211.非道王女は抜け出す。
「…ハァ…、………ごめんなさい…。」
何処へでもなく、暗くなった部屋で一人呟いた。
専属侍女のロッテとマリーが去った部屋で私はごろりとベッドの上に転がる。
結局、ダメだった。
セドリックと距離を置こう、許さないと決めたばかりだったのに。…どうしても放って置けなかった。
ステイルに事情を話したら「許したわけではないんですね?」と念を押された上で「なら何故…あれは、どういう…?」と何だか独り言のように呟いていた。ティアラにも明日はちゃんと話さないと。
午後には近衛交代した時にアラン隊長とエリック副隊長にも話したけど、エリック副隊長は既に私とセドリックが騎士団演習場に訪れた時点で予想がついていたらしく、少し苦笑いをされてしまった。
アーサーもセドリックを部屋に呼んだあの時は私の我儘に付き合ってくれたけど、結局は私が甘えてしまった。傍にいて欲しい、なんて子どもみたいな頼みをしてしまうなんて。…でも、あの時は本当に居て欲しかった。ステイルやティアラ、そしてアーサーが居てくれればそれだけで、…何でもできる気がしたから。
窓の外を眺めて、カーテン越しの月明かりになんとなく目を凝らす。
あと、…一日。
明日には、きっとヴェスト叔父様とステイルがハナズオ連合王国の実情の裏を取ってくれる。そうすれば私も、…皆が動ける。
今、この世界は私の知るゲームからかなり捻れている。
サーシス王国国王の乱心。
チャイネンシス王国の同盟破棄。
コペランディ王国の侵攻。
その全てが短縮されている。
…何故、こうなったのか。
月明かりを眺めながら、私は静かにゲームの設定を思い出す。
セドリックルートで、彼の口から語られる凄惨な過去。
彼には、過去に大事な人が二人居た。
一人は実の兄である国王、ランス・シルバ・ローウェル。
もう一人は
チャイネンシス王国国王
ヨアン・リンネ・ドワイト。
四つ年上の兄、ランス。
そして兄と同い年のヨアン。
この二人は親友だった。
そんな兄と親友だったヨアンは、セドリックにとっても兄のような存在だった。
兄のランスを〝兄貴〟と呼び、ヨアンを〝兄さん〟と呼び、慕い続けた。
そしてゲーム開始の一年前に全てが終わった。
コペランディ王国により、服従か属州か。チャイネンシス王国の国王であるヨアンは選択に迫られた。勝てるわけはない、ならば植民地としてでもせめて自国の文化だけでも残したいと。
それを引き止め続けたのが兄のランスと、そしてセドリックだ。何か方法がある筈だと、共に戦おうとずっと説得し続けた。
しかし期限が近づき、とうとうヨアンは一方的に同盟破棄を彼らに突き付けた。サーシス王国だけでも戦火から逃す為に。
そこでセドリックは動いた。
生まれて初めて国を飛び出し、大国と名高いフリージア王国に助けを求めたのだ。
そして極悪女王プライドに恥を捨てて頼み込んだ。助けて欲しいと、ハナズオ連合王国ができることなら何でもすると。
プライドは同盟をその場で了承。兵を挙げ、セドリックと共にハナズオ連合王国に到着。チャイネンシス王国で防衛戦の為に陣を張ったフリージアは、敵国からの侵攻が始まった途端
反旗を翻し、チャイネンシス王国を襲い始めた。
プライドはセドリックから聞いた話に乗じ、あろうことかステイルの瞬間移動を使い、秘密裏にコペランディ王国とラジヤ帝国と契約を交わしていたのだ。
プライドに裏切られ、利用され、三国と大国フリージアの侵攻を受けたチャイネンシス王国は成すすべもなく敗北。ラジヤ帝国の属州となって国の名も文化も奪われてしまう。
頼りにしていた大国からの援軍の裏切りと、飲まれるような猛攻。更にはチャイネンシス王国に援軍を出すべきか、それとも当初のヨアンが望んだ通りに自国だけでも守る為に進軍を取り止めるべきかの選択に迫られたせいか、サーシス王国の国王ランスは取り乱し、乱心。
侵攻が始まり次第、フリージアからの合図で奇襲をかける筈だったサーシス王国はその合図も、更には国王の乱心により何の指示も無いまま、チャイネンシス王国が侵略されていく様子を見ていることしかできなかった。
その結果セドリックは一度に二人、心寄せる相手を失うことになる。
ランスは乱心したままずっと寝たきり状態となり、ヨアンは…。……。
…そして、セドリックはその時の悲劇をこう語った。
自分の愚かさが全てを不幸にした、と。
自身の愚かさを呪いながら、セドリックは乱心した兄に代わり、一人で国を支え続けた。
人間不信になってしまった彼がそれでも国の為に働き続けたのは、それが国王であるランスの願いだったからだ。
だが、一年後にはプライドにその自責の念と兄への想いすら利用される。
「ほんっとに…救いようの無い…。」
セドリックに恨みでもあるのか、というレベルでえげつない。…いや、無い。恨みなんてなくても自分が楽しければそれで良い。私は…プライドはそういう女王だ。
窓の外を見上げれば、月がちょうど雲で隠れた。
もう、寝るべきだ。明日もあるし、城でゆっくりできるのも残り少ない。少しでも身体を休めて、防衛戦に備えないと。
ベッドに転がったまま、数回寝返りを打つ。
…わかってる、未来のセドリックがどれほど凄くて、優しくて、兄想いの王子様であろうとも。
現在のセドリックは第一王女の私を利用しようとし、唇を奪おうとし、暴力を振るった。
料理のことは咎められないとしても、それ以外だけで十分責められるべき要因はある。…暴力だけは私も今日彼を押し倒したから、おあいこだと思うけど。でも、それだけで全てが許されるわけではない。
その上、一応はまだ同盟審議中。そんな彼に未だ我が国の全てを明らかにする訳にはいかない。
わかってる。
できるだけこうして彼と関わらずにいた方が良い。余計なことを言わずに、余計なことはせずに、あと一日待てば良い。
…それでも、やっぱり私は。
「…………。」
もう一度だけ、溜息を吐く。
ごめんなさい、と口の中だけで今度は呟き、静かにベッドから降りた。
今の彼のことは嫌いだ。
まだ、料理のことは根に持ってる。
安易に許してはいけないこともわかってる。
それでも、私は。
知らない振りはできない。
気づかなかった振りもできない。
この記憶を取り戻したあの日から。
ずっと、それだけは変わらない。