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「天国・地獄・大地獄」-序章-  作者: 瀬良浩介


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04

「天国・地獄・大地獄」-序章-

ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!

「いやそこ、トイレじゃなくて、俺の部屋なんだ」


 その言葉に、高遠(たかとお)アキハは大袈裟(おおげさ)(おどろ)いた表情を作って俺を見つめた。


「え、あんたトイレに住んでたの?」


 ――真っ向から人を(いら)つかせてくる女だ。


 怒りと弁明(べんめい)がない混ぜになって言葉がつっかえているうちに、山吹(やまぶき)サチが助け舟を出した。


「そうじゃないですよね。そこの扉、あなたの部屋に(つな)がっていたんですね」


「そうそう、そうなんです」


 山吹サチの優しさにつられて敬語が出る。


「アキハさん、扉の先が別の場所に繋がってるの、知ってるんですから。からかっちゃだめです」


「はあい」


 高遠アキハが口を(とが)らせている。いいぞ山吹さん、もっと言ってやれ。


「でも、すごい水の勢いですね。扉の向こう、どうなってるんですか」


 ごぽごぽと音を立てて(あふ)れる水を見て、少し恐怖を覚えたような声色の山吹サチに、俺は判ることだけを必死に説明した。

 と言っても、止まらないシャワーと、()まっている排水口のことくらいだが。

 それを聞いた山吹サチは、シャープな(あご)に指を当てて表情に影を作った。


「そうですか、水が。(わな)っぽいですね」


「え、罠?」


 聞き間違いかと思ったが、確かに『罠』と言った。


「ぽいけどさ、あんたそこで目が覚めたんでしょ」


 高遠アキハが、ちらと俺を見る。俺は無言でうなずいた。


「何かヒントがあると思うけどね。記憶の」


 お。はじめて、高遠アキハが俺のことを(おもんばか)っている(ふし)を見せた。

 本当はいいやつかも知れない。


「それでも水は危険です。目覚めの部屋の出口はひとつ。

 ということは水の逃げ場はその扉だけ。万が一、閉じ込められたら」


 山吹サチは言葉の最後を切った。むしろ言わない方が、想像力を()き立てるというものだ。


「ま、()れたくはないしね」


 高遠アキハは扉から距離を取るように後退している。


「お兄さんには申し訳ないですが、今は水から避難しましょう。防水対策が見つかったら、戻ってくることにして」


 山吹サチに「お兄さん」と呼ばれたことに無駄に胸を高鳴らせながら、うなずいた。


「俺はかまわないです」


「じゃあ、私たちが入ってきた扉から出ましょう。この部屋の出口は二つだけのようです」


 (きびす)を返して、山吹サチは厨房(ちゅうぼう)の奥に進む。それに続いて俺も厨房へと入る。


「ツーポね、ツーポ」


 俺の前を歩きながら、高遠アキハがつぶやいている。


「ツーポ?」


 聞き慣れない言葉を思わずオウム返しすると、高遠アキハがにやりとしながら、顔を半分だけこちらに向けて言った。


「ツー・ポータル。出口が二つってこと。あんたの部屋はワンポね」


 厨房の奥では、そのポータルのひとつを山吹サチがまさに開けようとしている。

 店舗の裏口だ。ぼんやりとした記憶の中では、雑居(ざっきょ)ビル同士の隙間(すきま)に出られるはずだった。


「そのポータルが、三つ以上の部屋もあんのか?」


 俺の質問に、高遠アキハは振り返らず答える。


「あったよ。スリポもフォーポも。最大いくつまであんのかねえ」


 ずいぶんと思わせぶりな言い方だ。

 こっちのことを気にかけている様子を見せたかと思えば、今度は突き放す。

 こいつ、一体どこまで知ってるんだ。


 続いて質問をする間もなく、開けた扉を押さえている山吹サチのところにたどり着いた。

 扉の先を(のぞ)くと、当たり前のように薄暗い廊下(ろうか)のような場所が見える。店の外じゃないよな。


「なんだここは、カラオケか?」


 扉をくぐり抜けた俺は、驚くのも無駄のような気がして言葉が棒読みになる。


 見たまんま、カラオケ店内の通路である。

 人と人がかろうじてすれ違える幅の通路、両側に並ぶ個室の扉。そして通路は十メートルほど先で右に折れ曲がっていて、その奥は見えない。


 ひとつの扉の中をガラス部から覗くと、四、五人が入れるサイズの個室らしい。これは静止画ではなくちゃんと覗けるので、中に入れるようだ。

 もちろん誰もいないが、カラオケモニターだけは不気味に光っている。

05 へつづく


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