- あらすじ
- 【闘戦経】は、平安時代(794年~1185年)末期に大江匡房(1041年~1111年)が著したと言われている。
現存53章から成り、『武士道』の基本となるもので、【孫子】とは一線を画す日本独自かつ日本最古の兵法書である。
此の書には、『日本人とは何か』『日本人としての在り方』が書かれている。
【闘戦経】
・日本の『武』は天地開闢の頃からあり、
『武』は禍患を防ぎ、戦いを止める為にある
・『武』には、『心』『気』『力』『知』『慮』
が必要である
・『武』を自分の骨と化すまで識らなければ
ならない
・『武』と『文』に優劣はなく、どちらも
重要である
・戦いは、悪意ある者たちに勝つことを第一とする
・戦いとは謀略を用いて戦うことではなく、
正々堂々と鋭気を以て戦うことである
・謀士は何れ滅び消える
・人にはそれぞれ『分』と『役割』があり、
それぞれ生まれ持った能力を伸ばし
生かす事が大切である
・努力を重ね、真っ直ぐ、順応して生きていく事
・平常心を保つ事
・覚悟をもって生きる事
・根本を強化する事
・死生について考えるのではなく、
『如何に生き、如何に死ぬか』を考えるべきである
・権威ある主君が国を豊かに強くする
・無いものを生み、相手に脅威を与えるものを備え
防備を堅固にしておけば、いざ戦う時になっても
敗けることはない
・『性善説』だけでなく、『性悪説』も
取り入れなければならない
・量で補うのではなく、質を高めるべきである
・秩序を保つ為に取捨選択をする事
・『小』が『大』に敗けるとは限らない
・『内』と『外』を強くする事
・味方の中に敵を入れてはならない
・先ず目の前の敵を倒し、
次に外の敵を倒すべきである
・大敵を倒す為の切り札と奥の手を持つ事
・隙を見せてはならない
・剛毅であれば、滅びることなどない
・今、『為すべきこと』を『為すべき』である
・堅守強攻
・ただ、戦うのみ
たとえ相手が卑怯な手段を用いようとも、日本だけは決してやってはならない。
疚しいことがあれば、言葉と行動に必ず表れる。
敵味方、どちらの立場であっても、嘘偽りや卑怯なことをしてはならないし、不正を働いてもならない。
其の事実は禍根として残り、必ず弱点や隙となる。
日本は何があっても、正々堂々と戦わなくてはならない。
其れが、『日本の戦い方』である。 - Nコード
- N2790LO
- 作者名
- 野口 ゆき
- キーワード
- R15 残酷な描写あり 平安時代 大江匡房 闘戦経 孫子 兵法
- ジャンル
- 歴史〔文芸〕
- 掲載日
- 2026年 01月07日 00時00分
- 最終掲載日
- 2026年 01月07日 00時05分
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