エピローグ
「そうなんですか?」
一体どうしてそんなことをしたのかしら、と不思議に思って聞き返す。
すると、エッカルト皇帝は皮肉気に唇を歪めた。
「君が先ほど言ったように、種族として当然に持っている性質を抑え込むのは難しい。そして、獣人族は一族単位で物事を考えるから、王太子の罪は彼の血族である君が引き受けるべきだと公爵たちは考えた。彼らの感情を抑え込むのは難しかったため、私も彼らに同調してみせたのだ。それから、彼らの代わりに私が君を裁くと示すことで、彼らを抑えようとした」
「それは上手い方法ですね」
獣人族は血気盛んな種族だから、「王太子と王女は別物だから罪は連座しない」と説いても、誰一人耳を傾けないだろう。
皇帝が公爵たちの感情に同調し、代わりに私を裁くと示したことで、やっと公爵たちは報復を任せる気になったはずだ。
私の知らないところで、皇帝は私を助けてくれたのだわ。
「サファライヌ神聖王国と我が国は遠く離れている。そのため、君についての正しい情報を入手することは困難だった。だから、私は自分の目で確かめることにしたのだが、……君が賢く、情があり、人のために動くことができる人物だということが分かった。事前に我が国の言葉を覚え、文化を学んできた努力家でもある。君は立派な人物だ」
面と向かって褒められたため、顔を赤くしたところで、エッカルト皇帝が一転して厳しい眼差しを向けてきた。
「しかし、私にはどうしても許せないことがある。それは君の髪色だ。君は知らない国に一人で来た。魔女を模して、その権威にあずかり、国民に認められようとする気持ちは分からないではない。頭では」
エッカルト皇帝はそう言うと、ぐっと唇を噛み締めて視線を落とした。
「だが、心情的には、その髪色だけはどうしても許容できない。決して誰も、魔女をそのように扱ってはいけないのだ」
エッカルト皇帝は本当に魔女を尊敬し、崇拝しているのだわ。
「陛下のお気持ちは分かります。ですが、……私は陛下との婚姻が決まるずっと前から、ピンクの髪色をしていたんです」
皇帝が顔を上げ、私を見つめてきたので、私は分かってほしいと真剣な表情で見つめ返した。
「陛下が以前言われた通り、生まれた時の私は、金色の髪をしていました。けれど、6歳の時にピンク色に変わったんです。その時からずっと、私の髪はピンク色です。嘘だと思うのなら調べてください」
ザルデイン帝国とサファライヌ神聖王国は海で遠く隔たれている。
これまで正式な国交がなかったこともあり、得られる情報は断片的で誤りも多いはずだ。
もちろんエッカルト皇帝はそのことを理解しているはずで、彼は考える様子で黙り込んだ。
そんな皇帝を前に、私はふと、母国で元婚約者のヒューバートと、最後の会話を交わしたシーンを思い出す。
『私は帝国に受け入れてもらえるよう全力で努力するわ。嫁いだ日から、帝国が私の国よ。あの国に誠実に向き合い、国民たちを愛するわ』
私はヒューバートに向かってそう言った。
それから、心の中で自分に言い聞かせたのだ。
(私は何も持たずに帝国に行こう。それが私の最後のプライドだ)
けれど、―――私は間違っていた。
だって、私は何も持たずに帝国に来たのではなかったから。
私は、私自身を持って帝国に来たのだ。
私の全ては、サファライヌ神聖王国で培われたものだ。
そして、このピンク色の髪も生まれた時に備わっていたものでなく、母国で後天的に獲得したものだ。
私は母国での最後の時間を懐かしく思い出しながら口を開いた。
「陛下に嫁いだ日から、私はこの国を自分の国だと考えることにします。私はこの国と誠実に向き合うと決めたので、髪色についても嘘はつきません」
私はエッカルト皇帝をまっすぐ見つめた。
「私は16年かけて獲得した、私自身を持ってこの国に来ました。あなたが目にしている私に、何一つ嘘はありません」
私はきっと、エッカルト皇帝が探し求め、希求している魔女だろう。
けれど、そうではなく、サファライヌ神聖王国が育んだカティア・サファライヌとして彼の前に立とう。
私の脳裏に、ヒューバートへ告げた最後の言葉が浮かんでくる。
『ノイエンドルフ公爵、これまでありがとう。―――さようなら』
ヒューバート、私はあなたとともに多くのものを学んだし、一緒に成長したわ。
それらの全てを持って、私はエッカルト皇帝に嫁ぐから。
だから、あなたは私のことなんてとっくに忘れているかもしれないけど、……最後にもう一度お礼を言わせてちょうだい。
ありがとう、そして、さようなら。
母国での最後の思い出と決別したためか、ふらりと体がかしいでしまう。
そんな私を、エッカルト皇帝が慌てたように抱きとめた。
心配そうに眉根を寄せる皇帝を見て、私はなぜか大丈夫だという気持ちになる。
きっと、大丈夫。私はこの国で幸せになれるわ。
私は悪戯っぽい表情を浮かべると、冗談めかして皇帝に約束した。
「エッカルト陛下、兄の不始末の代償として、あなたは私を望まれました。それは正しい選択だったと、これから証明してみせますわ」
私の言葉を聞いた皇帝は虚を衝かれたような表情を浮かべたけれど、すぐにおかしそうに微笑んだ。
「……そうか、それは楽しみだ」
空はどこまでも青く、澄み渡っており、私の明るい未来を象徴しているかのように思われた。
これにて完結です! 楽しんでいただけましたら、★★★★★をよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)
本日、書籍が発売されました!
「【SIDEヒューバート】手放した運命の幸福を願う」を加筆しています。
素晴らしいイラストと加筆修正で最高の1冊になりました。
店舗によっては特典SSが付いてきますので、ぜひお好きな書店でお手に取っていただければと思います。
どうぞよろしくお願いします(* > <)⁾⁾*_ _)ペコリ♡
【0102追記】
いつも読んでいただきありがとうございます。
また、完結に伴うたくさんの感想をありがとうございます。
今回、編集部のご意向もあり、このような形で終了となりました。全ての読者の方々に満足いただける形にできなかったこと、申し訳なく思っています。本作品の今後については、出版社と話し合いをしながら考えていきたいと思います。
読んでいただきありがとうございました。