116.罪人は約束した。
「ねぇ、ヴァル!ケメト‼︎プライド第一王女殿下って知ってる⁈」
「あー?…知らねぇな。」
「ええと…知らないです。」
セフェクの言葉に答えながら、俺は晩飯を嚙る。ケメトも俺に続くようにテメェの分の晩飯を口に運んだ。契約で俺は王族のことについて知ってる事は何も話せねぇ。…いや、話せたとしてもあの連中の話題は一生御免だ。
「すごく、すごく素敵な王女様なんですって!噂で聞いたの!優しくて、頭も良くって、次期女王としても…」
「ケメト、そっちの水よこせ。」
「あ、はい!」
セフェクの言葉を無視して指図すると、ケメトが水を俺に差し出す。最近はセフェク無しでも俺の傍に寄ってくるようになりやがった。そのまま水を飲もうと口を開いた途端、それより先に顔面に水をぶっかけられた。ビシャッ!という音と同時に顔から首元までが濡れる。
「人の話聞きなさいよ‼︎」
見ればセフェクが俺達にそれぞれ腕を突き出してやがった。横を見れば俺だけでなく、ケメトも顔をずぶ濡れにして服で顔を拭っていた。
「ッテメェ、セフェク‼︎食ってる最中に水は止めろって何度言わせやがるッ⁈」
…ケメトとセフェクに会って、三年が経った。
生活自体は大して変わらねぇ。セフェクの特殊能力で水が足りた分、金が少し浮くようになったぐらいだ。朝起き、飯を食い、俺は瓦礫拾いと下働き、セフェクとケメトは二人で水売り、そして俺が終われば市場に行き、セフェクとケメトが勝手に合流して三人で飯を買い、食って、寝る。それだけだ。
クソガキ共は変わらず俺から離れねぇ。特に会った時よりも身体ができてきたケメトはセフェクだけでなく俺にまで引っ付いてくるようになった。俺の下衣を掴んで歩くことも増えた。邪魔だやめろと言った時もあったが、それでも翌日にはまた掴んできやがるから結局諦めることになる。うぜぇったらありゃあしねぇ。殴って蹴れば済む話だとは思うが、…以前みてぇに契約がなければと思う事はなくなった。
「で?それがどうしたってんだ。」
「それで、それがどうしたんですか。」
セフェクがぎゃあぎゃあ騒ぐのを流し、さっさと要件を聞く。聞かねぇといつまでも引き摺りやがる。俺とケメトの言葉にセフェクは口を引き絞り、未だに不満を全身から垂れ流しながらも言い直す。
「…だから、ケメトが大きくなってお城で働くようになったら、私もプライド様に会えるかもしれないって思って。」
「ハァ?」
「え?」
突拍子の無いセフェクの言葉に思わず聞き返す。
「だって、ケメトがお城で働いたらプライド様に会えるでしょ?それでお友達とかになったらー…。」
「ヒャハハハハハハッ!ンな都合良く城で働いたからって会える訳…ッぶわ⁈」
「なってみないとわからないでしょ⁈」
逆上したセフェクに再び何度も水をかけられ、上半身が見事に水浸しになる。テメェ…と睨み、やはり契約で殴れねぇのは不便だと考え直す。
「大丈夫ですかヴァル⁈」
どうぞ、とケメトに手渡された布で顔を頭から拭い、水を含んだ上衣を脱ぎ、絞る。セフェクの野郎、何度も最大出力でぶっかけてきやがって。
「ちょっとケメト!それ私達の毛布じゃない‼︎」
「だって、ヴァルが風邪引いちゃうから…。」
「ケメトはいつもヴァルのことばっかり‼︎」
セフェクの金切り声を聞きながら、見れば確かにケメトに手渡されたのは二人がいつも包まっているボロ布だった。だが一回濡らしたもんは今更意味ねぇから最後まで使う。
残りの飯も食い終わり、喧嘩する二人を無視しテメェのボロ布片手に地面に転がる。だが、暫く待っても変わらず背後からセフェクの喚き声が聞こえてきて眠れやしなかった。舌打ちをし、自分が掛けていた布を二人に放り投げる。
「使え。俺は要らねぇ。」
背後でいつまでも騒がれるよりマシだ。そう思って目を瞑る。ガキ共が黙り、これでやっと眠れると思ったが…
バサッ、と。
ガキ共に放り投げた筈のボロ布が再び俺に掛けられる。なんだと思って振り返れば丁度ケメトとセフェクが俺の背後に並ぶようにしてボロ布の中に入ってきやがった。俺の背後にケメト、そして端にセフェクが並ぶ。いらねぇって言っただろうが、と声を荒げたが二人共全く動く気配がねぇ。…クソガキ共。
文句を言っても無駄だと諦め、そのまま再び横になる。ガキの気紛れを相手にするだけ無駄だと随分前に学んだ。
…〝王女様〟か。
ふと、脳裏に三年前見た王族の姿が浮かんだ。
バケモン王女にその弟妹。偉そうな女王や王配、摂政や宰相。どいつも胸糞わりぃ連中ばかりだった。
ケメトとセフェクが王族や城に夢を見るのは構わねぇが、俺は連中が気に食わなかった。
捕らえられて隷属の契約を交わされる遥か前から、だ。どいつもこいつもお綺麗な世界に踏ん反り返って偉そうなことばかり上から物を言いやがる。
…国のお偉いさんなんざ、どいつも同じだ。
テメェらより下の人間なんざ気にも止めねぇ。どんだけ甘い言葉や大層な御託を並べようと結局は他人事だ。
下の連中に身体を張ることも、信用も、俺達を理解することだってできる訳がねぇ。俺達が地を這い蹲ろうと野垂れ死のうと気にせず高い所で笑ってやがる。…そんな連中だ。
そんな連中相手に働きてぇだ、友達になりてぇだと話すセフェクの神経を疑う。しかもお気に入りの王女はバケモンだ。
… まぁ、夢を見る分は勝手だが。
昔ならこういうガキの無意味な夢をぶち壊してやったが、目を輝かせて語るセフェクとケメト相手に何故かそうしてやる気にはならなかった。…くだらねぇ。そのまま眠りにつこうとした時。
「ヴァル…あの、…起きてますか?」
まだ話し足りねぇのか、ケメトが俺の背中越しに声を掛けてきた。無視するとひたすら暫く声を掛けてくるから仕方なく、なんだと返事をする。
「僕と、セフェク…今は何歳ですか?」
「アァ?…あれから三年だからー…六つと十つ、か。なんだ、名でも変えたくなったか。」
もともとその時の歳の数字だ。この国の言葉でないとはいえ、違和感でも感じたのか。
「いえ、僕はケメトが良いです。ヴァルがくれたこの名前が大好きです。」
ケメトの言葉にセフェクがさらに背後から「私も」と相槌を打った。うざってぇその言葉に舌打ちで返し「それでそれがどうした」と返す。
「…僕は、いつか…ヴァルにお礼をしたいです。」
意味がわからねぇ、何の礼だ。セフェクといい、ケメトといい…「いつか」と、今の境遇なんざ御構い無しにガキは何でも夢を見やがる。
「だから、…いつか僕が自分の特殊能力を知ったら…その時は、一番最初にヴァルに教えます。約束…します。」
それの何が礼になる。そう言おうとしたが、…何故だか口に出す気にならなかった。代わりにでた言葉は「そうかよ」という適当な返事だけだった。それでもケメトは「はい!」と返し、俺の背中の裾を掴みながら再び「約束です」と小さく呟いた。
うざくて面倒くせぇ。…ガキって奴は、と今まで何度も思ったことを頭の中に巡らせながら、俺は今度こそ眠りについた。
…そうして、ガキ共と会ってからとうとう四年の月日が流れた。