美味しいウソ
「なんて不味いんだ……」
もちろん口には出さなかった。
初めて彼女の家に招かれて、手料理をふるまってもらっているのだから。
「わたし、料理ヘタだから」
まさか謙遜じゃなかったとは。
彼女と結婚する男性は災難だな。
そう思いながら前を向くと、当の本人は期待と不安の入り交じった眼でボクの言葉をまっている。
「とっても美味しいよ」
自慢の笑顔で応えてやる。とたんに彼女はほっとした表情になった。
ボクは彼女の手をにぎりしめて言った。
「君のような女性を探し求めていた。結婚してください」
あれから2年がすぎた。
妻の料理の腕前は相変わらずひどいものだ。だがそれでいいのだ。それでこそボクはがんばれるのだから。
今日もボクは心の底から叫ぶ。
「うっま!! なんスか、これ!? どんな魔法使ってんスか?! うっわ、マジで感動……。ボク、今日まで生きててよかったっス! はうう、ずっと味わってたい。もうこの店で住み込みで働かせてくださいっス!!」
ボクがグルメリポーターとして人気ナンバーワンの座をキープできているのは、すべて妻のおかげだ。
ありがとう、妻よ。
それにしても……家に帰りたくない。
(おわり)