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23-1 悪夢の1~6日目

うつな章のはじまり

 ―― 一日目 ――


 彼女は、目を覚ました。

 記憶が混濁こんだくしているため、彼女は現在位置どころか、己が何者かさえ良く分かっていない。背は平均ぐらいなような気もするし、低いような気もする。髪の毛も長いような気がするし、短いような気もする。

 火属性だったようで、妹でもあり、親友を失ったばかりでも……?

 いわゆる、ここ誰わたしどこ――誤字ではない――状態である。


「起きたか、ゲッケイカ」


 ゲッケイカと名前を呼ばれて、彼女は一つ思い出した。

 彼女の名前は月桂花げっけいか

 花という名前をかんしているが、月桂樹の花の事を月桂花と呼ぶ人間を彼女は知らない。

 百合ゆり牡丹ぼたんといったメジャーどころの花の名は、誰かしらが襲名している。二代目と名乗るぐらいなら、造語でもオリジナリティーのある芸名を名乗りたかったのである。


「どうした、ゲッケイカ?」


 月桂花の名前を呼んだのは、桔梗ききょうという名の異能使いだ。桔梗は正統派の花の名前を用いて、夜の街で妖怪退治にはげんでいる。

 桔梗はリボンで長髪をしぼっており、侍のように物静かな女だ。それゆえ、冷たい印象を他人に与えてしまっているが、面倒見は悪くない。

 月桂花の異能は妖怪の目を少しあざむけるだけのつたない力しか持っていない。よって、月桂花単独で妖怪を退治した事はない。桔梗のような友人がいなければ、とてもじゃないが異能生活は続けられない。


「ゲッケイカは相変わらず、愚図ぐずなのですから」

「ごめんなさい、桜さん」


 桔梗とは別に月桂花に協力してくれる女もいる。善意とは言い難いが。

 西洋かぶれな容姿と服装をしたその異能使いの名は、桜といった。父親が貿易を営んでいるか何かで羽振りが良く、衣装も相応に豪華だ。

 桜も月桂花と比べて攻撃的な異能を有している。その分、応用が悪い。

 能力を補うために桜は月桂花を付き人のように従えていた。


「あの、どうしてわたくしは眠って――」

「し、静かに。奴等に気付かれる」

「……? 誰にですか、桔梗さん」

「……妖怪共にだ」


 ぼんやりとしていた月桂花も、二人と話している内に次第と状況を思い出してきた。

 月桂花を含めた女学院の卒業生三十名弱は、卒業式の直前、教室で式の始まりを待っている際に、妖怪の集団に強襲されたのだ。

 卒業生の半数は異能使いであったというのに、日中は現れないはずの妖怪の登場に動揺してしまい、大した抵抗はできなかった。


「……まだ、思い出せないのか。ゲッケイカ」


 桔梗も桜も、月桂花の同級生である。

 起きる前は、同じ教室で、襲ってきた妖怪共と一緒に協力して戦った。非力な己に涙を流したので、この記憶は間違いはないだろう。


「このッ、そんな愚図だからッ」


 侮辱されてしまったので、月桂花はもう少し深く思い出してみる。

 ……三人で戦っていたが、次第に劣勢となり、最終的に一つ目の妖怪と対峙した。そこまでは思い出せる。

 それなのに、桔梗と桜は何が思い出せていないと月桂花に苛立いらだっているのだろうか。



「ゲッケイカ……お前、殺された事を覚えていないのか?」



 不気味な気分になりながら、月桂花は地下室と思しき空洞を一周する。逃げ出すための出口がないかを確認するために歩いているのだが、期待はしていない。

 月桂花が歩いている一番の理由は、死んだはずの級友が全員生きている不可思議を確認するためだ。

 教室で襲われた際、月桂花は幾人いくにんかの被害者が出ていたのを覚えている。

 ただし、今見ている限り、棍棒の一撃で頭蓋骨が割れていた子も、拳を振られて腹を潰されていた子も、全員生きている。松明の淡い光に照らされる地下空洞に監禁されていて青い顔はしていても、死人は一人も存在しない。

 ……桔梗と桜が言うには、月桂花も殺された側の人間のようであるが。

 善戦した桔梗は最後まで殺されず、しかし力尽きて妖怪に誘拐されてしまったと語っていた。

 桜は死人側の人間であるが、己の事を棚に上げて、簡単に殺されてしまった月桂花を役立たずだったとののしっていた。

 通路との間には鉄格子が組まれており、逃げ出せる隙間はない。

 唯一の扉も頑丈がんじょうな鉄製で、外から施錠されている。異能はすでに誰かが試したようで、焦げた痕や目新しい傷が見えるが、それだけだ。

 完全なる地下牢に捕らえられている。状況を確認できたので、月桂花は桔梗と桜の元へと帰っていく。


「人間の男に化けた妖怪が、葉っぱを使って死人を生き返していた。だから皆、無事じゃないのに生きている」

「……桔梗さん。これからどうなると思いますか?」

「その男がしゃべっていた。大事に殺せ、と」

「もうあんな痛い思い、嫌よッ!」


 桜は出血多量からショック死するまでの五分間を経験しているため、即死した月桂花のように漫然まんぜんと構えてはいられない。

 死の恐怖を追いやろうと、パーマの掛かった髪の毛をかき乱している。


「桔梗さんの異能で皆を救えないでしょうか」


 桔梗の実力を知っている月桂花は、素朴な提案を行う。桔梗は現存するどの異能少女よりも強いのだ。


「――冗談で言っているのか?」


 茣蓙ござも敷かれていない地面の上で座っているから、桔梗の顔はくすんでおり、深いクマがうかがえた。




 ―― 二日目 ――


「――選別を行う。レベルが1未満……この言葉が示すモノが分からない娘は、この老体についてくるのじゃ」


 人語を解する妖怪が現れたのは、捕まった女学生達が強い空腹を感じ始めた頃である。

 全員、丸一日、食べ物を口していない。彼女達を捕らえた妖怪共は食事を一切出さず、水すら用意していなかった。脱水症状が深刻化しつつあるが、死んだ人間を蘇生可能な妖怪共が、飢え死を気遣きづかってくれるかはあやしい。


「さあ、さあ。出てこい」


 鉄扉が開かれていく。

 妖怪が人間の言葉を発音できる新事実に驚いていた月桂花は思い付かなかったが、夜の街で見かけた事のある異能少女が数名、常人に混じって地下牢から出て行っていた。彼女達を先導している妖怪が年老いた餓鬼がき一匹しかいないと目聡めざとく察し、脱出の好機だと考えたのだろう。

 他人のアイディアを見て、素直に感動した月桂花は立ち上がろうとする。が、桔梗が手を引いたため中腰になる寸前あたりで停止した。


せ。教室で襲われた時に異能を使っていただろ。気付かれていないはずがない」


 桔梗の方が、月桂花よりも思考が鋭い。

 日常生活においても、桔梗は人間としての強度に優れていた。他人に依存して生きている月桂花――大人しいというにはあまりにも自己主張のない、ツマらない人間――をいつも助けてくれるのは桔梗だけだ。


「……仮にバレていなくても、きっとろくな目にあわない」


 月桂花は桔梗の言う碌な目というものを想像できなかったが、大人しく座り直した。



 地下牢に残った女学生の数は十五人だった。彼女達は全員、夜の街に出現する妖怪を、目覚めた異能で成敗していた異能少女である。

 異能活動に従事する理由は、人それぞれだ。昼間の男尊社会を見限って、夜間の超常識的な世界に解放感にひたっていた者。力がある者が弱者を守らなければならないという使命感に踊らされていた者。常人を見下していた者。本当にそれぞれだ。

 月桂花が目覚めた異能で夜の街を守っていた理由とは、大人しいだけの己をどうにか改善したかったから、というどうしようもないものだ。異能生活でも桔梗や桜の背後に付き添っていたのだから、改善の余地などなかったというのに。

 これまで出現した妖怪は、異能少女の力で退治可能だった。妖怪との戦闘で、異能少女側に死人が出た事はない。

 それが、妖怪共が手加減を行っていたからだと気付けた少女は、一人もいない。地下牢に捕らわれても、心の底ではどうにかできると信じている者が大半だ。


「桔梗さん。わたくし達、助かりますわよね」


 返事がなかったため、月桂花の隣にいる桔梗が、まだ希望にすがっている大半に入っているかは分からない。



 捕らわれ異能少女達は、再び現れた老いた餓鬼に地下牢から連れ出される。

 餓鬼が生きている。となれば、常人のフリをして外に出て行った異能少女は脱出に失敗してしまったのか。少女達の希望がどんどんかすんでいく。

 皆一様に不安顔だったが、地下牢にいても状況は変わらない。何も言わずに餓鬼の後ろに続いていく。

 そして、モグラが掘った穴のようにくねった地下道を進む。

 先で待っていたのは、大空洞と、玉座と思しき木の根を編んだ大きな椅子に座っている男である。



「――今期の育成方針を誤ったな。数はあっても、小粒が多い。やはり、高レベル者の大量生産は難しい」



 男は人間にしかみえないが、地下の空洞の最奥で待っていた者がただの人間であるはずがない。何よりも、寒気を感じる程に膨大な『魔』が、男が人間でない事を知らしめている。


「安定した高レベル者の畜産は、やはり一考に値するか。……まあ、まずは腹ごしらえとしよう」


 男は立ち上がって、異能少女全員を手招きで挑発する。


「我は化物の総大将であるぞ。遠慮していないで、全力で掛かってくるが良い」


 男の合図で戦闘は開始される。

 月桂花も後方から支援を続けたが、戦闘は極短時間で終わりが見えてしまった。

 少女達が疲れていた事も原因の一つであるが、何より男が強過ぎたため戦闘にならなかったのである。


「――ッ! 邪魔よ、ゲッケイカ!」


 例えば、前線の瓦解がかいと共に後退していた桜は、月桂花の近場で烈風の異能を放っていた。


「そんな場所で突っ立って、愚図なのですからッ」


 しかし、移動先に立っているなと月桂花を突き飛ばしている間に、足者から飛び出てきた木の根に体を串刺しにされしまった。吐血しながら、体をくの字に曲げて動かなくなる。

 月桂花も、桜を貫通してきた槍のような根に脇腹をえぐられたため、もうすぐ死ぬだろう。

 血臭を嗅ぎ分けたかのように地面から更なる根が出現して、月桂花の脇腹にある傷口から侵入した。

 バキュームで吸い取られていくかのごとく、血も肉も内臓も、まるごと根に吸い取られて、最後は皮しか残らない。




 ―― 三日目 ――


 地下牢の人数はまた減少した。

 昨日、多くの異能少女が戦死したからではない。あの後、死んだはずの少女達全員を男が再び蘇られた。腹が皮だけになったはずの月桂花さえも、体は健康状態に戻っている。

 では何故人数が減ったかというと、男がそう決めたからだ。


「皮膚をぐ様に手に入るとはいえ、小粒に『奇跡の葉』を浪費してやるのはしい。レベルの低いにえをオーク共に恵んでやれ」


 誰を生贄いけにえとして選出するかは、異能少女側の自己申告によって行われた。

 月桂花のレベルは19。異能少女の中では丁度平均の値だ。コバンザメのように最強の異能少女、桔梗についていたためである。

 当初、直接的な攻撃能力を持たない月桂花を、同レベルの少女は非難していた。そのため、月桂花が妖怪共の慰め物になるはずであったのだが、桔梗が反論した事によって居残りが決定する。


「あの男に直接的な攻撃が効くものか。お前などより、よほどゲッケイカの方が役立つ」


 桔梗に真っ向から異を唱えられる人間は、少なくとも居残り組の中にはいなかった。生贄となる少女達は泣いて反論していたが、黙殺されてしまう。

 ……ただし、その日から、月桂花は桔梗以外の異能少女から敵として認識される生活が始まる。


「――だから、愚図なのですわ」




 ―― 四日目 ――


 四日目の生活も二日目とまったく変わらない。勝てないと分かっている妖怪の大将らしき男と戦闘を行って、死んで、強制的に蘇生されられるだけだ。

 月桂花達が全滅する回数は増加しているが、これは男が連戦を望んでいるからである。

 戦闘時間が二日目と比べて極端に短くなっているのは、人数が減ったからではないだろう。単に、少女達に気概きがいが足りないのである。



「ツマらないな。効率だけを重視するのであれば、戦闘などする必要はない。贄等には我の暇潰しに命を投げ出して欲しいものだが、どうにも緊張が足りない。殺意を我に向けろ」



 男は勝手な言い分で異能少女達を非難する。男を殺してやりたいと誰もが思っているが、登れないと分かっている崖に手を伸ばすものはいない。突破できない壁を叩き続ける事に情熱を燃やせる者もいない。

 数度の脳死で、死という苦痛に対してもある程度のあきらめが生じている。

 男が望む緊張感に富んだ戦闘は望みようがないのだ。


「風のない沼の水は腐るか。で、あれば……生命の危機という風を吹かしてやろう」


 こう何かを即断した男は、異能少女達の後衛にいる月桂花……よりも後ろにいた少女に視線を合わせる。

 その少女はほとんど戦闘に参加していない。四日目になってからは、地面から出現する木の根をまったく避けようとせずに早々に死んでいた。

 嫌な予感がしたのだろうが、今更逃げ出そうとしてももう遅い。二重の螺旋らせんを描きながら飛び出た根は、少女の体にからまって拘束してしまう。

 動けなくなった少女は、わらに手を伸ばすがごとく、最も近くにいた月桂花に助けを求める。

 月桂花は何をすれば良いのか分からなかったので、指先を少女に伸ばすだけだった。


しぼり尽くせ」


 根の螺旋は万力まんりきのように力を強めていき、少女の体に埋まっていった。背骨が縦に裂けても加圧が続いたため、最後の瞬間、動脈から血を吹き上げながら肉がブロック状に千切れて、ボロボロとこぼれ落ちていった。

 月桂花が伸ばしていた指に吹き飛んできた眼球が触れて、床に跳ねていった。


「明日からは一回の戦闘ごとに一人殺していく。蘇生は行わない。殺す基準は、そうだな――。一番の役立たずを選ぶ事にしよう」




 ―― 五日目 ――


 地下牢の中で、月桂花は地面に倒れていた。栄養失調で死ねるのであれば本望だったが、蘇生のたびに体調だけは改善されてしまうので、今は空腹で倒れている訳ではない。


「アンタッ! 近くにいたのに何で助けなかったのよッ! 見殺しにして、人殺し!」

「役立たずが殺されるのなら、次はアンタが死ねべきよねッ!」


 良く分からない理論で、月桂花はられている。男が設けた新ルールは十分に狂っていたが、同じ境遇にいるはずの級友等がルールに沿った行動を取る必要はないというのに。


「ごめんなさい……」


 謝罪を行っても暴力は止まず、時に暴走した。が、打撲で死ねるのであればボロボロになって死ぬよりもマシではなかろうか。こう月桂花は考えるようになってしまっている。

「わたくしが次に死にます。ごめんなさい……」


「ッ! この愚図女ッ! ――突撃、突風、風柱撃ッ!」


 ただし、月桂花も異能を使って暴行されるとは思っていなかった。

 地下牢のよどんでいた大気が一本の柱に凝縮して、倒れる月桂花をピンボールのように跳ね飛ばす。

 異能を放った張本人、桜は壁際でうずくまる月桂花を一瞥いちべつするが、直ぐに興味を失って眠り始める。

 空気が強制的に入れ替わった事で、戦闘開始まで月桂花は誰からも相手にされなかった。




 ―― 六日目 ――


 地下牢の生存者は六人にまで減っていた。

 実力者である桔梗、桜が残っているのは不思議ではない。が、無力な月桂花が生き残っている理由だけは解せない。

 数の減少によって前衛と後衛の区分けが曖昧あいまいとなり、前に出ておとりを担う機会は増えているが、活躍しているとは言い難い。

 敵の男の基準は不明だ。男にダメージを与えていた異能少女を躊躇ちゅうちょなく処分した癖に、攻撃手段を持たない月桂花を殺そうとしない。

 桔梗以外の全員からいぶかしげな……正確に言って、妖怪の一味ではないかという疑いの目線を月桂花は浴びていたが、訂正する材料を所持していない。

 月桂花本人も、どうしてまだ生きているのか分からないのだ。

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

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 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


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