05
「天国・地獄・大地獄」-序章-
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
背後で、通り抜けてきた扉が自然に閉まる音がした。
振り返ると、扉には「409」と部屋番号が銘打ってある。そしてこっちの扉のガラス部は、覗けない。室内の高精細な静止画が貼り付けてある。
なるほど。実際に入れる個室と、別の場所に繋がるポータルとで区別されているわけだな。
貼り付けられた静止画から目を離そうとしたそのとき、ふたたび頭痛に襲われた。
「409」の部屋。
室内で誰かがマイクを持って歌っている。女性だ。ガラス越しにこちらに気づいて、笑顔を向ける。
誰だっけ。知っている顔だ。「409」は俺たちの行きつけの――。
「お兄さん?」
声の方を向くと、心配そうに山吹サチが覗き込んでいる。
「何か、思い出したんですか」
「うん、まあ少し」
ガラス部に視線を戻すが、女性の姿はない。
「ここに、来たことがある気がして」
「記憶がフラッシュバックすると、ひどい頭痛がしますよね。私もそうでした」
山吹サチが、俺の背中にそっと手をあてた。服越しにぬくもりを感じる。
「座って休みながら、頭を整理しませんか」
さっき俺が覗き込んだ目の前の個室のドアを開け、山吹サチは俺と高遠アキハを招き入れた。
それに従って個室に入る俺の背後から、高遠アキハがぶっきらぼうに言い放つ。
「こんなとこで休んでて平気?水が迫ってんのに」
「しばらくは大丈夫だと思います。むやみに動くより、落ち着いて情報を整理した方が、お互いのためにいいと思いますよ」
非の打ち所がない論理を、ていねいに角が立たないよう説明する山吹サチに負けを認めたのか、高遠アキハは「ふん」と鼻を鳴らして個室に入ってきた。
扉の正面壁側に山吹サチ、右手奥壁側に俺が座る。
扉付近のソファを高遠アキハのために空けてやるが、高遠アキハはそれを無視して扉によりかかったまま座ろうとしない。かわいくないやつ。
「その、水のことをさっき『罠』って言ってたけど、それって」
俺はまっ先に頭に浮かんだ疑問を、ストレートに山吹サチにぶつけた。
山吹サチの『罠』発言の揚げ足を取るように聞こえたかも知れないが、彼女は眉のひとつも動かさず、柔和な表情を変えなかった。
「そのことを説明する前に、まずは私の目覚めから話します」
山吹サチが〈謎の施設〉で目覚めたエピソードは、俺のそれと根本的に同じだった。
目が覚めると記憶がまったくない。
部屋の出口――高遠アキハ風に言えばポータルだ――は、なんの脈絡もなく別の部屋へと繋がっている。
そして少しずつ記憶が甦っていき、それぞれの部屋は過去に訪れたことのある施設を模していることが判ってくる、といったところだ。
話の中で唯一、違和感を覚えたのは、山吹サチが自分の部屋を『寝床』と表現したことだが、些細なことだった。
「私が『罠』に気づいたのは、三番目の部屋にいたときでした」
突然、『罠』についての言及が始まった。それは聞くだけで鳥肌が立つ話だった。
「その部屋は、よくある会議室のような場所でした。私は情報を得ようとして、置かれていた事務机の引き出しを開けようと、取っ手に手をかけました。そこで違和感を覚えたんです」
「どんな?」
「手触りが、あまりにも鋭かったんです」
それだけを聞くと、いまひとつピンとこないが、山吹サチは説明を続けた。
「取っ手の部分をよく観察すると、理由が判りました。
その取っ手のへりは、鋭利なカミソリのように研がれていたんです」
想像を巡らせると、背筋が粟立った。
「それ、そのまま引っ張ってたら」
「はい。勢い余ったら、指を落としていたかも知れません。
それどころか、よく見れば様々なものが刃物のようになっていました。机の上の筆記具、椅子の背もたれ、テーブルのへり。
どれもうかつに触ろうものなら、流血は避けられなかったでしょう」
あらゆる物が刃物になっている部屋――。
喉がカラカラだった。うまく唾を飲み込めない。
06 へつづく
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