防御特化と奥の手。
ドラグとドレッドが無事撤退に成功して町の近くまで戻ってくると、ギルドメンバーに次の指示を出すペインとちょうど鉢合わせた。
「ん?戻ってきたのか」
「あー、ちょっと面倒なやつに会ってな。援軍呼んで囲い込もうかと思ったが……追っては来なかったらしい」
「【ラピッドファイア】と【thunder storm】がきてたぜ。見た感じは四人だけっぽかったけどな」
「ふむ……四人ならばここまで来るつもりはないのだろうが、警戒はしておこう」
ドレッド達を無理に追撃しなかったことからも、全力で目の前の敵を倒す気はあっても、必要以上の危険を冒すつもりはないことが分かる。
「流石に本陣に突撃するほど考えなしではねーか」
「ベルベットのあの勢いならやってもおかしくなかったけどな!」
「ああ……それとベルベットが一つ知らねースキルを使ってきた。ペイン、【楓の木】にも伝えておいたらいいんじゃねーか。特にサリーには必要だ」
「なるほど?聞かせてくれ」
ドレッドは【過剰蓄電】についてペインに伝える。あれと戦って無事でいるためには、強力な遠距離攻撃か、飛び込んでも無事でいるための防御能力が必須となるだろう。
「分かった。【楓の木】には俺から伝えておく。ちょうどそのうちフレデリカと共に戻ってくるはずだ」
「おお、もう終わったのか。向こうは順調みたいだな!」
フレデリカを連れた【楓の木】は逆サイドで爆弾を設置しに行っている。サリーに加えフレデリカがいればノーツの力も借りて索敵はより盤石になり、隠密行動も容易になる。
「そうだ。それに関しても一つあるな。こっちでも爆発音はしたが聞いてたのより規模が小せえし、音が分かれてた。バレてるかもしれねー」
「話を聞く分にはウィルバートかヒナタだろう。あの二人なら被害を抑えるスキルを持っている可能性はある」
そう何もかも上手くはいかないものだ。とはいえ、上手くいかなかったことを知れたことにも価値はある。
「大規模な戦闘に備えて休んでおいてくれ」
「おう!」
「あー……そうするよ。どっと疲れた」
そう言うと二人は一度町の中へと戻っていく。少しして、入れ替わるように【楓の木】にフレデリカを足した九人が帰ってきた。
「おっ、ペイーン!特に何もなかったー?」
「ああ、敵影はない。どうだった?」
「こっちは上手くいったよー。ついでに見かけた敵は倒してきたかなー。マイとユイが消えて近づいてて、一瞬で死んじゃってるから何があったかも分かってないかもー?」
「上手くいってよかったです!」
「フレデリカさんがどこに敵がいるか先に教えてくれたので……」
朧とソウの力を借りての暗殺はまだ敵陣に認識されていない。死人に口なし。誰一人生き残りがいなければ、何が起こったかが伝わることもないのだ。
「爆弾もいっぱい設置してきました!」
「効果は……」
サリーが切り出したところで、遠くの森に天を衝く巨大な火柱が連鎖的に発生する。一帯を包み込む爆炎は、そこにいるプレイヤーが生き残ることができないだろう規模と威力だ。
「……あったみたいです」
「そのようだな。結果が出るのが早くて助かるよ」
「早めに退散しておいて正解だったな」
「敵味方関係なしというのは恐ろしい。事前に周知しておいたものの、誤って巻き込まれた者がいなければいいが……」
「そうねー。命の補償はできないもの」
「僕らで先に数人倒しておいたおかげで次のパーティーを呼び込めたのかな?」
被害がどれほどか正確には分からないが、相当なものであったことは推し量れる。
戦果は悪くない。【楓の木】も一旦休息に入るためドレッドとドラグに続いて町へ戻ろうとする。最前線に出る度、いつ戦闘が起こってもおかしくない状況に体力はすり減る。
大事な場面で判断ミスをしないためにも、ゆとりを持っておく必要があるのだ。
「サリーには特に話しておくことがある。ドレッドからだ」
「私に?分かりました」
サリーはメイプル達に先に戻って休んでおくように言ってその場に残る。
そうしてペインが伝えたのは当然ドレッドから聞いた内容だ。
「なるほど……」
「ベルベットとは一度戦ったと言っていたが、その時はそんなスキルはなかったはずだ」
【集う聖剣】と同陣営になるにあたり、サリーはベルベットと決闘した際に見たスキルについては共有していた。
「見せていない奥の手はあると言っていたのでそれのことかもしれないです。それに関しては気をつけるようにします。私だとどうやっても相手にできないので……爆弾については除去されたかイズさんに時々確認します」
「ああ、助かる。それとは別に戦況について意見を聞きたい。今後の作戦のために」
【楓の木】の参謀役はサリーだ。だからこそここに残ってもらったわけである。
「……思ったより本格的な戦闘が起こっていない印象です。私達としても深入りしていないので、どっちもどっちと言えばそうですが」
「俺もそう思う。ベルベットにしても多少無理をすればドラグを連れたドレッドになら追いつけたはずだ。各地でデスは発生しているが、最前線は中央からほとんど動いていない」
どちらが押し込んでいるわけでないのは、人数差に圧倒的な有利がつくほどのデスは発生していないためだ。イベント期間はまだ続くため、そこまで焦る理由はなく、そして何より一デスも許されないことはイベント全体での大きなリスクを避けた動きに繋がっていた。
時折その想定の外側にいる、ミィの【黎明】やメイプルの【滅殺領域】のような桁違いの出力によって多くの脱落者が出ることはあるが、勝ちに直結する場面でないのは確かだ。
互いにあと一歩踏み込んでいないことによって、まだ均衡が続いているのである。
「何かきっかけ一つあればといった感じですね。となると……」
「そうだ。間違いなく戦闘が起こるタイミングがある。多くのプレイヤーが集まるしかなく、そこで大きく状況は変わる」
ペインとサリーは同じタイミングを思い浮かべる。それは両陣営のモンスターが一気に敵陣に向かって攻め込む強制イベントが発生する時間帯だ。対処に向かわなければ、敵陣営のプレイヤーがより多く集まった場所から順に自軍のモンスターが倒され、モンスターの勢いと共に自陣へ押し寄せるだろう。それを避けるために両陣営が共に最前線まで向かえば大規模な衝突は必ず発生する。そこで有利を取れるかどうかが、まず第一の焦点となるのは間違いない。
「相手は【炎帝ノ国】を中心として中央から攻めてくるはずだ。そう容易くは崩せない城を作り、最前線に陣取っているのは機を窺っているからだろう」
「【炎帝ノ国】の陣形は強力ですからね。そこに合わせるのが一番強い……」
サリーとしても異論はない。ミィを中心に敵を焼き払いながら前進されては地上からは敵陣に近づくことすらできないだろう。
こちらとしては、それに真っ向から付き合うか、ここまでやっていたように、端から攻めて王城を狙うプレッシャーをかけつつ駆け引きをするか。これを考えなければならない。
「ペインさんはどう思います?」
「俺は……中央で勝負する方がいいと考えている」
「……ちょっと意外でした」
「はは、そうか。【炎帝ノ国】と【thunder storm】これを放置した時に中央がどうなるか想像がつかない。完全に突破されて駆け引きが成立しない状況は危険だ」
敵に対応せざるを得ないため。消極的な理由ではあるが、それだけ【炎帝ノ国】と【thunder storm】を中心とした集団戦の強さが、こちらの陣営を上回っていると感じているのだ。
「とはいえ、それでも不利になる可能性は高い。どちらも選びたくない二択というところだ」
ここまで聞いて、サリーは【集う聖剣】が【楓の木】に求めていることを理解する。
「いくつか戦況をひっくり返す手段があります。正面からぶつかり合う時、かつ大人数であればより有効な……ただ、少し思うところはあるんですけど」
少し目を逸らして、歯切れ悪くそう言うサリー。
「聞かせてくれるか?」
「詳しくは一旦町の中に入ってからでいいですか?私だけで決めるのはちょっと難しくて。【集う聖剣】もこれが終わったらライバルですから」
「ふむ、相当な隠し球らしい。もちろん俺としても無理にとは言わない」
「断ることはないと思いますけどね。だいたい私のいらないお節介です」
今この瞬間全力で勝つ。それが目標であり、その先のことはまた考えると言うだろう。サリーは戦況をひっくり返しうる奥の手を持つ存在、他でもないメイプルの元へとペインを連れていくのだった。
話を終えた二人が戻ってくるのを待っていたのか、先に戻った【楓の木】の面々は索敵のため外壁上に向かったフレデリカと別れて、入ってすぐの所のスペースで休息していた。
「あ、サリー!お話は終わったの?」
「うん。二人で話す分はね」
「……?」
「ここからはメイプルに関係する話だから」
発生するであろうこれまでで最も大規模な戦闘。そこにメイプルがどう介入するか、サリーの中には一つ想像している展開があった。
「メイプルにはあれを使ってもらうことになると思う」
「……!うん、あれだね!」
「で、その上で一番強く使うためには皆に知ってもらう必要があるんだけど……」
「大丈夫だよ!それに、ちゃんと言っておかないと危ないし!」
「はは、味方が危ないか……恐ろしいな」
どうやら奥の手は単純に周りを守るようなものではないらしい。ペインが思い浮かべているのは、どちらかというと無差別攻撃のような代物だ。
「アレなぁ……」
「ああ。確かに知っておく必要はあるだろうな」
「たくさん人が集まるならなおさらね」
「そうだね」
「じゃないと……」
「すごいことになっちゃいます!」
メイプルのあれこれを見慣れているだろう【楓の木】の面々ですら微妙な反応をするのを見て、ほんの少し、本当に使わせていいか迷いが生じるペインだったが、それほどのものであれば用法容量を守って使えれば役に立つはずだ。
「よければ聞かせてくれ。その奥の手というのを」
「はい!」
元気よく返事をすると、メイプルはペインにスキルの詳細を伝える。
「……な、なるほど。【楓の木】の反応の理由も分かった」
珍しく動揺が見て取れるペインは、自分を落ち着かせるように一つ息を吐くと、それを踏まえた上で作戦を考える。
「まずは中央に向かう人員を集める必要があるな。【集う聖剣】と【楓の木】。他のギルドも呼べるだけ呼びたい。その時は、全員に話すことになるだろうが構わないか?」
「はい!」
「というか、じゃないとまともに使えないので……」
「ああ、それは……そうだな」
メイプルは集めた全員に自分の切り札を公開することを快く了承する。あとは人を集めて伝えるだけだ。
「私がアイテムに映像を残してあるから、集まった時にそれをモニターに映せば大丈夫だと思うわ」
「おお、残してたのか?」
「使うかもっていう話になった時に、その方が早いと思ったの」
「うんうん、百聞は一見に如かずっていうからね」
モンスターの進軍に合わせての作戦の準備は進めつつ。【炎帝ノ国】が先に中央のポジションを取って手放さない現状についても、それまでになんとかしたいところだとペインは話す。
「それは私達が頑張ってみます!」
「メイプル?何か策があるのか?」
「はい!」
自信満々にそう返事をするメイプルを見て、それならまずは任せると【炎帝ノ国】の対処は【楓の木】に任せ、【集う聖剣】のギルドマスターとして人を集めに行くことにした。
【集う聖剣】という大規模なトップギルドが動くとなれば、その作戦について来てくれるプレイヤーも増えるだろう。人を集めるのは【楓の木】より【集う聖剣】が適任だ。
こうして、それぞれがそれぞれの作戦を実行するため行動を開始する。来たる決戦の時、自分達が少しでも有利になるようにできる限りのことをするのだった。