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7 帝国の花嫁 3

 その後、私たちは馬車で、皇帝の住まいである皇宮まで移動した。

 沿道に集まってくれた国民たちは変わらず歓迎ムードで、私が微笑み手を振るだけで、大歓声を上げてくれる。


 そんな国民の様子を見て、さすがにこれはおかしい、いくら何でも歓迎され過ぎじゃないかしらと、遅まきながら疑問が湧いた。

 そもそも獣人族は力を尊ぶ種族だから、肉体的に虚弱な人間族を馬鹿にしているはずだ。

 そのため、私が獣人族の皇帝に嫁いでくること自体が腹立たしいだろうに、なぜ歓迎してくれるのかしら。


 不思議に思って目を瞬かせていると、皇帝が疑問に答えてくれた。

「国民は君の外見に興奮しているのだ」


「私の外見に興奮するんですって?」

 美人だった母に似ていると言われるため、私はそれなりに美人のはずだ。

 でも、国民たちの熱狂ぶりは、とても『それなり美人』を見た時の反応ではない。


「えっ、もしかしたら私の外見は帝国民の好みにどんぴしゃりで、この国で私は『とんでもない美人』になってしまうんですか!?」


 ぱああっと顔を輝かせていると、皇帝は若干引いた様子を見せた。

「……それは本気で言っているのか? それとも、君の外見を褒める言葉が不足していると、私に婉曲な嫌味を言っているのか? できれば、後者であってほしいが」


「婉曲な嫌味?」

 一体何を言っているのかしらと首を傾げると、皇帝はため息をついた。

「……前者か。もちろん国民は君の顔立ちにではなく、ピンク色の髪に興奮しているのだ」


「ピンク色の髪?」

 聞き返すと、皇帝は唇を歪めた。

 まるで私が既に知っていることを、敢えて聞いてきたといわんばかりに。


「この大陸の者たちにとって、君の髪色は特別だ。君は魔法使いとして『破滅の魔女』という称号を手に入れたようだが、このドドリー大陸にも『魔女』についての言い伝えがある」


 そう言うと、皇帝は一つのフレーズを口にした。

「『魔女』はピンク色の髪に赤い瞳を持つ『はじまりの種族』で、全てに祝福を与える存在なり」


「あっ」

 私は咄嗟に両手を上げると、腰まである長いピンク色の髪に触れる。


 この世界において、ピンク色の髪の者はものすごく珍しい。

 実際に、母国であるサファライヌ神聖王国においても、ピンク色の髪の者は私以外一人もいなかった。

 なるほど、国民は珍しい私の髪色に興奮したのね。


 納得して頷いていると、エッカルト皇帝は皮肉気に唇を歪めた。

「人間族は『魔法を使える女性』を『魔女』と呼ぶが、この大陸ではピンク色の髪に赤い瞳を持つ者のことを指すのだ。この大陸の者であれば、国・種族に関係なく、誰もが魔女を崇拝している」


 確かに皇帝が説明してくれたことと同じような話が、帝国の歴史について記された本に書いてあった。

 なるほど、大陸全体で崇拝している魔女と私の髪色が同じだから、国民は歓迎してくれたのね。でも……。

「魔女は遠い昔に滅んでしまったと、本で読みました」


「その通りだ。しかし、魔女は慈悲深い一族だから、私たちが困った時には必ず復活し、救ってくれると誰もが信じている」


 滅びてしまった一族が復活するなんてことがあり得るのだろうか。

「陛下もいつの日か魔女が復活すると、信じているんですか?」


 エッカルト皇帝とは出会ってまだわずかな時間しか経っていないけれど、とてもそんな非現実的なことを信じるタイプには思えない。

 そう思っての質問だったけれど、私の予想は裏切られ、皇帝は当然だとばかりに頷いた。

「私は生まれた瞬間から、魔女に心臓を捧げている。彼女が死ねと言ったら死ぬし、彼女が現れたら全てを捧げるだろう」


 きっぱりとそう言い切ると、エッカルト皇帝は厳しい表情で私を見つめてきた。

「ザルデイン帝国は獣人族の国だ。私たちは強靭な肉体を誇りに思っているし、肉体は祖先から与えられた大事なものだから、決して弄ったりしない。だから、国民は君のピンク色の髪を自然のものだと考えて、魔女に縁ある者だと熱烈に歓迎したのだ」


 皇帝の口調から、彼が私のピンク色の髪を染色したものだと考えていることに気付き、慌てて訂正する。

「私のピンクの髪色は自然のものです」

「……君は生まれた時、金色の髪だったと聞いている」


 それは事実だ。生まれてきた時、私は金髪碧眼だった。

 けれど、途中で髪色がピンク色に変化したのだ。

「6歳の時に、金からピンクに髪色が変化したんです」


 皇帝は唇を歪めた。

「君の家系で、ピンクの髪だった者が他にいるのか?」

「……いいえ、私だけです」

「君の国には?」

「……それも私だけです」

「そうか」


 皇帝の返事はイエスともノーとも断定するものではなかったけれど、私の髪は染色したものだと考えていることが見て取れた。

 その証拠に、皇帝は不快そうに顔を歪めると、警告するような声を出す。

「君が想像する以上に私たちは魔女を崇拝している。魔女は決して汚してはならない神聖な存在なのだ。偽物が魔女を模すのは不快でしかないから、決して魔女を真似するものではない」


 それは髪色をピンクから元の色に戻すようにとの命令だった。

 皇帝のぴりりとした雰囲気を感じ取り、先ほど彼が少し離れた場所から、私を射殺さんばかりに激しい眼差しで見つめていたことを思い出す。


 あれは私の髪を隠していたベールが滑り落ち、ピンク色の髪が露わになった瞬間だった。

 私のピンクの髪色を見た皇帝や彼の側近たちは、魔女の人気にあやかるために私が髪を染めたのだと考えて、怒りを覚えたのだろう。

 先ほどから、エッカルト皇帝が穏やかな表情を取り繕えなくなるのは、魔女に関する話題のみだ。


 それほど大事に思っていることで誤解をされたくないと思ったものの、この場でピンク色の髪が地毛だと示す方法はなかった。

 そのため、せめてこの刺々しい雰囲気だけでも和らげようと、私は話題を変えることにした。

 というか、この2人きりの機会を逃さず深く頭を下げた。


「エッカルト皇帝、このような場で申し上げることではないでしょうが、謝罪をさせてください。兄が不始末をしでかしたことに対し、心からお詫び申し上げます。お亡くなりになられたエーファ・ファルケ公爵令嬢及びお子様に対し、心からのご冥福をお祈りいたします」


「……顔を上げてくれ。国民から何事かと思われる」

 そのまま頭を下げ続けていると、頭上から感情の乗らぬ声が降ってきた。


 私ははっとして顔を上げると、そうだった、私は屋根のない馬車でパレードをしている最中だったわと現状を思い出す。

 馬車の両側に並んでいる国民たちを意識したのか、エッカルト皇帝の表情に怒りは見られなかったけれど、瞳の奥に抑えきれない激情が燃えていた。


 それも当然だろう。

 エッカルト皇帝は皇妃候補だった令嬢を亡くしたのだから、私の安い謝罪一つで全てを許せるはずがない。

 それなのに、私がパレードの最中に謝罪したため、彼が許すしかない耳目の多い場所を選んだのだと腹立たしさを覚えたのだろう。

 

 不思議なことに、皇帝が私に対して激しい憎しみを覚えている姿を目の当たりにしたことで、彼を尊敬する気持ちが湧いてくる。

 獣人族を率いる立場にある者として、一族の者を不当に扱われたことに怒りを覚える彼を立派だと思ったのだ。


 そのため、私は感情のままに、胸の内にある思いを言葉にした。

「私は不始末を仕出かした者の一族として、いつか必ずあなたに贖罪します。『破滅の魔女』の名のもとに約束します」


 先ほどから何度も、皇帝は私に魔女を模すなと警告していたのだから、私がここで魔女を名乗ることは悪手だったかもしれない。

 けれど、私はどうしても、私が持っている最高の称号のもとに、皇帝に約束したくなったのだ。


 私の気持ちを知らない皇帝は、彼の中の怒りを抑えつけようとでもするかのように目を瞑った。

 その姿を見て、これ以上は踏み込まない方がいいようね、と皇帝から視線を外す。


 それから、私は再び街路に視線を移すと、国民に向けて手を振り始めたのだった。

読んでいただきありがとうございます!

皆様のおかげで、日間ランキング1位になりました!!短編とか、完結済みとか全部含めて1位です。

投稿をはじめて5年以上経ちますが、日間総合1位は初めてなのでめちゃくちゃ嬉しいです。ありがとうございます ヒャッホ-ィ☆⌒☆⌒☆⌒ヾ(*>ω<)ノ

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どうぞよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾
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