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ある意味で一番の贅沢


 バンリュー。

 其処はアルサレア王国の華やかな首都とも言えるアルサレア王都に於ける唯一の汚点。

 その一言以外は浮かばぬ貧民街に名付けられた名である。

 住民は貧困に喘ぐ貧民と流れ者や逃亡者と言ったロクデナシばかり。

 ソレ以外ではバンリューと言う貧民街に住まう変わり者が居るぐらい。

 人はバンリューを『掃き溜め』や『ゴミ溜め』。

 他にも『糞溜め』と呼び、バンリューの外に住まう王都の人々は聞き分けの無い幼い子供を脅す時、バンリューに棄てる。

 そう告げて子供を泣き止ませる。

 そんな幼い子供達の恐怖の代名詞たるバンリューの悪臭臭い立つ薄汚れた道を、マリィは暢気に歩んでいた。

 暫く歩き続けてバンリューの奥深くまで来ると、一軒の見窄らしい店が見えて来た。

 その見窄らしい店では襤褸(ボロ)切れとも言える衣を纏う裸足の老人が、ミルク(牛乳)を売っている姿があった。

 そんな見窄らしい店先で立ち止まったマリィは老人に対し、敬意と共に頭を下げて挨拶する。


 「お久し振りです。ダダ(お祖父ちゃん)


 マリィから挨拶された見窄らしい店の中でベタッと胡座をかいて座る小柄な老人に対してマリィが敬意と共に挨拶すれば、老人は水差しから粗末なカップに搾りたてのミルク(牛乳)を注ぎながら返す。


 「久し振りじゃのぅ……我が孫。マルグリット」


 マリィの事を我が孫、マルグリットと呼んだ老人がミルク(牛乳)を注いだばかりの粗末なカップをマリィに差し出すと、マリィはミルク(牛乳)の代金を払うかの様に老人に2枚の小切手を差し出しながら答えた。


 「ダダ(お祖父ちゃん)も御健勝で何よりです」


 2枚の小切手を受け取った老人は高額な方の小切手を後ろに控える用心棒であろう手下へ渡すと、少額の方の小切手に返しながらマリィに告げる。


 「此方はマルグリットが使うと良い。人を救いたいなら先ずは御主自身の生きる糧を優先し、御主自身が救われぬと駄目じゃよ」


 老婆心からの親切心と共に少額の小切手を返されたマリィが「ありがとう御座います」と、礼と共に受け取るとミルク(牛乳)売りの老人は確認の為に問う。


 「送金はいつもの割合で良いんじゃな?」


 「はい。いつもの様に6割を均等に送金。私には3割。ダダ(お祖父ちゃん)への手数料は何時もの様に1割です」


 老人の確認に対してマリィは肯定と共に割合を答えれば、老人はマリィに理由を尋ねる事無く返す。

 因みに高額の小切手に記された金額は日本円で言えば、約3億円程。

 それはドラゴン2匹に掛けられた賞金が合わせて約3億円と言う事を意味していた。


 「解った。何時もの様にお前さんの望み通りにしよう」


 「ありがとう御座います。ダダ(お祖父ちゃん)


 老人は単なるミルク(牛乳)売りではなかった。

 この一帯。

 否、このアルサレアと言う国全体に配下とネットワークを有し、アルサレア国内に於いて強い影響力を持つ裏社会の金融を牛耳る重鎮。

 それ故、このバンリューでヤクザ組織以上に力を持っている。

 しがないミルク(牛乳)売りの老人に扮する裏社会の重鎮にマリィは敬意を込めて感謝すると、カップに残るミルクを飲み干していく。

 マリィは空のカップを老人に返すと、告げる。


 「後日、また送金をお願いします。その時もよろしく御願いします」


 「なら、前の送金分で残ったお前さんの取り分持っていくと良い」


 老人はそう告げると、マリィに小切手を手渡した。金額は日本円で800万程だ。

 受け取ったマリィは改めて頭を下げ、感謝する。


 「ダダ(お祖父ちゃん)の慈悲に感謝致します」


 感謝するマリィに対し、老人は本心からの言葉を告げる。


 「もし、行く所が無かったら帰って来なさい。儂はマルグリット、お前さんを実の孫として迎えよう」


 ミルク(牛乳)売りの老人とマリィは血縁ではない。

 だが、ミルク売りの老人は当時、己の支配下にあるヤクザ組織でシカリオ(鉄砲玉)をしていたマリィの価値を見出すと共にマリィを孫の様に愛した。

 だからこそ、マリィが組織を抜けて冒険者をする事やマリィが稼いだカネの大半を慈善活動に用いる事へも協力していた。

 勿論、ビジネス的な意味合いでも大きな利があると判断した上でだ。

 そんなミルク(牛乳)売りの老人に対し、マリィは感謝する。


 「ありがとう御座います」


 感謝の言葉を残したマリィは其処から静かに立ち去るのであった。





 ダダ(お祖父ちゃん)と呼ぶミルク(牛乳)売りの老人と別れてから数分。

 マリィはバンリューの薄汚れ、物乞いする浮浪者や何処かから盗んだ物を売る露天商やゴミ。馬糞に人糞が転がる悪臭臭い立つ街道を歩んで居た。

 バンリューの住人達と比べて身形の良いマリィはバンリューの住人からすれば、タタキ(強盗)や引ったくり。

 何なら、レイプ(強姦)もセットでしたくなる獲物に見える。

 だが、住人達はマリィの姿を見るなり即座に目を逸らし、必死に目を合わせない様にし始めた。

 そんな住人達に対し、マリィは溜息を漏らすと心の中で独り言ちる。


 あからさまに恐れられてるのを見せ付けられるのは少し傷付くわね……

 まぁ、そう言う事をしようとした奴を縊り殺したり、ソイツのタマ(睾丸)サオ(陰茎)を切り取って喉に突っ込んでやった事が何度もあるから自業自得なんだけどね……


 昔のバンリューは酷かった。

 子供だろうが、関係無く強姦を働く不届き者が多数居たばかりか、タタキ(強盗)や引ったくりがしょっちゅう横行していた。

 しかし、最近では少しだけマシになったのだろう。

 そうした路上での犯罪が少しだけ。

 ほんの少しだけ減少しつつあった。


 外から遊びに来る綺麗なオベベを来たカネ持ってる他所者を相手にシノギ(商売)したいヤクザ連中が、安全に遊べる様にする事でシノギ(商売)に繋げようと取り締まって知安を向上させようとしているからなんだけどね……

 私の自己満足(慈善活動)が理由で知安が良くなる訳じゃない。


 マリィは確かに冒険者として稼いだ大金を"寄進"し、路上で生きる親の無い子供達を始めとした浮浪者達に炊出しを始めとした支援をしている。

 だが、ソレは焼け石に水にしかならない。

 炊出しによって飢えに苦しむ事は無いだろう。

 しかし、バンリューの人々が自分の力で日々の糧を獲られる様にしなければ根本的な解決に繋がらない。

 それ故にマリィは炊出しだけでなく、学問を学ぶ事による教養を与えると共に行き場の無い各分野の職人達をダダ(お祖父ちゃん)の力を借りて雇い、バンリューの人々に日々の糧を得る術を与えんとしていた。

 それこそ、老子の格言にある「授人以魚 不如授人以漁」の様に生きる術を与えよ。

 コレを実践するかの様にだ。

 だが、ソレは果てしない上に険しい道のりでもあった。

 しかし、誰かがやらなければバンリューは悪徳の都のまま。

 人々は(ケダモノ)から人へと脱却が出来ない。

 だからこそ、徒労に終わる事になったとしてもマリィは冒険者としての稼ぎの半分を"寄進"し続ける。

 見返りが無く、単なる自己満足に終わるとしてもだ。

 まぁ、ギルド長の執務室で王子から少しだけ治安が良くなった。

 そう聞かされた時。

 己の"寄進"が無駄では無かった。

 マリィは少しだけ救われた気がした。


 私はくたばった(死んだ)後。

 天国に行ける様にしたい為じゃない。

 ソレ以前にヤクザに居た頃、悪行三昧して来た私が天国に導かれる事なんてあり得ない。

 贖罪とかじゃない。

 ただ単に私が贅沢な気持ちになる為の自己満足ってだけの事。

 だから、結果なんて二の次なんだけどね……


 酷い理由だ。

 しかし、そんな酷い理由から行われるマリィの"自己満足"によって救われた人々が居るのも事実だったりする。

 例え、自己満足と言うちっぽけな理由で行われているとしても救われる人々が居るのならば無駄では無いだろう。


 閑話休題(話が逸れたので戻そう)


 バンリューにある自宅へ戻ったマリィは全身を覆い隠す様に纏っていたローブを脱ぐと、床へ放った。

 ローブらしからぬドスンと重く鈍い音と共に床へ落着すれば、黒の長袖長ズボン上下と簡易的な革鎧に篭手等に身を包んだ小柄な顔に大きな斬り傷の痕が目を引く少女の姿が露わとなる。

 チェーンメイル等が縫い込まれた重いローブを脱いで身軽になったマリィは革鎧を脱いで両手を鎧う篭手を外すと、ベッドにドカッと座った。

 ベッドに身を投げる様にして座り込んだマリィは両切りの煙草を咥えると、火を点して紫煙を吐き出していく。


 「すぅぅ……ふぅぅ……」


 煙草を燻らせて紫煙を吐き出したマリィはミルク売りの老人。

 もとい、ダダ(お祖父ちゃん)から手渡された小切手を手に取って眺めていく。


 一先ず、今回貰った取り分と合わせれば3年間の学費分は確保出来たわね……

 学校通ってる間もヤマを踏みたい所だけど、流石に難しいわよね?


 最高学府たる学園に入学後は今みたいに冒険者としてフリーに動ける訳じゃない。

 それ故、慈善活動への"寄進"するカネを稼ぐ事も出来なくなる。

 マリィは自身が死や病で稼げなくなる事態に備え、自身の取り分から積み立てて資金をプールして居た。

 しかし、今までの様に多額の寄進が出来るか?

 問われれば、ソレには全然足らぬ。

 そう言わざる得ないのが現状。

 要するにカネが足りないと言う事である。


 ドラゴン狩りの賞金の6割を送金したから当面は大丈夫だろうけど、流石に万が一の事を考えるなら倍以上のカネを稼いで送金する必要がある。


 「あー……どっかに良い儲け話無いかしら?流石にヤク(阿片や大麻)絡みのシノギ(商売)はしたくないけど……」


 この世界にも阿片や大麻と言った麻薬は存在する。

 流石に現代地球の様なヘロインとコカイン。

 それに覚醒剤やMDMA(エクスタシー)の様な高度で効果覿面な代物は無いが……

 兎に角だ。

 麻薬絡みのシノギをマリィはしたくなかった。

 無論、麻薬絡みの取り引きをタタく(強盗する)のも後で確実に面倒臭くなるが故に論外だ。


 「何をするにしてもカネが欠かせない。特に私の様な自己満足の贅沢をするんなら幾ら有っても足りない……マジで何処かに良い儲け話が無いかしら?」


 マリィの言う通り、何事にもカネが欠かせない。

 清貧を尊び、人々に施しをするにしても生きる上でカネは必須。

 文明社会であれば、コレは至極当然。

 当たり前の帰結である。


 「まぁ、カネが無い事を嘆いても仕方ないか……それに今日持ち込んだブツの買い取り額によっては解決出来るかもしれないし……」


 ドラゴン。

 特にクリムゾンやノワールの様な大物から剥ぎ取った皮と骨。

 それに肉と首は通常のドラゴンよりも倍以上の多額のカネで取り引きされる。

 持ち帰った戦利品が齎すだろう莫大なカネに取らぬ狸の皮算用をするマリィは少しだけ楽観的になると、煙草を燻らせながら今後の活動を思案していく。


 「すぅぅ……ふぅぅ……3日ほど休んだら、仕事入れよ。チンケなヤマでも小銭ぐらいは稼げるだろうし、塵も積もれば山となるかもしれないし……」


 当面はデカいヤマを踏まず、チンケなヤマを踏んで小銭を稼ぐ方針を自らに言い聞かせる様に選んだマリィは暢気に煙草を燻らせるのであった。




命懸けで稼いだ莫大なカネを多数の見ず知らずの他人達の為に使うのってある意味で一番の贅沢だと想うんだ。


後、単なる自己満足の為であってもその行いによって救われる人々が居るんならソレはソレで尊ばれるべきだとも思うんだが…どーかしら?



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