03
「天国・地獄・大地獄」-序章-
ただいま毎日〈月〜金のみ〉鋭意連載中!!
俺はスツールを床に置いて、二人に向き直った。
高身長はスラリとした立ち居振る舞いで、厨房と客席の境界あたりで立ち止まる。
髪は肩にかかるかどうかのミディアムボブの黒髪。
俺と同じく二十代後半といったとこか。
切れ目が冷たい印象を抱かせるが美人の類だ。ノーメイクのようだが、素が出来上がっている。
しかしファッションセンスがそれを台無しにしていた。
赤茶色、いや、くすんだえんじ色一色の長袖トレーナーに、グレーのスウェットパンツ。
完全に寝起きコーデってやつだ。
足元はよく見えないが、これでサンダルを履いていたら完璧だな。
片や低身長は、無造作に伸ばしたままの黒髪は腰のあたりまできており、前髪も目にかかっていて表情を暗くしている。
時折見える瞳はギョロリと大きく、ばちっと視線が合ってしまったら思わずそらしたくなりそうだ。
前髪の合間から、目元から頬骨にかけて点在するそばかすが見え、それと低身長が相まって十代のように見える。
いや実際に未成年かも知れない。
こちらのファッションはというと、全身黒を基調としており、袖やスカートに控えめながらもフリルがついている。
いわゆる地雷ファッションの端くれなのか。
似合っているのかと聞かれたら困るが、それが低身長の個性を醸しているとも言えた。
しかしそんなフリルよりも目がいくのは、左の前腕に幾重にも巻かれた包帯だ。
隠したい傷でもあるのだろうか?
ならどうしてわざわざ半袖を着る?
そんな薄気味の悪さが、人を寄せ付けないオーラとして揺らめいて見えた。
「あんた方も、目が覚めたらここにいた、って感じ?」
俺は警戒感を隠そうともせず、その場から声を放った。
さっきは人に出会えた安心から気が抜けたが、こいつらが俺をハメようとしている連中の可能性だってあるんだ。
高身長がうなずいて答えた。
「はい。目が覚めたとき、すべての記憶を失っていました。あなたは、ご自分の名前を?」
もちろん名前は覚えていない。
俺は瞬間、しらばっくれて偽名をでっち上げてみようかと悩んだ。しかし。
「覚えてないんだ。名前も、何も」
「私も、そうでした」
まあ偽名を名乗ったところで、こいつらが俺をハメた首謀者なら無意味だしな。
ん、今「でした」と言ったのか?
高身長は俺の眉が動いたのを見て感じ取ったのか、少し口元をゆるめて続けた。
「しばらくしたら、名前、思い出したんです。
私は山吹サチ。そしてこちらは」
「自分で言う」
高身長もとい、山吹サチが低身長を指し示すと、並んだ食器をいじっていた低身長は不機嫌そうに俺を見た。
前髪の間からぎょろ目が光る。
「高遠アキハ」
まるで果たし合いの前に名前を宣言されたような威圧感がある。しかし、高遠アキハはすぐに咳払いをし、また視線をそらしてしまった。
あれは絶対、力みすぎて自分でも恥ずかしくなったに違いない。
「そうか、二人とも思い出せたのか。俺も早く思い出したいよ」
「そのうち。色々なことを思い出していく中で、きっとあなたも思い出せますよ」
「だといいんだけど」
「肝心のここに居る理由は、まだ誰も思い出せてないけどね」
高遠アキハは、言葉にスパイスを混ぜたがるようだ。
しかし、物腰やわらかな山吹サチの方の声を聞いていると、警戒心がほぐれていくのがわかる。
「そういやさっき、外には出られないって言ってたけど」
俺の質問に食い気味に、高遠アキハが「げっ」と声を上げた。
「やば、トイレから水漏れ出してんじゃん」
高遠アキハの視線の先には、俺の部屋に通じる扉、こちらから見たらトイレの扉がある。
カウンター脇を移動して回り込むと、確かにドアから水が溢れ出していた。
あの様子だと、俺の部屋側は相当に水が溜まっているに違いない。
04 へつづく
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