防御特化と参戦3。
「……っ!」
メイプルには反応不可能な速度で飛来した赤い矢は、構えた大盾を僅かに避けて、敵を探すため盾からわずかに出していた顔を掠めるように命中した。それによって凄まじいダメージエフェクトと共にHPが一気に吹き飛び【不屈の守護者】が発動する。HPが高いわけではないメイプルはダメージさえ通れば酷く脆い。
【ピアースガード】の効果が切れたところを適切に撃ち抜かれたならば、メイプルを守るものはない。
「撤退するぞ!敵がどこか分からない!防御壁展開しろ!メイプル、それ解除してくれ!」
「は、はいっ!」
メイプルが身捧ぐ慈愛を解除し、その分他のプレイヤーが魔法とスキルによって防御を固める。
「「「【魔力障壁】!」」」
「「「【マルチカバー】!」」」
急いで森に退く中、メイプルを倒さんとするウィルバートの矢が次々に襲いかかる。メイプルでなければ貫通効果など不要だと、範囲攻撃を連打するウィルバートにガリガリと全員のHPが削られていく。防御役を入れ替えつつ森を目指すが、反撃できない分状況は苦しい。
「私も……!これならっ!」
全員を守るために、メイプルは新たに手に入れたスキルで対抗する。
「【古代兵器】!」
矢の雨と強烈な一射によって溜まったエネルギーを一気に解放すると同時、黒いキューブが八つに分裂し、空中に拡散する。それはそれぞれを青い光で結ぶと、眩しいほどに輝く巨大な障壁を展開し、続く矢の雨の直撃と共に激しくスパークしてその全てを受け止める。
「おおっ……!?」
「走るぞ!メイプル運べ!【不屈の守護者】持ってるやつは壁になれ!」
ここで自陣の最高戦力を失う訳にはいかないと体を張ってメイプルを守りつつ、遮蔽の多い森を通って退却していく。
遠くからそれを見ていたウィルバートは森をじっと見つめ、ゆっくりと弓を下ろした。
「私も地形を貫くことはできませんから……これ以上は届きませんね」
「ふむ。あのエネルギーバリアが誤算だったね。なるほど、やはり新たなスキルを身につけていたということか」
見覚えのないスキルだったことは間違いないが、ウィルバートの目はその発生源をしっかりと捉えていた。
「側に浮いていた黒いキューブが変形していたようなのでおそらく装備品でしょう」
「装備中は気をつけておくとしよう。さて、戻ろうか。間に合えばベストだったけれど……機動力は私達の課題だね」
失ったプレイヤーも多く、陣営として見た時にこの勝負は大敗である。
「そうですね。今回は近づき過ぎればこちらの不得意な間合いに入ってしまいますから……難しいものです」
とはいえ、凄まじい攻撃を見せつけたことは間違いなく。しばらくはここに踏み込んでくる敵もいなくなるだろうと二人は氷柱上から退いていく。
二人によってこれ以上の進軍は止まり、今後このエリアにも踏み入りにくくなった。しかし、倒されたプレイヤーもかなりの数になってしまったのが現状だ。
僅かに隙を見せたこの瞬間にメイプルを倒し切りたかったと思いつつ、二人は元々守っていたエリアに戻っていくのだった。
それから少し。町の外壁前には一旦戻ってきたサリー達三人がいた。歩いて町に入るための門の前では、イズがアイテムによって要塞を築いている真っ最中である。
「すげえことになってんな」
「ああ……」
「フィールドでの最終防衛ラインって感じですね」
並ぶ大量の大砲と設置されたバリケード、本来アイテムはそれで本格的に戦っていけるようなものではないものの、イズのそれは訳が違う。無策のまま突撃すれば防御力の高い前衛だとしてもただでは済まないだろう。
「あ、サリーちゃん達!戻ってきたのね。無事でよかったわ」
「まだまだ始まったばかりだからな。まずは予定通り様子見からだ」
「私達も設置を手伝おう。いつ攻め込んでくるかは分からないからな」
準備は早めに済ませておくに限ると、三人がイズの手伝いをしていると、遠くにこちらに向かってくる多くのプレイヤーの影が見えた。
「お、敵か……?」
クロムが警戒しつつ短刀を抜くが、イズがポーチから取り出した双眼鏡で確認して首を振る。
「あれはさっき出撃した人達みたいね。メイプルちゃんがついて行っていたはずだけど」
「メイプルが?……なるほど。確かにあの人数なら効果的だろう」
少しして、集まっているプレイヤーの中からメイプルが出てきて、集団に頭を下げて挨拶を済ませると四人の方に向かってくる。
「みんなー!」
「メイプル、お疲れ様。どうだった?」
「皆が結構倒してたと思う……煙とか炎とかで数は分からなかったんだけど」
「はは、随分派手にやり合ったんだな……」
「でもね。誰も倒されてはないんだけど【不屈の守護者】を使っちゃって……」
「何かあったってことだね」
「うん、えっとね」
メイプルが起こったことを話すと全員心当たりのある人物がいるようだった。
「まあ、それは間違いなくウィルバートだろう」
「そうですね。ただこっちの視界外から撃ってくるのは想定以上です」
「なんでも一撃で吹き飛ばす射撃を視界外からか……敵陣はますます歩きづらくなるな」
弓使いでありながら、超遠距離から安全に確実に暗殺してくるのは脅威というより他ない。さらに範囲攻撃や貫通攻撃もきっちり備えているのだから隙がない。
「とりあえずメイプルは今日は安全第一で。どうやってるかはまだ分からないけど、すごい広い範囲をその目で見ているのは確かだから、次範囲内に入ったら間違いなく撃ち抜かれる」
メイプルにはあの矢に反応できるだけのステータスもプレイヤースキルもないため、【不屈の守護者】がなければ何もできずに即死するだろう。
「ごめんねサリー……【ピアースガード】先に使っちゃったから」
「大丈夫大丈夫!それに、多分それは使って正解だったと思うよ。もし矢の雨に貫通効果がついてたら今頃ここにはいなかっただろうしね」
「そもそもついて行ってたのもよかったな。あれ全員ウィルバートに蜂の巣にされてたら相当な被害が出てたはずだろ」
あの矢の雨を前にして【身捧ぐ慈愛】がなかった時のことを考えると恐ろしいものである。
「結果を見れば全員生存だ。大勝と言えるだろう」
「うん!よーし!次はちゃんと盾で防御するぞー!」
メイプルは元気を取り戻すと、そのままイズの指示を受けてアイテムの設置を始める。それを見つつサリー達は少し考え込んでいた。
「実際、かなりキツイよな。さっき集まってたギルドの前衛ですらワンキル圏内に入ってるくらいのダメージが出るんだろ?」
「射程に圧倒的な差がある以上【AGI】が低いといくらでも引き撃ちされますね。射撃を耐えればダメージは落ちますけど……プレイヤーに致命傷を与えるには十分……」
メイプルがついて行った複数ギルド混合の部隊もレベルの高いプレイヤーが集まっていた。それで耐えられないのは、それだけウィルバートの攻撃力が高いということだ。
「俺も特別防御力が高いわけじゃないからな。最終的には【デッド・オア・アライブ】の機嫌次第なんだよなあ」
「私も無理だろうな。クロムとメイプルが無理なら残りの面々も耐えられないだろう」
「こっちより索敵範囲が広いのが何よりまずいですね。必ず先制攻撃されますから」
視界外から放てる必殺の一撃を持っている。これではウィルバートの位置が確実にわかるまで敵陣に踏み込めない。
「射線が通っているか気をつけて歩くしかないんじゃないか?メイプルの話を聞いた感じだとフィールドの地形はぶっ壊さないみたいだしな」
「対策は考えておきます。とりあえず次に敵陣に入るときは気をつけましょう」
最後まで戦い抜くために、早々にしくじる訳にはいかないのだ。
味方も強いが敵もまた強い。対人戦特有の緊張感を久々に味わいつつ、三人はイズの手伝いに加わった。