プロローグ
きらびやかな夜会は、凄惨な殺人事件現場と化しており、参加した貴族達は一様に青ざめていた。
「犯人は……カルコマ夫人貴女ですわ」
人形のように美しい顔立ちの少女が、閉じた扇を一人の夫人に向けて言い放つ。
「なっ……何故私が?私には動機などありませんわ!!」
冷や汗を流しながら、カルコマ夫人は両手を広げて周囲を見回して叫ぶ。
「動機ならあるさ、貴女は長年に渡って浮気を繰り返していた夫であるロダン伯爵に、怒りを募らせていた。偶然にも、娼館の女主人が今夜の夜会に参加していてね。貴族出の若い新人にロダン伯爵が入れ込んでいたとか」
少女と同じ顔立ちの少年は、目を細めて言うと前に進み出た女主人に視線を向けた。
「新人に赤子が出来たと、ロダン伯爵様から……カルコマ夫人と離縁して追い出すとお聞きしました」
震えながら女主人は答える。
「長年子供が出来なかった貴女は、ロダン伯爵の言葉で殺意に芽生えた。
共犯者である給仕のメイドが白状しましたわ。
ロダン伯爵の赤ワインに毒を入れたとね」
少女はカルコマ夫人に近付いて言い切る。
「くっ……そうよっ!!あの男が……あの男が許せなかったのよおおおお!!」
雄叫びに近い絶叫でカルコマ夫人は叫ぶと、膝をついて項垂れた。
その後、主催者であるスペント公爵夫妻が衛兵を呼び、夜会は中止となった。
カルコマ夫人は衛兵に連行され、貴族達もそれぞれ飛竜馬車で帰宅して行く。
先に上空へ飛んだのは、飛竜と剣と言う王家の紋章が刻まれた飛竜馬車だった。
「カルコマ夫人が夫ロダン伯爵を恨んでいるのは、社交界で常識でしたわ。まぁ……でも殺すとは思いませんでしたが……」
頬に手を当てる少女は、銀色の髪を背に流し、白いドレスを着た妖精のような美しさで曖昧に微笑む。
シルビアンナ・ラド・アーデルシュタイン(15)。
アーデルシュタイン帝国の皇女。
「殺される男もたかが知れてるが、殺す女も怖いね」
シルビアンナと同じ髪色で一つに結わえ、白い正装を着た瓜二つの美しい少年は苦笑する。
シルビリオ・ラド・アーデルシュタイン。
アーデルシュタイン帝国皇子で、シルビアンナの双子の兄。
「ですが、カルコマ夫人の実家は力のあるクオルナ侯爵家ですわ。娘の事件を期に、揉み消せないにせよ、ロダン伯爵家に対して報復はしますわね」
「娘の窮状を知らず、今更な気がするけどね」
シルビアンナとシルビリオは笑い合う。
「ふふ、事が大事になってから気付く方も居られましてよ。この先が見物ですわね……」
「伯爵家と侯爵家の潰し合いか。スパイスになると良いな」
シルビアンナが笑みを浮かべると、シルビリオは愉しそうに微笑む。
豪華な鎧を着た飛竜アクトレシアは、主である二人の声を聞きながら皇宮を目指して飛ぶ。
アクトレシアに追随するように隣を飛ぶ飛竜ガダルタナバも、愉しそうに笑みを浮かべ二匹は夜空に消えるのだった。
二時間後、公爵領地から二人は無事皇宮へと戻って来る。
皇宮の裏手にある大きな庭に、アクトレシアとガダルタナバはゆっくりと着地した。
着地した後、アクトレシアとガダルタナバは光に包まれ、現れたのは侍女と侍従だった。
黒髪を一つに結わえ、メイド服を着た女性はアクトレシアが人間に変身した姿である。
同じく黒髪で短髪、燕尾服を着た男性はガダルタナバが人間に変身した姿。
アクトレシアが姉で、ガダルタナバが弟。
アクトレシアはシルビアンナに仕え、ガダルタナバはシルビアンナに仕えている。
竜は、主を自分で選び主が最期を迎えるまで仕えるのを美徳としていた。
「皇女殿下、皇子殿下。皇宮に到着致しました」
ドアを開けると、アクトレシアとガダルタナバは頭を下げて二人に声を掛ける。
「ふふ……あら、予想外に早かったわね」
笑ってシルビアンナは答えると、シルビリオにエスコートされて飛竜馬車から降りた。
「先に湯浴みを済ませるわ」
「俺も湯浴みを先にする」
シルビアンナとシルビリオは、息ぴったりに答えた。
「はっ」
「承知致しました、では湯浴みの準備を致します」
アクトレシアとガダルタナバは答えると、二人の後に続き、二人が自室に入ってから準備をするため浴場へと向かうのだった。