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「天国・地獄・大地獄」-序章-
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
二人はほぼ同時に男から離れ、奥のドアへと歩き出す。
「開けてくれる?」
「もちろんです」
高遠アキハが歩く速度を緩めると、一直線にドアに向かっていった山吹サチがドアノブに手をかけた。
それを見た男が、急にうめき声を上げる。
「だめだ、開けちゃ。そっちには、いるんだ!」
おいおい、まさか本当に怪物がいるんじゃないだろうな。
開けない方がいいんじゃないのか、そのドアは!
抗議の声を上げる間もなく、山吹サチはドアノブを捻り、慎重にドアを手前に引いた。
「あっ」
山吹サチが短い声を出したその瞬間、ドアは一気にこちらへ開き、向こうから土砂のようなものがオフィスになだれ込んできた。
ドアに弾かれた山吹サチはバランスを崩したが、かろうじて転ばずにいる。
土砂かと思われたものは、よくよく見ると粒が細かく、水気を含んだ灰色の泥のようなものだった。
これはセメントか?工事現場なんかで、タンクローリーから吐き出されているやつだ。
「います!二人」
山吹サチが指を差し示したあたりにはふたつの盛り上がりがあり、そこだけセメントが避けて流れている。
確かに、人くらいの大きさがある。
目を凝らして見ると、盛り上がりの端から人毛のようなものが見えた。
俺は胃から込み上げるようなものを感じた。
目、鼻、口と、次第に顔があらわになってきた。
目は見開いており、口からはゆっくりとセメントが流れ出る。
どう見ても死んでいる。成人男性の死体が、ふたつ。
「これって、セメントの罠?」
高遠アキハがかがみ込み、デスクから持ち出したのかペンの先でセメントをいじりながら、独りごちている。
山吹サチもそうだが、死体を前にしてあまり動じていない。
その時、オフィスの天井の一部分が外れて落ち、そこから勢いよくセメントが流れ落ちてきた。
ぎょっとする間もなく、部屋の反対側の天井も同じように抜け落ちてセメントが流入してくる。
セメントの罠?これも罠なのか?
「この二人は死んでるのに、まだ発動するってことは、この罠は二人のものじゃない。つまり」
高遠アキハは立ち上がりながらゆっくりとかぶりを振った。視線の先には、膝を抱える男。
いや、もう抱えていない。
立ち上がり、俺の方に向かって――。
「ぐっ」
男が両手で俺の首元につかみかかってきた。
親指が首に食い込む。たまらず後ろに倒れ込んだ俺に、男が首を絞めたまま覆いかぶさってくる。
「お前ら刑事なんだろ。あいつらも、絶対そうだ!
俺のことずっと嗅ぎ回ってよ。
だから、あそこに閉じ込めてやったんだ!」
こいつ、目が血走って完全にブッ飛んでいる。息ができない。マジか、目がかすんでくる……。
ぼやけ始めた視界に映る狂気の男の顔に、何か灰色のものが、とんでもない勢いで激突したのが見えた。
男の手が首から離れ、俺はむせ込んだ。酸素が一気に全身を駆け巡る。
俺の目の前で、男が顔を押さえながらもんどり打っている。
俺の真横には山吹サチが左足一本で立っており、右足は膝を前に突き出すように「くの字」に曲げたまま静止していた。
山吹サチがゆっくりと右足を下ろす。男の顔に激突したのは、この膝だったらしい。
「つまり、殺したんですね、あの二人を」
山吹サチが静かに言った。男を見下ろす両の目は、切れ目だった目がさらにシャープになり、カミソリのように鋭くなっていた。
男は鼻から尋常ではない量の鼻血を出しながら、ひいっと後ずさった。
「だって、仕方ないだろ!あのクソヤローをうっかり殺しちまっただけで、なんで俺が罪に問われんだよ!」
こいつ、何の話をしてるんだ?
あの死んでる二人や俺たちが刑事だって?
あの二人も俺たちと同じように、ここに閉じ込められた被害者なんじゃないのか?
俺はじんじんと熱を帯びる首をさすりながら立ち上がり、山吹サチに小さく礼を言った。
山吹サチは男から目線を外さない。
「記憶が戻って混乱されてますね。おいたわしい」
10 へつづく
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