馴染み深い高貴なる一族の一員
3日後の朝。
大物ドラゴン2頭を解体して獲た大量の"戦利品"と共に王都に帰還したローブ姿の少女は、王都を取り囲む城壁に空いた門を護る守備兵に驚かれながらも気にする事無く王都に足を踏み入れていた。
王都を行き交う無数の人々からの視線が、少女の後ろでフワフワと浮遊するドラゴンから剥ぎ取った巨大な2枚の皮と氷漬けにされた複数の肉塊。
それに2匹のドラゴンの巨大な骨と2つの巨大な頭。
そして、2つの小さな頭へ一斉に浴びせられるが、少女は何処吹く風。
そう言わんばかりに気にする事無く、静かに歩みを進めて行く。
そうして、目的地である冒険者ギルドの前に立つと、ギルドの扉を守護する驚きを露わにしている2人の警備員に向けてお願いした。
「コレ、盗まれない様に見張っててくれませんか?」
少女のお願いに対し、警備員は驚きを顔に残しながらも応じる。
「あ、解りました」
「あ、コレは些少ですが心付けです」
にこやかな笑みと共に優しく言って2人の警備員にそれぞれ金貨を1枚ずつ握らせると、少女は冒険者ギルドの戸を潜った。
因みに少女の渡した金貨の価値は日本円にすると、1枚で約30万円程である。
冒険者ギルド内は冒険者達が既に稼ぎに出ているからだろう。
閑散としており、実に静かなモノであった。
そんな冒険者ギルドの中を悠然と歩み、受付の前に立った少女に受付の女性スタッフがにこやかに要件を尋ねる。
「いかがなされましたか?マリィさん」
受付の女性スタッフから問われると、マリィと呼ばれた少女は礼儀正しく告げる。
「クリムゾンドラゴンとノワールドラゴンを討伐しましたので、皮と肉と骨。後、頭部を持ち帰って来ました。なので賞金と買い取りをお願いします」
マリィから告げられた要件に受付の女性スタッフばかりか、奥に居た冒険者ギルドのスタッフ達は驚きのあまり言葉を失うと共に手を止めてしまう。
そんなスタッフ達を他所にマリィは徐ろに紙巻きの両切り煙草を取り出して咥えると、指先に魔力で造られた仄かな火を点した。
煙草の先がジリジリと燃えて紫煙が上がると、マリィは煙草を燻らせていく。
煙草を燻らせ紫煙と共に要件の対応を待っていると、奥から身形の良い恰幅の良い中年の男が渋面と共にやって来た。
中年の男はマリィを見ると、心の底からウンザリした様子で告げる。
「賞金は小切手で良いなら直ぐに払ってやる。勿論、その前に死を確認してからだ」
「どうせお前の事だ。首を持ち帰って来てんだろ?」そう締め括る様に中年の男が問えば、マリィは肯定する様に頷いた。
マリィが肯定すれば、中年の男。
もとい、この王都にある冒険者ギルドの長にして、この国の冒険者達のトップも兼任するギルド長……ゲンツはスタッフ達へテキパキと指示を下していく。
「人手集めてこのクソガキのブツを急いで運べ!後、鑑定の専門家も総動員でブツを鑑定しろ!後、外の野次馬も退かせ!」
此処の主たるゲンツから指示が下されれば、スタッフ達は大急ぎで行動を始める。
そんなスタッフ達を尻目にマリィが紫煙と共に指をパチンと鳴らすと、外からドスン!と大きな物が落ちる鈍い音が強く響いた。
マリィが浮かばせていた大量のブツが地面に落ちた音だ。
スタッフ達が運べる様に地面に下ろしたマリィは沈黙と共に待合スペースにあるベンチに座ると、賞金が支払われるのを紫煙と共に静かに待つのであった。
1本目の煙草が吸い終わり、2本目に火を灯して半分近くが灰と化した頃。
スタッフがマリィの元へやって来た。
「お待たせ致しました。賞金の支払い準備が整いましたので此方へ」
スタッフから告げられたマリィは紫煙と共に立ち上がると、煙草を燻らせながらスタッフに誘われてギルド長であるゲンツの執務室へと通された。
執務室に入ると、スタッフは呼んだ当人は椅子の背凭れを向けて座ったまま黙して語ろうとしない。
そんな当人に対し、マリィは煙草を燻らせたまま紫煙と共に問うた。
「すぅぅ……ふぅぅ……この国で一番高貴な御家の御仁に対して跪いた方が良いのかしら?」
マリィが太々しく不遜に紫煙混じりに問えば、椅子がクルッと回って椅子に座っていた者の姿が露わとなると共に問いの答えが返って来る。
「その必要は無い。私と君の仲だからな」
露わとなったのはギルド長であるゲンツとは似ても似つかぬ金髪碧眼の美丈夫であった。
彼は陽気かつフレンドリーに気にするな。
そう返すと、マリィに尋ねる。
「クリムゾンとノワールの番を邪悪極まりない手段で仕留めたんだって?相変わらず容赦無いな。君って奴は……」
まるで見ていたかの様に彼が言えば、マリィは紫煙と共に呆れ混じりに返す。
「すぅぅ……ふぅぅ……どうせ私を監視させてる部下から報告受けてたんでしょ?なら、聞く必要は無いんじゃない?」
マリィの言葉を彼は悪怯れる事無くアッサリ肯定した。
「まぁね……君は強大な力を持つ危険人物であり、我が国に恩恵を齎してくれるだろう貴重な人材だ。だから、警戒すると共に喪われない様、君の"子守する"必要があるんだ」
酷い言い草であるが、美丈夫は心の底から思ってる事を正直に告げていた。
実際。邪悪極まりない方法とは言え、強大な力の代名詞たるドラゴンを仕留める事が可能なのだ。
マリィを警戒しない方が愚かとも言えるだろう。
そんな美丈夫の言葉に対し、マリィは皮肉を込めて太々しい態度で返した。
「其処まで想って貰えるなんて嬉し涙出そうね」
「君のお陰で私はそれなりに利益を享受出来てるんだ。それぐらいは想うさ……」
マリィが美丈夫の彼に齎した利益はそれなりにあった。
だからこそ、この国。
アルサレアで一番高貴なる一族。
即ち、アルサレアを統治する王家の一員たる美丈夫は王家の者としてマリィを重用すると共に警戒する。
そんな美丈夫にマリィは尋ねる。
「それで?また、クソ仕事を私にさせる為にこんな朝っぱらに態々、城を抜け出して来たの?高貴なる一族は暇なのかしら?」
皮肉を込めて問えば、美丈夫は否定する。
「君の言う通り、暇だったら良いんだがね……生憎と半年後に面倒がやって来るから、ソレの対応準備に奔走してる」
半年後に面倒がやって来る。
美丈夫が否定と共に告げると、マリィは尋ねる。
「具体的には?」
「ウチと友好的な同盟を結んでる高貴なる一族の末席に身を置く若人が、我が国の最高学府に留学するんだ」
己の問いに対し、アッサリ答える美丈夫。
もとい、王子にマリィは呆れ混じりに尋ねてしまう。
「良いの?そんな事、私に言って?」
呆れるマリィに王子は辟易とした様子で教えた理由を答えた。
「そりゃ言うさ……君も入学するんだ。だからこそ、ソイツを間違っても殺すなって釘を刺さないとならない。私の立場的にね」
告げられた理由にマリィは短くなった煙草を手に応接間の中央に赴くと、其処にある卓上のに灰皿に押し付けて棄てながら心外と言わんばかりに返す。
「酷いわね。私はそんな喧嘩ッ早くないわよ?」
心外そうに言うマリィに今度は王子が呆れてしまう。
「バンリューで"シカリオ"してた奴がよく言う……君が喧嘩や抗争で殺した人数は神のみぞ知るほどだろ?」
シカリオ。
平たく言うなら、ヤクザ組織に属する殺し屋を表す言葉である。
マリィは冒険者となる以前、ヤクザ組織でシカリオとして数えるのもバカらしい程に敵対組織のヤクザを殺して来た。
中には敵対組織に加担する衛士。
解りやすく現代風に言うならば、悪徳警官。
そんな不届き極まりない衛士を何人か始末した事もある。
マリィの過去を知るからこそ、王子は半年後にこの王都にある最高学府へ入学する事になっているマリィに対して釘を刺しに来たのであった。
そんな呆れる王子に対し、マリィはアッケラカンに返す。
「カタギは殺ってないわよ」
「知ってる。それでも、念の為に君へ釘を刺さないとならないのが私の立場なんでね……他にも公爵始めとした貴族の令嬢や子息。それから騎士団長の長兄に、宰相の息子や大商人の子息。そして、私の弟も入学する。頼むから、面倒を起こすなよ?起こしたら、私が直々に君の首を斬り落としに行くからな?」
王子の弟君も含めた、高貴なる者達の大事な子供達が入学する旨を伝えると共に"面倒"を起こすな。
そう釘を刺して来る王子に対し、マリィは再び心外と言わんばかりに返した。
「しないわよ。私を何だと思ってるのよ?」
「凶暴な狂犬」
王子がバッサリと斬り捨てる様に答えれば、マリィはゲンナリしてしまう。
「私、こう見えて平和と平穏を愛してんだけど?」
嘘は言ってない。
マリィは平和主義者だ。一応は。
だからこそ、平和と平穏を愛している。
しかし、王子は吐き捨てる様にマリィを否定する。
「悪いが、君が過去に抗争の際に笑顔で率先して敵対組織のヤクザ殺し回ってたの知ってる身としては信じたいが、信じられない」
マリィのシカリオ時代を知るからこそ、王子は信じられない。
そう返した。
そんな王子をマリィが責める事は無かった。
「過去の件を言われると、否定出来ないわね……それで?釘を刺すだけで話は終わりかしら?」
マリィの問いに対し、王子は立ち上がりながら答える。
「本当なら君と旧交を温めたい所だが、残念ながら私はとても忙しい身でね……この後は昼食まで公務に勤しまなければならないんだ」
そう告げた王子はマリィの前に立つと、2枚の紙切れを差し出した。
「コレはドラゴン討伐の賞金と先月、君に頼んだ面倒処理の報酬だ」
王子が差し出したのは小切手であった。
小切手に記された金額はどちらも貧民街であるバンリューに住む貧乏人の一家複数が、一生遊んで暮らせるだけの数字が記されていた。
そんな2枚の小切手をマリィがありがたく受け取ると、王子は執務室を後にしようする。
だが、王子は扉の前で立ち止まると、踵を返して思い出した様に尋ねる。
「前から君に聞きたかったんだが、君は稼いだ大金を何に使ってるんだ?」
王子の問いに対し、マリィは涼しい顔で答える。
「日々の生活費用よ。私、貧乏な孤児だったから贅沢に目が無いの」
マリィの答えを聞くと、王子は「意外だな」と前置きしてから更に言葉を続けた。
「てっきり、バンリュー内の孤児達への炊出しと、手習いを教えて教養を与えたり、年老いたり、怪我で引退したりした行き場の無い職人達の技を教えさせる。更には怪我人や病人達の治療する医師達を派遣する為に使っていると思ったんだがね」
ここ最近。
バンリューと呼ばれる貧民街では謎の人物による孤児への救済活動が盛んであった。
その人物は行き場を失った職人や料理人達を多数雇い、孤児や失職した者達に炊出しをすると共に勉強や職人達の持つ技を伝授。
更には複数の医師すらも雇い、治療させて結果的にバンリューと呼ばれる貧民街の者達が真っ当な暮らしを出来る様にする事で、孤児や失職した者達が社会お経済の輪に組み込まれる様にしていた。
そんな慈善事業する篤志家とも言える謎の人物が、マリィではないか?
そう問う王子に対し、マリィは呆れ混じりに吐き捨てた。
「あの糞溜めをマトモにしようって奴は間違いなく頭がおかしいわね。無駄な事なのに……」
そんなマリィに対し、王子は全てを知った上で呆れてしまう。
勿論、マリィが謎の篤志家である事を承知している。
「酷い言い草だな。まぁ、誰であれ、その活動によってバンリュー内の治安が良くなると共に税金が沢山取れる様になるんなら私としては邪魔する理由が無い。寧ろ、私も微力ながらも助力したいくらいだ」
統治者からすれば、真っ当な職に就いて働いてくれる者が増える事を反対する理由が無い。
寧ろ、応援したいくらいだ。
述べた様に結果的に治安が良くなると共に、多数の者達から税金を取れるのだから……
そんな王子にマリィは納税者として返す。
「だったら、私始めとした平民から巻き上げ続ける税金が真っ当に使われる事を切に願うわ」
嫌味と皮肉を込めて返せば、王子は真剣な眼差しと共に答えた。
「其処は鋭意努力させて貰うよ」
そう答えた王子は今度こそ、執務室を後にした。
独り残されたマリィは手渡された2枚の小切手を見詰めると、用が済んだ。
そう言わんばかりに執務室を後にするのであった。
個人的に他者の為に大金をぶん投げる事はある意味で一番の贅沢なんじゃないか?そう感じる事がある…異論はあるだろうがね
王子は過去に某本所の銕みたいな時期があったりした模様…今は真面目に執務に励んでるけど
喫煙に関してはこの世界では現代と違って喫煙よる害の"が"の字すら未だ無いし、未成年の喫煙を取り締まる法も無いので作中世界では合法だからグダグダ抜かさないでくれると助かる
後、阿片チンキとかも普通に有って痛み止めとかに使われてたりするし、阿片を吸ったり、大麻も吸われてたりする←
流石にコカインやヘロイン、覚醒剤とかは存在してねぇけどな!!
アレ等はもう少し文明レベル上がらんと精製するの無理じゃ…特に覚醒剤やヘロインとかMDMA