- あらすじ
- 【実語教(平安時代末期成立)】と【童子教(鎌倉時代中期成立)】は、鎌倉時代から明治時代まで使用された日本古来・日本独自の初等教育の為の教訓書である。
此れらの書には、『日本人としての在り方』『人としての在り方』が書かれている。
【実語教】
・『智』を得る為に勉学に励む事
・『五常(『仁』『義』『礼』『智』『信』)』を大切にする事
・『富』は有限、『智』は無限
・『慈悲』『才能』『智慧』は永遠である
・学問は、繰り返し続ける事
・幼い頃に学問を怠れば、歳を取ってから必ず後悔する
・『善』を行い、『悪』を懲らしめる事
・『悪』に『善』は伝わらない
・たとえ教育しても、分からない人間には一生分からない
・素晴らしい師との出会いを大切にしなければならない
・人を敬う事
・『三学』『四等』『八正』
・幾ら学んでも、『命』が無ければ何の意味も無い
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【童子教】
・尊い人、尊いものに対して敬意を表さなければならない
・秩序には『礼儀』があり、政府には『法律』がある
・『礼儀』の無い人は、必ず過ちを犯す
・口は禍の門、舌は禍の根
・一度言った言葉は取り消せない
・『禍福』は、自分が招いている
・『善行』には『幸運』が、『悪行』には『災禍』が齎される
・『因果応報』
・『陰徳陽報』
・『陰行照名』
・『国に入っては国を問え』
・『郷に入っては郷に従え』
・『境に入っては禁を問え』
・『俗に入っては俗に従え』
・『門に入っては緯を問え』
・生まれながらにして尊い人はいない
・悪しき人との関係を断ち、善き人の傍にいなさい
・周りの環境によって、善人にも悪人にもなる
・悪しき弟子を養えば、師弟諸共地獄に堕ちる
・師の『訓え』に従わないのであれば、早々に父母のもとへ返すべきである
・学ぶ気が無いのであれば、教えても無駄である
・前の『過ち』を後の『戒め』とする事
・この世は『無常』である
・親孝行する事
・日々『精進』する事
・『欲』を捨てる事
・『危機意識』を持ち続ける事
・『慈悲の心』を持つ事
・教育は大切である
『日本の教育』は儒教や仏教の影響を強く受けているが、其れだけではない。
時代ごとに先人達が育み、受け継いできた【日本の精神】も含まれている。 - Nコード
- N9586LV
- 作者名
- 野口 ゆき
- キーワード
- R15 残酷な描写あり 平安時代~ 教育 実語教 童子教 小栗忠順
- ジャンル
- 歴史〔文芸〕
- 掲載日
- 2026年 03月05日 00時00分
- 最終掲載日
- 2026年 03月05日 00時02分
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二度目の襲来の際に//
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漢(前漢 紀元前206年~8年/後漢 25年~220年)
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劉//
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