ごめんなさい、お姉様。そして、ありがとう
私はずっと、お姉様の背中を見て生きてきた。
ヴァイスフェルト侯爵家の次女ソフィア。それが私の名前で、私のすべてだった。
生まれつき体が弱く、季節の変わり目には必ず寝込み、ひどいときには一ヶ月もベッドから出られないこともあった。
窓の外に広がる世界は、私にとっては絵本の中の風景と同じだった。見ることはできても、触れることはできない。
私には、普通がよくわからなかった。
普通の女の子がどう過ごすのか。普通の姉妹がどんな関係なのか。普通の次女がどう生きるのか。
ベッドの上の世界には、それを教えてくれるものが何もなかった。
お姉様は、よく私に外の世界について語ってくれる。
社交界の話、庭で見かけた花の話、新しい仕立てのドレスの話など。
お姉様が枕元に座って語ってくれるたびに、私の世界は少しだけ広がった。
お姉様が摘んできてくれる花の香りが、私が外の世界に直接触れることができる唯一の機会であった。
「ソフィア、今日は庭のバラが咲いたのよ。あなたの好きな白いやつ」
「ありがとう、お姉様」
私は、笑って花を受け取る。それだけで幸せだった。お姉様がいれば、この狭い部屋も悪くないと思えた。
それが普通なのだと、私は信じていた。姉が妹を想い、妹が姉に感謝する。
それが姉妹の普通の形なのだと。あのお茶会に行くまでは。
春の終わりのことだった。珍しく体調の良い日が続いて、私は久しぶりに屋敷の外に出ることができた。
貴族家の次女たちが集まるお茶会に招かれたのは、お母様の計らいだった。
「あなたと同じ立場のお嬢様たちよ。きっと気が合うわ」
お母様は、そう言って微笑んだ。
同じ立場。次女。その言葉に、私の胸は弾んだ。
私と同じように、姉の背中を見て育った子たちがいる。その子たちにとっての「普通」は、きっと私と同じはずだ。
どんな話をするのだろう。どんな悩みを持っているのだろう。
馬車に揺られながら、私は指先が震えるほど緊張していた。同年代の女の子たちと話す機会など、ほとんどなかったから。
嫌われたらどうしよう。話についていけなかったらどうしよう。私の普通が普通ではなかったらどうしよう。
そんな不安ばかりが胸の中でぐるぐると回っていた。
会場はフェルトハイム伯爵家の庭園だった。白い東屋に、色とりどりのドレスを着た少女たちが集まっていた。
八人、九人……いや、もっといたかもしれない。私は圧倒されながら、案内された席についた。
「あなたがヴァイスフェルト家の次女さん? 初めまして。体が弱いと聞いていたけれど、来られてよかったわ」
声をかけてくれたのは、隣に座った赤毛の少女だった。快活な笑顔で、私の緊張を見透かしたように「大丈夫よ、ここは気楽な場所だから」と言ってくれた。
最初は穏やかな会話だった。好きなお菓子の話、季節の花の話。
けれど、お茶が二杯目に入った頃から、話題が変わり始めた。
「ねえ、聞いて。私、お姉様の婚約者をいただいたの」
最初に切り出したのは、向かいに座った金髪の少女だった。得意げな声に、周囲から「まあ」と感嘆の声が上がった。
私は、言った。
「本当? どうやって?」
「簡単よ。私が体が弱いことをお父様に訴えて、せめて良い縁談だけでもと泣いてみせたの。お父様はお姉様に婚約解消させて、そのままその方を私に回してくださったわ」
少女たちの笑い声が広がった。
「私もよ。お姉様の侍女を全員こちらに移させたの。だって、病弱な私の方が世話が必要なのは当然でしょう?」
「私なんて、お姉様のお部屋をいただいたわ。日当たりが良い方が体に良いって言ったら、お母様がすぐに」
次から次へと、少女たちが語り始めた。
姉から何を手に入れたか。どうやって手に入れたか。まるで戦果を報告し合うように、目を輝かせて。
誰一人として、それを悪いことだとは思っていなかった。ここではそれが「普通」だった。私の普通は普通ではなかった……。
私は、黙って聞いていた。最初は驚いた。次に困惑した。
私が知っている普通とは違う。
お姉様に感謝して、与えられるものを大切にして、静かに生きる。それが次女の普通だと、私はずっと思っていた。
でも、それは私が一人で勝手に作り上げた「普通」だったのかもしれない。
目の前にいるのは、私と同じ次女たちだ。私よりずっと多くの次女たちを知っている子たちだ。私より外の世界について知っているはずだ。
その全員が「姉のものをもらうのが当然」だと口を揃えている。
ベッドの上で一人きりで想像していた「普通」と、現実の次女たちが語る「普通」。
どちらが普通だろう。
答えは明白に思えた。外の世界を知らない私の方が、間違っていたのだ。
そしてもう一つ、無視できないことがあった。彼女たちは、私と違って生き生きとしていた。
病弱な子もいた。私と同じように、普段はベッドの上で過ごしているという子もいた。
けれど、その子ですら自信に満ちた表情で「お姉様から伯爵家との縁談をいただいた」と語っていた。
その顔は、私が鏡で見る自分の顔とはまるで違った。
私はいつも、申し訳なさそうに笑っていた。
お姉様に花を摘んできてもらうたびに「ごめんね、ありがとう」と言い、ドレスを見せてもらうたびに「素敵ね、羨ましい」と言い、でもそれを欲しいとは決して言わなかった。
それが正しいことだと思っていた。でも、正しかったのではなく、ただ「普通」を知らなかっただけだ。
本当の次女の「普通」を、私は知らなかっただけなのだ。
赤毛の少女が私に微笑んだ。
「ヴァイスフェルトさんは? お姉様から何かいただいたことはある?」
「……いいえ」
「あら、もったいない。お姉様は侯爵令嬢なのでしょう? 素敵なものをたくさんお持ちのはずよ。遠慮することなんてないわ。だって私たち、体が弱いんですもの。姉から少しもらうくらい、当然のことよ」
当然のこと。普通のこと。その言葉が、私の普通を変えてしまった。
帰りの馬車の中で、私はずっと考えていた。
私は今まで「普通」を知らずに生きてきた。
お姉様の優しさに甘えて、何も求めず、何も手に入れず、ただベッドの上で笑っているだけだった。
あのお茶会の子たちから見れば、さぞ滑稽だっただろう。
次女としての「普通」すら知らない世間知らずの病弱な娘。
でも、今日知ることができた。
普通の次女とはどういうものか。普通の姉妹とはどういう関係か。お姉様に感謝するだけが次女の生き方ではないのだと。
ベッドに戻っても、頭の中はお茶会のことでいっぱいだった。
あの少女たちの笑顔。自信に満ちた声。当然のこと、普通のことという言葉。
私は天井を見つめながら、自分の人生を振り返った。
ベッドの上で本を読むだけの日々。お姉様が持ってきてくれるものだけで成り立つ世界。
自分では何も手に入れたことがない。何も勝ち取ったことがない。
あの子たちは、私と違った。自分の力で——いや、病弱であることを使って、ではあるけれど——欲しいものを手に入れていた。
それがあの子たちの普通であり、私もそこに追いつかなければならなかった。
「私もそうしなくては」
口に出してみると、不思議と胸がざわついた。でも、あのお茶会の空気を思い出すと、そのざわつきは薄れていった。
皆がそうしている。皆が当然だと言っている。
大勢の次女たちが揃って同じことをしているのだから、それが普通でないはずがない。なら、私もそうすべきなのだ。
翌日、私はお姉様に言った。
「お姉様、そのドレス、私にくださらない?」
お姉様は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに笑って「いいわよ」と答えてくれた。あっけないほど簡単だった。
胸の中に小さな達成感が灯った。普通の次女に一歩近づいた気がしたと同時に、チクリと何かが刺さった。
でも私はその痛みから目を逸らした。これは「普通」のことだ。あの子たちも皆やっていることだ。慣れればきっと平気になる。
数日後、お姉様のお気に入りの髪飾りを願い出た。お姉様は少し間を置いてから「いいわよ」と手渡してくれた。
亡くなったお祖母様から受け継いだ大切なものだと知っていた。それでも欲しいと言った。普通の次女になるためだと、自分に言い聞かせながら。
次は夜会用の宝飾品。夜会に出ることのない私には本来必要のないものだった。
でも、お茶会の少女たちは「お姉様の宝飾品をいただいた」と笑っていた。だから、私も欲しいと言った。
お姉様は困ったような悲しいような顔を一瞬だけ見せたけれど、一つ、また一つと私の手に渡してくれた。
夏のある日、私はお姉様の自室にある机を指差した。
「あの机、私の部屋に移してもらえない? 本を読むときに使いたいの」
本当は机が欲しかったのではない。お姉様の部屋の一部を自分のものにすることが、私が普通の次女に近づいた証のような気がしただけだった。
机が運び込まれた私の部屋は少し狭くなったが、それよりもお姉様の部屋に空白が生まれたことの方が、胸のどこかに引っかかった。
一つ手に入れるたびに、私はお茶会の少女たちに近づいている気がした。
何もできない自分から、少しずつ普通の次女になれている気がした。
でも、不思議なことがあった。手に入れるたびに、嬉しさよりも胸の痛みの方が大きくなっていくのだ。
お姉様が私にものを渡すときの顔。困ったように眉を下げて、でも笑おうとする顔。あの顔を見るたびに、胸が締め付けられた。
「普通」のことをしているはずなのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。あのお茶会の子たちは、こんな気持ちにはならなかったのだろうか。それとも、私がまだ普通に慣れていないだけなのだろうか。
それでも、私は止まらなかった。止まれなかった。
ここで止まったら、私はまた何もできない病弱な次女に戻ってしまう。
「普通」を知る前の世間知らずな自分に戻ってしまう。
次に私が口にしたのは、お姉様の侍女マリアのことだった。
「マリアをこちらに寄越してくれない? あの人、お茶を淹れるのがとても上手でしょう」
物から人へ。自分でも要求の質が変わったことはわかっていた。
でも、お茶会の少女たちは「お姉様の侍女を全員いただいた」と笑っていた。お姉様は長い沈黙の後、「ソフィアの方がマリアを必要としているわ」と微笑んでくれた。
あの微笑みの奥にあったものを、あのときの私は見ないふりをした。見てしまったら、胸が締め付けられるから。
だから、最後の一手を打った。お姉様に婚約解消してもらって、婚約者を譲ってもらうことにした。
「お姉様。お姉様の婚約者を、私にくださいませんか?」
お姉様は、少し沈黙した。
「……ソフィア、何を言っているの」
「ヴィクトール様のことです。お姉様の婚約者を、私にいただきたいの」
これまでのドレスや髪飾りや宝飾品や机や侍女とは違う。自分でもわかっていた。これは取り返しのつかない一線を越えることだと。
でも、お茶会の金髪の少女は婚約者を手に入れたと笑っていた。
あれが普通なら、私もできるはずだ。できなければならない。
お姉様は長い沈黙の後、「考えさせてほしいの」と言った。
私は、表情を変えずに「わかりました」と頷き、部屋から出た。
部屋に戻って、私は震えていた。寒いからではない。自分が何をしているのかわからなくなっていた。
ヴィクトール様のことを私は何も知らない。顔も、声も、人柄も。お姉様が時折嬉しそうに手紙のことを話していたのを、横で聞いていただけだ。あの人が欲しいわけではなかった。ただ、お茶会の少女たちが「婚約者を手に入れた」と誇らしげに語っていたから。それが普通だと言っていたから。それだけだった。
普通の次女になりたかっただけなのに、どうしてこんなに胸が痛いのだろう。
数日間が経っても、お姉様からの返事はなかった。
その間、私はマリアと過ごした。
元はお姉様の侍女であるマリアは、私にも変わらず丁寧に接してくれたが、時折遠い目をすることがあった。お姉様のことを考えているのだろうと、私にもわかった。
マリアの入れてくれるお茶は確かに美味しかった。
でも、それを飲むたびに思った。このお茶は本来、お姉様が飲むはずだったものだと。
普通の次女は、こんなことで悩まないのだろうか。あの子たちは姉から奪ったものを、平気な顔で使いこなしていた。
私にはそれができない。奪ったものを手にするたびに、お姉様の顔がちらつく。
もしかしたら私は、普通の次女になるには向いていないのかもしれない。
でも、それを認めてしまったら、私にはもう何も残らない。
秋の午後だった。窓から差し込む光が部屋を琥珀色に染めていた。
私は、ベッドに体を起こし、本を読んでいた。いや、読もうとしていた。文字を目で追っても頭に入らない日が続いていた。
お姉様が部屋に入ってきた。
私は、少し身構えた。以前なら、お姉様が来ると嬉しかった。今は怖かった。自分が奪ったものの持ち主が目の前に立っているという事実が、息苦しかった。
譲ってもらった机を使っていないのを、見られるのが、嫌だった。
「ソフィア。婚約解消の件だけれど」
「はい」
自分の声が平坦に響いた。答えを待つ間、胸が痛かった。
受け入れてくれることを期待している自分と断ってほしいと願っている自分がいた。
「お断りします。ヴィクトール様との婚約を解消するつもりはありません」
断られた。その瞬間、私の中で二つの感情がぶつかった。
一つは焦りだった。お茶会の少女たちの顔が浮かんだ。
皆うまくいったのに。皆にとっては普通のことなのに。
私だけが失敗したら、私は何なのだ。普通にすらなれない何もできない病弱な次女になってしまう。自分には生きている意味がないのかもしれない。
「どうして? お姉様は私が病弱だから可哀想だと思わないの。皆さんだってそうしているのに」
お茶会の少女たちの言葉を繰り返した。自分の言葉ではないとわかっていた。でも、それしか武器がなかった。
「皆さん?」
お姉様の声は静かだった。
「お茶会のお友達よ。みんなお姉様から色々いただいているわ。婚約者だって、もっと大きなものだって。それが普通なの。次女はそうするものなの」
声が震えていた。自信のある主張のつもりだったのに、口にするほど足元が揺らいだ。
お姉様は、ベッドの傍らの椅子に腰を下ろした。その仕草は穏やかで、責めるような空気はなかった。
それがかえって苦しかった。
「ソフィア、一つ聞いてもいい?」
「……何?」
「そのお茶会のお友達のお姉様たちが、今どうしているか知っている?」
私は、黙り込んでしまった。
知らなかった。考えたこともなかった。
お茶会では次女たちの「普通」だけが語られていた。
姉から何を手に入れたか。どうやって手に入れたか。
でも、その先は誰も話さなかった。奪われた姉たちがどうなったかは、誰も話さなかった。
あの子たちの「普通」の裏側を、私は何も知らなかった。
お姉様は、静かに語り始めた。
婚約者を奪われた長女は、社交界で孤立し、縁談が来なくなったこと。地位を奪われた長女は、家から追い出されたこと。すべてを奪われた長女は、使用人のような暮らしをしていること。
一つ聞くたびに、私の体が冷えていった。
「……嘘よ」
「嘘ではないわ。マリアが調べてくれたの」
「でも、お茶会ではそんな話……誰も……」
「するわけがないでしょう。自分が姉を壊したなんて、自慢のお茶会で語る人がいると思う?」
壊した。その言葉が、私の頭の中で反響した。私は、お姉様を壊すつもりはなかった。ただ、普通の次女になりたかっただけだった。
あの明るいお茶会。笑い声。拍手。得意げな顔。あれが普通だと私は信じた。
でも、あの「普通」の裏側には、壊れた姉たちがいた。あの子たちが笑顔で語る「普通」は、誰かを壊すことで成り立っていた。
そして私は、お姉様を同じ場所へ送ろうとしていた。
ドレスを渡すときの困ったような笑顔。髪飾りを手渡すときの、少しだけ長かった間。宝飾品を一つずつ渡してくれたときの少しだけ悲しそうな目。机が運び出された部屋の空白。マリアを譲ると言ったときの微笑みの奥にあったもの。婚約者のことを聞いたときの凍りついた顔。
あれは、お姉様が壊れていく途中の顔だったのだ。
私が壊していたのだ。普通になろうとして、一番大切な人を壊していたのだ。
「ソフィア」
お姉様が私の手を取った。温かかった。私がこんなことをしたのに、お姉様の手は温かかった。
「あなたがあのお茶会で見たものは、次女の正しい姿なんかじゃない。あの人たちが姉から奪ったものの裏側には、壊れた姉たちがいたの。あなたは私をそこに送ろうとしていたのよ」
「私は……そんなつもりじゃ……」
涙が溢れた。止められなかった。
そんなつもりじゃなかった。お姉様を壊したかったんじゃない。ただ、普通の次女になりたかっただけだ。
でも、あれは普通なんかじゃなかった。私が普通だと思い込んでいたものは、最初から歪んでいた。
あのお茶会の少女たちが語っていたのは、次女の普通ではなく、奪う者の論理だった。
たまたま全員が次女だっただけで、あれは次女の生き方などではなかった。
私は病弱で外の世界を知らなかったから、あの小さなお茶会の景色を世界そのものだと信じてしまった。
「わかっているわ。あなたは、そうすべきだと思い込んでいただけ。外の世界を知らないあなたにとって、あのお茶会が世界のすべてに見えたのでしょう」
お姉様の声は優しかった。責めていなかった。理解してくれていた。それが一番苦しかった。
私は、お姉様の手を握り返した。力が入らなかった…
いつもそうだ。この手は何もできない。花を摘むことも、ドレスを仕立てることも、社交界で誰かと踊ることも。
だから、奪うことで手に入れようとした。それが普通だと自分に言い聞かせて。
「……お姉様。私、お姉様のことが嫌いなわけじゃなかったの」
「知っているわ」
「でも皆があんなに楽しそうに話しているから、私もそうしなきゃいけないと思って。病弱な次女はそうやって生きるものだって、皆が当たり前みたいに言うから」
言葉が途切れ途切れになった。涙で声がまともに出なかった。
「私、お姉様みたいに社交界にも出られないし、何もできないし。あのお茶会で初めて、自分にも何かできるんだって思えたの。姉のものをもらうことなら、病弱な私にもできるって」
全部吐き出した。お茶会で感じた劣等感も、あの子たちへの憧れも、自分への嫌悪も。
言葉にしてみれば、なんて情けない理由だろうと思った。普通になりたかった。ただそれだけのことで、お姉様をここまで傷つけた。
お姉様は、言った。
「ソフィア。あなたが欲しかったのは、私のものじゃないわ」
「……え?」
「あなたが欲しかったのは、自分にも何かができるという感覚でしょう。自分にも生きている意味があるって、思いたかっただけでしょう」
その通りだった。お姉様にはいつも見抜かれてしまう。
私が言葉にできないことを、お姉様は簡単に言葉にしてくれる。
いつもそうだった。私の代わりに外の世界を見てきてくれたお姉様は、私の代わりに私の心も見てくれていた。
涙が止まらなかった。
「……ごめんなさい、お姉様」
その言葉しか出てこなかった。
ドレスのこと。髪飾りのこと。宝飾品のこと。机のこと。マリアのこと。婚約者のこと。
そして何より、お姉様を傷つけたこと。あの子たちの「普通」を本物だと信じて、お姉様との間にあった本物の「普通」を壊しかけたこと。
「ごめんなさい。ごめんなさい、お姉様」
お姉様が私を抱きしめてくれた。温かかった。昔、熱を出して寝込んだ夜にお姉様が添い寝してくれたときと、同じ温かさだった。
「ドレスも……髪飾りも……全部お返しします。婚約者のことも、忘れて。ごめんなさい。ごめんなさい、お姉様」
「ドレスと髪飾りはいいわ。あなたに似合っていたもの」
「……お姉様」
「でもマリアは返してもらうわね。あの人がいないとお茶が美味しくないの」
少しだけ呆けた声で言うお姉様に、涙の中で笑ってしまった。
ぎこちない笑顔だったと思う。でもお姉様は嬉しそうだった。
「ソフィア。あなたに何もできないなんて嘘よ。ただ、何ができるかをまだ見つけていないだけ」
「……見つかるかしら」
「一緒に探しましょう。奪うのではない方法で、あなた自身のものを」
私は、お姉様の腕の中で、小さく頷いた。
窓の外では秋の陽が傾いて、部屋の琥珀色が深くなっていた。
何もかもが元通りになったわけではない。
お姉様に返さなければならないものがある。あのお茶会の子たちとの関係もどうすればいいかわからない。お母様にも、きちんと話さなければならない。
でも、今はお姉様の温もりの中にいた。この温もりは、奪って手に入れたものではない。お姉様が自分からくれたものだ。
私が信じた普通は間違っていた。でも、今お姉様の腕の中で感じているこの温かさは、きっと間違いではない。
姉が妹を想い、妹が姉を想う。奪うのでも、奪われるのでもなく、ただ互いを大切に思う。それが本当の普通だったのだ。最初から、ずっと。
ごめんなさい、お姉様。そして、ありがとう。
お読みいただきありがとうございました。
姉視点の短編『病弱な妹が私のものを欲しがる理由を知ったとき、私は婚約解消を断りました』も投稿しています。お読みいただけましたら幸いです。
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