけたことで通行人たちが一斉に通り魔を抑えつけたのである。通り魔は獣のような咆哮をあげ、手足をバタバタさせていた。まるで身動きが取れないカエルである。


 その後警察を呼び、救急車を呼んだ。女子高生は救急車に運ばれ、通り魔は逮捕されたのだった。

 太郎は怪我がなかったものの、警察官に質問を受けていた。


 ところがパトカーに乗っている最中に通り魔の容体が急変した。白目をむき、泡を吹いて倒れたのである。

 通り魔はあっけなく息絶えたのだ。


 拘束した警察官によれば通り魔は死刑になりたくて無差別に殺すつもりだった。それなのに一人しか刺してないので、死刑にならないとブツブツつぶやいていたという。そして頭を掻きむしった挙句、自分が直面する現実を認められずに、通り魔はショック死したのであった。


 もちろん太郎には何のお咎めもない。通り魔の死因は太郎とは何のかかわりもなく、むしろ通り魔を取り押さえたとして表彰状をもらうこととなった。


 しかし女子高生の田中花子たなか はなこは出血多量で亡くなってしまったそうである。通り魔の家族は息子の凶行を知って心中したそうだ。


 ☆


「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 太郎が表彰状をもらうために警察署に訪れた太郎の前に、一人の中年女性が詰め寄ってきた。げっそりとやせ細っており、目から涙がこぼれている。元は品のよい女性なのだろうが、浮浪者と間違われてもおかしくなかった。


「お前!! お前が犯人を殺したのか!!」


「犯人ですって? 誰のことですか?」


「娘を殺した犯人に決まっているでしょうが!!」


 どうやら彼女は通り魔に殺害された田中花子の母親の様だ。後ろには禿げ頭の中年男性が困った顔で黙っている。どうも気が弱そうだ。蚤の夫婦に見える。


「私は殺していませんよ。あの男が勝手にショック死しただけです」


「だまれぇぇぇぇ!! あの男が死んだおかげで娘の死の真相が闇に葬られたじゃないか!! どうしてくれるんだ!!」


「死の真相ですって? あなたの娘さんはお気の毒でしたが、別になぞなんかなかったですよ」


 太郎が落ち着かせようとしたが、母親は狂犬のように吠えまくった。まるで般若だ。

 警察官が異常をかぎつけ、駆けつけてくる。そして太郎につかみかかろうとしたので取り押さえた。


「はなせぇぇぇ!! こいつは人殺しなんだ!! 娘を殺した犯人を殺し、しんそうをやみにほうむったダイザイニンだ!! ハヤくタイホしてくレぇ、ソイツをシケイにシテクレェェェェェ!! エエッエッエェェェェェ!!」


 母親はもう涙とよだれをまき散らしながら、咆哮をあげた。その様子は嵐のようである。

 警察官は母親を取り押さえて、留置所に入れた。まるで檻の中に閉じ込められた猿であった。

 その後、母親は精神病院に措置入院された。


 さて数日後改めて表彰状を受け取った太郎だが、母親と一緒にいた男が話しかけてきた。彼は死んだ女子高生の父親だという。


「申し訳ありません山田さん。妻があのように取り乱してしまって……」


「いいえ、娘さんを失ったのですから仕方ありません」


「……実をいうと私はあの子が死んで幸せだったと思っています」


 父親が意外なことを言った。いったいどういうわけだろうか?


 花子は母親の奴隷であった。母親の言うことは絶対で、逆らうことは許されなかった。多くの習い事をさせてミスをすればすぐに殴ったという。

 友達とも話などさせず、塾にびっしりと通わせていた。学校行事は一切参加させず、勉強以外のことを許さなかったのだ。


 学校の教師が注意しても聞く耳持たなかった。父親は何もできなかった。反論すればヒステリーをあげて暴力をふるうからだ。

 彼らにはもう一人娘がいたが、幼稚園でのお受験に失敗した。その娘は養子に出して追い出したという。代わりに花子に力を注いだのだ。


 父親はあまり家族の話をしたくない様子であった。しかし太郎を納得させるために仕方なく話しているようだ。太郎も話を聞いていて胸糞が悪くなるが、話し終えた父親はどこか晴れ晴れとした表情になっていた。

 

「妻は娘が死んだことを受け入れられないのです。犯人が死んで真相が語られないことに絶望したのですよ。本当は通り魔に殺された事実は変わりないのですが、妻にとって運悪く殺されたことが信じられないのです」


「なるほどねぇ。お気持ちお察しします」


「でもこれを親せきに言ったら苦い顔されましたよ。あまり人前で言うなと釘を刺されましたね。とはいえ納得はしていましたよ」


 おそらく娘が可愛いというより、自分の思い通りになる人形を壊されてイラついているのだろう。

 彼女にとって世界は自分の思い通りになるものだった。操り人形である娘が死んだことで彼女の世界は崩壊してしまったのである。


「娘は生きているのに死んでいる状態でした。死体安置所で見たあの子の死に顔は安らかでした。それに私にとって子供たちを助けずに放置した報いが返ってきたのです」


 父親は娘の死を受け入れていた。太郎も何とも言えない気持ちになる。

 世の中には交通事故や殺人で命を奪われることがある。最愛の家族が誹謗中傷によって自殺した人もいるだろう。

 もちろん加害者は裁かれねばならないが、被害者側が熱をあげる場合もある。

 最愛の家族を奪われたのだから、裁きを望むのは当然だが、周りにとって被害者の立場を利用し、傲慢になっているように見えるかもしれない。


 母親は娘の死後に、傲慢になったという。自分は娘を殺されたんだ、被害者なんだ、かわいそうな存在だから贔屓しろよと喚き散らしていたという。周辺近所では蛇蝎のごとく嫌われていたそうだ。


 母親は精神病院に入院した後、頭痛を悪化させて死亡したという。

 こうしたケースはごく稀ではあるが、ありえない話ではない。


 太郎はその後養子に出された娘と結婚することになった。母親が狂って死んだので結婚相手に逃げられたという。それで太郎と引き合わせて、結ばれたのだから不思議なものである。

 子供は母親は反面教師に育てようと誓ったのであった。

 被害者が傲慢になるという話は、某女子プロレスラーの母親がネタです。

 娘を誹謗中傷したツイートを探しては、訴えまくっていたそうです。

 その結果、偽装されたツイートに引っ掛かり、逆に訴えられました。


 それに被害者側にしては結果ではなく、過程が重要なのだと思います。

 本来人には寿命があり、人が死ぬのは寿命が来たからと納得するのがほとんどでした。

 ですが今は死んだ理由を不明だと不安になる時代です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「あの一作企画」から拝読させていただきました。 「我こそは被害者なり」の方が論理破綻した主張を振り回すのは本当に困ったものです。 この被害者の母親は犯人をターゲットにして弾劾しまくって悲劇…
[良い点] 良くも悪くも家族というのは未成人にとっては逃れがたいものですからね。亡くなった時、純粋に悲しんでくれる人が居ないなんて辛すぎます。 被害者のマウント、たしかによく見かけますね(;^_^A …
[一言] こんにちは。 月餅企画から来ました。 現実味のある題材で、正解はありませんが、色々と考えてしまいました。 実際の立ち位置がどうあれ、その過程や心の在り方ひとつで簡単に、被害者にも加害者にもな…
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