02.名付けて魔物を進化させる
わたし、キリエは天導教会に仕える聖女。
同僚の聖女ハスレアと、彼女に誘惑された王太子モーモック様のせいで、国外へと追放される。
そして彼らの策略にハマり、わたしは獣うろつく大きな森へ置き去りにされた。
そこで出会った熊の親子に、食料を分けたところ、なんと魔物であることが判明したのだった。
『はぁ~……びっくりした。まさか、あたいら魔物の言葉がわかる人間がいるなんてねえ』
母熊さんがわたしをしげしげと眺める。
子熊さんはわたしに抱っこされながら、干し肉をおいしそうにほおばっていた。
しかしこの子……とってもラブリーね。
『らぶりー? なぁにそれ』
……どうやらわたしの思ったことが、ストレートに、魔物に届いてしまうらしい。
テレパシーってやつだろうか。
そのままというのは、まあ、普通に恥ずかしいものである。
だって、この小熊……とっても、かわいらしいんだもの!
『かわいい? おいら、かわいい?』
はい、とっても!
『そっかー! えへへ~! お姉ちゃんもとってもかわいいぜ!』
ま、おませな小熊ですこと。
ふふふ、もふもふでかわいらしくて、最高だわ。
『……しかし、いまだに信じられないよ。あたいら、赤熊を怖がらない人間がいるだなんて』
赤熊それが、あなたの名前なの?
『え、いや、違う違う。あたいらの種としての名前だよ』
そうなのね。
でも知りたかったのは、あなたと、そしてこの子の名前よ。
『……名前なんてないさ』
そうなの?
『ああ。位の低い魔物は、個体の名前を持たないのさ。強い魔物は別だけど』
それは、なんとも。呼ぶときに不便じゃない?
あ、そうだ。
わたしが名前を付けてあげましょうか?
『いいのかい?』
ええ。だって名前があったほうが呼びやすいでしょう?
それじゃあ……この子は、くま吉ちゃん!
『くま吉! おいらの名前? わーい! 【名持ち】になったー!』
名持ち?
よくわからないけど、名前を付けただけで、喜んでくれるなんて、こっちもうれしくなっちゃうわ。
そうね、お母さんは……くま子さんはどう?
『あはは! ありがとう。お嬢ちゃんは?』
わたしの名前?
キリエよ。
『キリエ……たしか人間は下の名前があるんじゃなかったかい?』
名字のことか。
それなら、キリエ・イノリ。
『イノリ……? あんた、イノリっていうのかい?』
ええ、イノリは家名よ?
それがどうしたの?
『……あのお方もたしかイノリって……いや、でも。偶然かね』
あのお方?
だれかしら……と思っていたそのときだ。
『お、お母ちゃん!』
目の前に、とんでもない大きさの、赤い体毛の熊が現れたのだ。
え、ま、また熊……?
もしかして、くま子さんの、旦那さんとか?
『何言ってんだよ姉ちゃん! おいらだよ! くま吉だよ!!!』
……はい?
くま吉くん?
いや、でもくま吉くんは、かわいらしい、くまのぬいぐるみみたいなフォルムだったのに……。
どう見ても今は、大人のくまだ。
『うっほほーい! 母ちゃんすげえよ! おいらでっかくなっちゃった!』
魔物ってこんな速度で成長するものなの……?
一方で、くま子さんが愕然とした表情で、息子さんを見ている。
『し、信じられない! 存在進化だ! 【名持ちの魔物】に進化した!!!!!』
存在進化?
名持ちの魔物……?
『やっぱりだ……あんたは、あのお方の子孫!』
なんなんだろう、あのお方って……?
と思ってると、くま子さんももりもりと体が大きくなっていく。
両手に固そうな、手甲? がはめられた、赤い毛を持つ大きなクマになった。
これが……進化?
なんて……。
なんて……。
『か、かあちゃんどうしたんだろう? キリエ姉ちゃん、震えてる?』
『あたいらが大きくなっちまって、こわくなったんだろう』
『そんな……おいら、小さいほうがよかった! 姉ちゃんに怖がられるのいやだな……』
なんて、素敵なモフモフなの!
『『え?』』
わたしはくま吉くんに抱き着いて、おなかにモフモフする。
ああ、なんていいモフモフなのだろう。
こんなにいい毛皮、そうそうお目にかかれるものじゃあない!
『な、なんか知らないけど、姉ちゃん怖がってないみたい?』
『そ、そうさね。どうやら毛皮が好きみたいだ』
ああ、素晴らしいもふもふ。
ずっとこうして抱き着いて、もふもふしていたい……。
『変わった子だね、あんた。モンスターを怖がらず、慈悲をかけるなんて』
そうかしら。
まあ、確かに言葉の通じない獣ならともかく、くま子さんもくま吉さんも、こうして話すことができるんだし。
話が通じる相手なら、こわがる必要なんてないでしょう?
『ふふ、変わったお方だね……聖魔王さまは』
……はい?
せい、まおう?
なにそれ?
『おっと。キリエ様』
様なんていらないわ。
呼び捨てにして。
『じゃあ、キリエ。あんたに会わせたいひとがいる』
わたしに、会わせたい?
『あたいらの住む、森の長に、だよ』