防御特化と第十回イベント。
メイプル達を包む光が薄れていくと、そこはギルドホームではなく町の中央の広場だった。
と言ってもここは既に元の九層の町ではなく、イベント用にそっくりに複製されたフィールドである。同様に転移してきた他のプレイヤー達も周りを見渡し、誰が味方になったかを改めて確認して歓喜や落胆などそれぞれの反応を示していた。
メイプル達が選んだのは炎と荒地の国である。町の中でも装飾として炎が舞っているのだが、その炎を吹き飛ばしながら空から黒い影が一つ降りてくる。
「おぉ、随分と集まったものだな。歓迎するぞ!」
不敵な笑みを浮かべて空にとどまるのは竜の翼と尻尾が特徴的なこの国の王だった。
「ルールは分かってるな?うちの兵士も町の中にいる。使えるものは全部使ってくれていいぞ。ただの旅人といえど勇敢に戦え」
二つの国は【AGI】の高いプレイヤーにとってそう時間のかかる距離ではない。油断すれば一気に接近を許すことになるだろう。
「勿論この私も戦場には参加する。巻き込まれないよう頭上に気をつけておくんだな」
そう言うと王は高度を上げその体を黒い光で包み込む。それは少しして内部から弾け巨大な黒竜が空へと飛び上がっていった。
それを合図として、イベント開始を示す表示が空に浮かび上がりいよいよ自由に行動ができるようになる。ギルドごとにそれぞれ戦略を立てているのだろう、我先にと壁の外へと向かうプレイヤーや、逆に王城へと入っていくプレイヤーなど、各自時間を無駄にしまいと目的を持って駆け出していく。
「ここじゃ落ち着けないし、一旦少し離れようか」
「そうだね!」
サリーの言うように、改めて落ち着いて話ができるようにと、メイプルは【楓の木】の面々をまとめると広場から少し離れることにする。ただ、メイプルは歩き出す前に、少し辺りを見渡してとあるプレイヤーを探していた。
相手側も同じだったようですぐに探していたプレイヤー、ペインと目があった。
ペインはギルドメンバーに指示を出しつつ、近くにいたフレデリカに何か別で伝えると、フレデリカがこちらに走ってくる。
「無事に同陣営だねー。連絡役やるからよろしくー」
「うん!よろしくね!」
「今回のイベントだとパーティー外の私にもちゃんと【身捧ぐ慈愛】効くみたいだし安心安心ー」
フレデリカは相棒のノーツのスキルによってより柔軟に連絡を取ることができるため、今回は【楓の木】と【集う聖剣】の間を取り持つ役割なのだ。
こうして一行にフレデリカを加えると、メイプル達は一旦広場から離れていく。
少し離れて周りも静かになったところで、まず真っ先にフレデリカが話し始める。
「でさー、【楓の木】はどうするの?」
「まずは様子見!……だったよね?」
「それでいいよメイプル」
「なーんだ。打って出たりはしないんだねー」
「メイプルが待ち構えるのに向いてるし、今回のルールなら人が一番多いところにいるのが強いからね」
【身捧ぐ慈愛】が味方陣営の全プレイヤーに効果を発揮するため、プレイヤーが多く戦闘が起こりやすい場所で特に有効だ。
「それに、序盤は相手の出方を窺いたい。ペインもそんな感じだったりするか?」
クロムの質問にフレデリカは頷いて返す。
今回のイベントの勝利条件であるの玉座への到達は、何よりも警戒しておかなければならないものだ。
「空を飛べるテイムモンスターもいるしー、今回のイベントで使えるアイテムもあるしねー」
モンスターを一時的に使役できるアイテムを使えば、誰でも高い外壁を超えて一直線に王城へと向かうことができるだろう。
戦力をそこに集中された時、防衛できなければ一瞬で負けが決まってしまう。
「広場を見渡した限りでは警戒していたギルドはどうやら味方ではないようだったが」
「【炎帝ノ国】の皆さんがいませんでしたし……」
「向こうにいるのかもしれません」
メイプル達としてもミィをリーダーとする【炎帝ノ国】であれば、攻め込む先のモンスターと相性が悪くなる水と自然の国を選ぶことはないと踏んでの陣営選択でもあったのだが、思惑は外れてしまったようだった。
「僕も見てたけど【thunder storm】と【ラピッドファイア】もいなかったよ」
「カナデが言うなら間違いないわね」
抜群の記憶力を持つカナデはプレイヤーの顔も当然覚えているわけで、それらギルドのメンバーがいないとなれば敵側にいると考えるのが妥当だろう。
ミィのイグニスに乗ってそれらギルドのトッププレイヤーが飛び込んできた時に、はたして止めることができるかどうか。できると言い切るのは難しく、だからこそ序盤は様子を見つつ出方を探り合うことにしたのだ。
「まあ思い切った動きがしにくいのは相手も同じはずだから」
「だねー。じゃあのんびり様子を見て勝てそうなところとか危なそうなところに参加する感じでー」
「うん!頑張ろう!」
【楓の木】は人数が少ないものの飛び抜けた能力を持っているため、遊撃手として少数戦に参加し戦況を有利にすることを狙っていく。
死が許されない今回のイベントならば小さな勝ちも積み重ねるうち大きなものとなるだろう。
メイプル達はサリーの集めた情報が載ったマップを再確認しつつ、敵軍が空から来ないかしばらく警戒を続けることにした。
そうと決まればより良い場所を陣取ろうと、メイプル達は外壁の上へと向かう。
この距離ならメイプルが兵器を爆破すれば王城まで一直線に飛ぶこともできる。
この自爆飛行より速いテイムモンスターはそう多くはないため、王城を守るプレイヤーが少し時間を稼いでくれれば問題なく間に合うだろう。
「ノーツ、よろしくー」
壁の上まできたところでフレデリカは辺りを見渡しつつノーツを呼び出す。
流石にまだ敵陣営のプレイヤーも近くまではきていないようで、動いているのはフィールドに湧いたモンスターと、防衛専門とばかりに大盾使いを先頭にして陣形を組んでいる味方のプレイヤー達くらいだ。
「ノーツ【ソナー】!」
フレデリカの頭の上に乗ったノーツが高い声で一つ鳴くと、ノーツを中心として波紋のようなエフェクトが拡散していく。
「敵影なーし!まー、流石にまだ安心してていいんじゃないかなー?」
「ほー、便利だな。索敵スキルってわけだ」
「ふっふっふ、透明になった人なんかも見える優れものー。サリーの【蜃気楼】なんかも見破っちゃうからねー」
「それは決闘で体感した」
「とはいってもクールタイムはあるから、今度からは怪しい動きがあった時にねー」
そう言うとフレデリカは一旦下に意識を向けて、陣形を組んでいるプレイヤー達に声をかけていく。
フレデリカならここからでもバフをかけることができるため、下のプレイヤーにもそれを認識しておいてもらうことが重要だ。強力なバフがかかると分かっていれば、いつもよりもアグレッシブに動けるというものである。
「しばらくここで警戒して、そのあと予定通り出ていってみましょう」
サリーの発言に合わせてクロムとカスミが頷く。第四回イベント同様、待ち構えることが得意な五人は基本防衛にまわり、残りで敵プレイヤーを削るのだ。カスミとサリーがいれば火力は十分、クロムがいれば防御面も問題はない。
本格的な戦いはできるだけ避けつつ、三人は最前線の様子を確認することで、より詳細に相手の動きを把握しにいくつもりなのである。
メイプルは自爆飛行により地形や戦況を無視して駆けつけることもできるため、基本は安定した場所にいることにしているのである。外壁上からなら安心して空へと吹き飛ぶ準備ができるが、戦闘中となるとそうはいかない。
戦闘を有利に運ぶには全ての戦場にメイプルを置きたいものだが、それは無理な話なため最重要な場所に配置するのは当然のことだ。
「んじゃあ行ってくるとするか!」
「気をつけてね。倒されちゃったら元も子もないのよ?」
「ああ、踏み込みすぎないよう注意する」
「無理しちゃダメだからねサリー!」
「うん。分かってる。そっちも、気をつけて。今回はプレイヤーが相手だから。メイプルの弱点をついてくるはず」
「分かった!気をつける!」
同じ失敗はしないとサリーは小さく頷いて、しばらくしてから三人は敵陣営に向かって出陣するのだった。