44 狙われた魔女 2
エッカルト皇帝の剣には氷が宿っていた。
先日、私が披露したへなちょこな氷魔法とは全然違う。
刀身は氷でできており、敵を切り裂くだけで相手を凍て付かせ、命までをも凍らせる代物で、普通の者では触れることすらできない特別な剣だった。
「こ、皇帝ともあろう者がここまで強いの!?」
私は驚愕して、大きな声を出す。
私の兄は王太子で、王になる者だったから、教養程度の剣の腕しか身に付けていなかった。
まさか王になる者が自ら戦うはずもないため、兄自身に何かあった時の自衛の手段として修めた程度のものだ。
それが普通だと思っていたため、皇帝が戦うための剣技を身に付けていたことに驚愕する。
しかも、青蜘蛛を一振りで屠るほど強いなんて、卓越した剣士であることは間違いない。
びっくりして見上げると、彼は真剣な表情で私を見つめていた。
「カティア、怪我はないか?」
一番に心配されたことに驚き、短い言葉を返す。
「え、ええ、大丈夫です」
皇帝は私の言葉を確認するかのように、私の全身に視線を走らせた後、安心したように頷いた。
それから、青蜘蛛に視線を移す。
「なぜ魔物が古代迷宮から出てきたのだ? 200年前、魔女がこの宮で暮らしていた時、魔物が魔女を求めて彷徨い出たことがあったと言うが……それほど昔に遡らなければならないほど、珍しいことのはずだ」
「…………」
エッカルト皇帝が口にした言葉が核心的過ぎて、返事をできずに黙り込む。
皇帝は自分の考えを整理するかのように、さらに言葉を続けた。
「最近は皇宮で、おかしなことばかりが起きる。魔女が植えたと言われる桃夢花が咲き、魔女の使い魔である聖鳥がさえずった。そればかりか、今度は古代遺跡に引き籠っているはずの上位の魔物が地上にはい出てきた。……いや、常にないことが起こるのは皇宮ばかりではない。狼領で我が国3つ目の古代遺跡が発見されたのだ」
「…………」
エッカルト皇帝が一つ一つ魔女に関する事柄を羅列するのを聞いて、どくどくどくと心臓が拍動し始める。
エッカルト皇帝の推理力は恐ろしく高い。点と点を結び付けて、真実を探り当てようとしているのだから。
もしも私が魔女だとバレたら、皇帝は私をどう扱うのかしら。
よく分からないけど、私にとってよくない結果をもたらすような気がする。
ドキドキしながらエッカルト皇帝の次の言葉を待っていると、皇帝は振り返って私を見つめてきた。
私を見る時の癖なのか、彼の視線が思わずといった様子で髪に逸れる。
それから、皇帝は諦めたように目を瞑った。
「君がピンク色の髪をしているだけで、全ての物事がドラマティックに仕立て上げられるな。偽物だと分かっているのに、そのピンク色の髪を本物だと信じ……君が魔女の眷属に思えてくるのだから」
それが、私は本物の魔女なのよね。
何も言えずに皇帝を見上げると、彼の顔色がいつになく悪いことに気が付いた。
そうだ、皇帝は簡単に上位の魔物を屠ったけれど、あれだけの魔物を一閃するためには、恐ろしい量の魔力を剣に吸われたはずだ。
以前、ジークムントがエッカルト皇帝は体調が悪いと言っていたから、先ほどの戦いは彼にとって大きな負担になったに違いない。
それなのに、どうして彼は私を助けてくれたのかしら。
たまたま通りかかったのだろうけれど、彼に私を助ける義理はないから、そのまま見て見ぬふりをしても誰にも咎められないだろうに。
彼の行動が私には理解できないものだったため、思わず皇帝に質問する。
「どうしてエッカルト陛下は私を助けてくれたのですか? 私のことがお嫌いでしょうに」
「……そのようなことを、私は一度でも君に言ったか?」
そのくらい言われなくても分かるわ、と私は至極当然の言葉を返す。
「私だって、それくらい気付きますよ」
皇帝は横目で私を見ると、感情を滲ませない声で続けた。
「だとしたら、君の観察力不足だな。私は君を嫌ってはいない」
そんなはずないと思ったので、私は思わず大きな声を出す。
「ですが、獣人族は個人でなく、一族として物事を捉えると聞いています! それは種族としての考え方なので、私はその考えを尊重します。ですから、『不祥事を起こした王太子の妹』ということで、皇帝が私を嫌うことは仕方がないと思います」
すると、エッカルト皇帝は思ってもみないことを口にした。
「君がサファライヌ神聖王国の王太子と別人だということは分かっている。彼の罪が君に連座することはない。だから、そのことで君を糾弾するつもりは一切ない」
私はびっくりして目を見開く。
「え、そうなんですか? でも、『八聖公家』の皆様は……」
『八聖公家』の公爵たちは、初対面の時から全員、私のことを嫌っていた。
そのため、ああ、不祥事を起こした王太子の妹として、当然のように嫌われたのだと理解した。
彼らが獣人族である以上、そう考えるのは仕方がないことだし、エッカルト皇帝も同様だと思っていた。
けれど、彼は『不祥事を起こした王太子の妹だから』と、当然には私を嫌っていなかった、というのだろうか。
「『八聖公家』の連中は、獣人族の中でも特にその特色を色濃く受け継いでいるからな」
皇帝が、公爵たちが私を嫌っていることを暗に認めたため、彼はこの件について嘘をつく気がないのだと理解する。
それはつまり、彼が私を嫌っていないという発言も事実だということだろう。
「大変失礼しました。私はエッカルト陛下を誤解していたようです」
私の方が偏見を持っていて、勝手にエッカルト皇帝の感情を決めつけていたのだわ、としゅんとなる。
すると、エッカルト皇帝は気にしていないとばかりに肩を竦めた。
「君がそう思い込むのももっともだ。実際のところ、公爵たちも君が誤解したのと同じ理由で、私が君を嫌っていると思っているからな。こちらの方は、そう思わせるような言動を、私が彼らの前で取ったからだが」
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