彼なりの天国
この世には天国と地獄という場所があるらしい。噂によると天国はとにかく素晴らしい所で、反対に地獄はとにかく最悪なところらしい。
「僕、天国を探しに行こうと思うんだ」
僕は外でたむろする仲間に告げた。だがそれを聞いた仲間は大笑い。腹を抱えて涙を流す。
「バカなのかお前!! そんなもの本当にあるとでも思ってるのか!?」
「僕と同じように天国を探しに行った奴らもいるじゃないか!!」
仲間はさらに笑う。
「バカなこと考えてないで気楽にやろうぜ? ようやく空も飛べるようになったんだ」
「大体、天国を探しに行って帰ってきた奴なんかいやしねぇじゃんか!」
僕はムスッとして仲間のもとを離れた。
「帰ってこないということは、天国がそれだけ素晴らしいところだという証じゃないか!!」
独り言が虚しく響いていたが、僕にはそんなこと関係はない。天国を見つけて仲間を見返してやるんだ。探しに行った他の奴らと違って僕は戻ってくる。そして仲間を天国に連れて行ってやるんだ。そうでもしないと仲間は信じてくれないだろう。
「あの、すいません……… 天国について何か知っていますか?」
天国探しに出かけてからというもの、その言葉が僕の口癖となってしまった。とにかく片っ端から聞いて回った。白い目で見られることもあればバカにされたこともあった。それでも多くの情報を手に入れ、中には信じてもよさそうな情報もあった。
『天国は白い世界で温かい光に包まれている』
いつ寝れるのだろうか? それとも寝なくてもいい世界なのかもしれない。
『天国には天使というものが住んでおり、頭に輪っかをつけている』
輪っかは流行りものなのか? 天国自身にも輪っかはついているのだろうか?
『天国の主が現れるとき辺りは暗くなり、中央に光る主が現れる』
この時に寝るのだろうか? だが、主に失礼じゃ……
『天国の入り口はとても狭いうえに見つけにくく、誰でも入れるわけではない』
痩せててよかった。
『そして天国は地上にはない』
空を飛べる種族でよかった。
「うーん…」
この四つの情報は僕が疑問に思っている情報だ。僕の想像力では想像できない。だが、想像できる情報もある。不老不死だとか争いがないとか、心地よい音が響きおいしい食べ物も食べ放題とか… とにかく僕はそんな素晴らしい天国に行ってみたい。
「あれも違う……… これも違う…………」
ろくに休むことも無く僕は探し続けた。ときには空高く飛び上がり体が動けなくなるまで探したこともあった。だが空振りの連続だった。どこへ行こうと結果は同じ、天国とはほど遠い所ばかりであった。さすがに体が悲鳴をあげる。
「すこし休むか……」
休んでいる間、僕はあることに気が付いた。僕の心の大地に小さな芽がひょこっと頭を出した。その芽の名前は『仲間のところへ帰ろう』。少しずつではあるが成長して大きくなっている。だが僕はその芽に水も光も与えなかった。僕は『天国を見つける』という別の芽を育てていたからだ。『仲間のところへ帰ろう』を花咲かせるわけにはいかない。
ポイッ!
僕は『仲間のところへ帰ろう』の芽を引っこ抜き、遠くのほうへと投げた。そうでもしなければ『天国を見つける』の栄養を奪ってしまうからだ。僕は何とか花を咲かせるため、また必死になって天国を探した。長い… 長い時が過ぎていった。
「も、もう… 動けない…」
僕は寝そべり空を見上げる。僕の心と体は限界に近づいていた。そして僕はまたしてもあることに気が付いた。僕の心の大地に芽を出した『天国を見つける』。だが今はとても見てはいられない。あんなに凛としていた姿が今では悲しく痩せ細ってしまっている。そして僕は見つけてしまった。『仲間のところへ帰ろう』の芽を。
ニョキ… ニョキ…
みるみるうちに大きくなっていく。引っこ抜いて捨てたはずのその芽は、腐ることなく成長を続けていたのだ。僕の心の大地に風が吹いた。『天国を見つける』はもう無理だと首を振るように風に揺られた。一方、『仲間のところへ帰ろう』はこっちにおいでと手招きするかのように風に揺られた。だが僕にはどちらも魅力的ではなかった。というよりは何かをするという気力がなかった。
「もう何もする気にはなれないよ……」
僕はゆっくりと全身の力を抜き始めた。そして静かに目を閉じていく…… その時だった。ただでさえ明るかった世界がさらに明るくなった。僕の目はいつのまにか大きく開いていた。その目に映ったのは白い光を放つ巨大な楕円の物体。その物体は空高くにあり、その姿はまさしく天の国、天国だった。
「あっ…… あっ…」
全身に力がみなぎっていくのがわかった。次の瞬間、僕は空高くへと駆け上がっていた。探し求めていた天国が目の前にある、僕はこの嬉しさをどう表現していいのかわからなかった。どんどんと近づく天国。どんどんと加速する僕。そして僕はモヤモヤと白く光る天国にそのまま突っ込んだ。
ガンッ!!
「のわっ!!」
僕は天国にぶつかった。何度も何度も繰り返し天国に入ろうとしたが、僕はその分だけ弾き飛ばされた。そして思い出した。
『天国の入り口はとても狭いうえに見つけにくく、誰でも入れるわけではない』
やみくもに入ろうとしても無駄、天国に入るには入り口を探すしかない。だが僕は体がいつまで持つか不安だった。今は気力で動いているに過ぎない、体はすでに限界にきている。
「どこだ!! ここか? 違う!! あっちか!?」
丸みをおびた天国の光る壁、それに沿って飛び続けた。どれくらいの時間が過ぎたろうか? とっくに僕の体は限界を過ぎて終わりを迎えようとしていた。
「み… みつけた…」
ついに僕は天国の入り口を見つけた。偶然の事だった。壁に沿っているうちにある突起物が目に映った。見つけた時点では遠くて何かはわからなかったが近づいてみて驚いた。それは僕と同じ種族の者だった。そして彼が倒れているその場所こそが入り口だった。
「………………」
僕と同じように天国を探してここまで来たのだろう。しかし残念なことに入り口を見つけたところで絶命してしまったのだろう。僕も彼のようになっていたかもしれない。そして彼の気持ちも痛いほどにわかる。
「ヨイショ……」
僕は彼を担いだ。せめて天国の中で静かに眠ってもらいたい。僕は彼と共に天国の入り口へ近づいた。想像とは違い入り口はただの壁と壁の隙間、入り口と呼ぶには無理がある。それでも僕と彼にとっては命をかけて探し続けた入り口だ。ゆっくりと天国へと入っていく。
「こ、ここが天国……」
情報の通り、天国は白い世界で包まれていた。そして天国の内部は外の世界とはまるで逆だった。外の世界は平らな大地が続き空は丸くなっていた、だが天国の大地は中央に丸く窪み、真っ直ぐな空が広がっていた。そんなことを考えているうちに僕の体から力が抜けていく。
「あ……」
僕と彼は窪んだ地面に沿ってゆっくりと滑り落ちていった。もはや飛ぶための力なんて残っていない。逆らうことはせずに僕は力を抜く。ある程度まで滑り落ちると僕の体は静かに止まった。ぼんやりとした僕の目に、あるものが映った。それは平らな空に浮かぶ巨大な輪っかだった。その輪っかから出る光によって天国は照らされていた。僕の予想は当たった。
「なんてすごい所なんだ……」
疲れからきたのか、それとも天国にいるからなのか、僕の意識は薄れてきていた。そして薄れていけばいくほど心地よい感覚になっていく。なんとなく幸せな気分になってきた。
「ここでゆっくり休み、それから仲間を……」
仲間? こんなに苦労して見つけた天国を仲間に教える? 連れてくる? 僕が死にそうな時だって、どうせアイツらはバカみたいにたむろっていたに違いない。 そんな奴らに天国を教える義理なんてないか…
「まぁいい、今は目を閉じてゆっくり休もう……」
薄れゆく意識の中、天国の外から声がした。何か言っているが僕とは違う種族のようだ。そのため言葉の意味がわからない。たぶん、文句でもいいながら入り口を探しているのだろう。それにしても大きな声だ。
『どうしてこのタイプの蛍光灯の傘には小さな虫が迷い込むのだろう』
音だけ真似して呟いたところで意味なんてわかるわけもない…… さぁ、てんごくで…… ゆっくりと……… やすもう…………