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43 狙われた魔女 1

 翌日、私は皇宮の庭にある東屋で、一人で紅茶を飲んでいた。

 そして、どうにもならないことを悩んでいた。


「はあ、どうしてエッカルト皇帝はあれほどイケメンなのかしら」


 長年一緒にいたヒューバートとの婚約がダメになり、もう恋愛はこりごりだと思っている私ですら引き込まれそうな魅力というのは問題だわ。どうにかならないものかしら。


 他に類を見ないほどの美貌だけならまだしも、内面がイケメンなのだから、逆らう術が見つからない。

 顔がいい。声もいい。能力も高くて、立派な指導者で、男気があって、情に厚い。

「ああー、一体どこに欠点があるのかしら!」

 私はテーブルの上に突っ伏すと、頭を抱えた。


 私は石木でできているわけじゃないから、イケメンを見るとカッコいいと思うし、男前な行動を取られると素敵だなと思ってしまうのよね。

 唯一の救いは、彼が私を嫌っていることなのだけど、さすがイケメンだけあって、嫌っている私に対しても誘惑するような言動を見せてくる。


 特に、昨夜のエッカルト皇帝は酷いものだった。

 彼は深い意味なく行動しているのかもしれないけど、私は慣れていないこともあって、エッカルト皇帝の一挙手一投足に翻弄されてしまうのだ。

 あんなことをされたら勘違いしてしまい、皇帝に好意を寄せるようになったとしても、仕方がないんじゃないかしら。


 それとも、あれっぽっちの行動は獣人族にとって挨拶のようなもので、私が過剰反応しているだけなのかしら。

「兄の不始末の代償として嫁ぐからと、色々と覚悟してきたのだけど、至上のイケメンからあんな目で見つめられ、誘惑されるようなことを言われるのは想定外だわ。さすがに私もぐらりとくるというか……」


 はあ、もしかしたら私は、恋愛的にチョロいのかしら。

 残念な私の特質に気付き、大きなため息をついたところで、突然、背筋にぞくりと凍えるような感覚が走った。


 何事かしらと視線をやると、木々の間から異形の生物が顔を覗かせていた。

 母国で散々目にした特徴ある形状を見て、はっと息を呑む。魔物だ。


 その姿を見たことで、ジークムントが皇宮の地下にある古代遺跡は迷宮ダンジョンとつながっていると言っていたことを思い出す。

 それから、迷宮には魔物が棲んでいるということも。


 母国に古代遺跡はなかったものの、迷宮は複数存在していた。

 そして、迷宮には必ず魔物が存在したから、その対応は騎士団を統括する私に任されていた。

 私はこれまで何百、何千という魔物を討伐してきたから、目の前に現れた魔物が、普段は深淵に引き籠っているような強い種類だということが分かる。


「それなのに、深淵から出てきたばかりか、迷宮の外にまで出てくるなんて……」

 私の口から不満が零れ落ちた。


 ジークムントは『古代遺跡と迷宮はつながっているから、迷宮に棲む魔物が古代遺跡に流れ込む』との説明と同時に、『魔物が遺跡の外に現れることは滅多にない』とも言っていた。

 それなのに、迷宮の深淵に棲む魔物が遺跡の外にまで出てきたのは……多分、私が原因だろう。


 先日、ジークムントが口にした言葉が思い出される。

『古代遺跡には高ランクの魔物も侵入してきます。古代遺跡の一角が、魔物が発生する迷宮ダンジョンとつながっていて、そこから、魔女の使用人という美味しい餌につられて、魔物が入ってくるんです』


 一時的なことにせよ、私は狼領で魔女に変態した。

 元には戻ったけれど、あの時、私の体は魔女に近付いたのじゃないだろうか。

 そして、魔物はそのことを感じ取り、魔女である私を追ってきたのじゃないだろうか。


 魔物にとって、魔女の使用人が美味しい餌であるのならば、魔女本人はもっと美味しい餌になるはずだから。

 そして、魔物の種類によっては、人間の何百倍もの嗅覚を持っていたり、知覚能力に優れていたりするから、それらの特性を生かして私の存在に気付き、迷宮から出てまで探しに来たのじゃないだろうか。


「あああ、どうしてあと1か月後に現れてくれないのかしら!」

 私は今、片腕を治療中で、完治するまで1か月かかると言われている。


 魔法を発動させる場合、必ず魔力が腕を通るから、怪我をした状態で行使すると大変なことになるのだ。

 下手すれば、二度と魔法が使えなくなるかもしれない。


「ううー、でも、やるしかないわ。ものすごく努力して、ここまで極めた魔法が使えなくなるのは悲しいけれど、死ぬよりはいいもの」

 下手に逃げ出しても追ってこられるだけだろうし、そうしたら被害が拡大するはずだ。

 だから、ここで仕留めてしまうのが最善だろう。


 私は立ち上がると、魔物をじっと見つめた。

 目測で、魔物との距離を測る。

 

 目の前にいるのは、真っ青な鎧を身に着けた巨大な蜘蛛だ。

 青い鎧を身に着けているため、上位の魔物に当たる。

 同じ蜘蛛型の魔物だとしても、青い鎧を身に着けている者の攻撃力は高く、特性である専用の糸も長く強靭だ。


「はあ、このレベルの魔物であれば、騎士と魔法使いで戦うのが基本なのに、あいにく今日は私一人なのよね」

 魔法使いはどうしても詠唱時に隙ができるから、騎士とともに戦うのが基本ルールだ。

 目の前にいる魔物は上位種だから、狡猾だし素早いだろう。

 普通に考えたら、魔法使い一人で対応する相手ではないのだけれど、今日ばかりは仕方がない。


 私は片腕が使い物にならなくなる覚悟をすると、両手を構えた。

 長々と呪文を唱えていたら、その間に攻撃されるだろうから、詠唱省略すべきだろう。

 ただし、その場合は通常よりも威力が劣るので、ぎりぎりまで引き付けなければならない。


 私は魔力発動に必要な時間を計算しながら、青蜘蛛が近付いてくるのを見つめる。

 距離はあと15メートルだ。

 私は魔力を完全に体の中に閉じ込めているから、青蜘蛛は私のことを魔法使いだとは認識していないはずだ。

 だから、何の脅威にもならないだろうに、警戒しているのかゆっくりと近寄ってくる。


 あと10メートル、……7メートル、……5メートル。

 今だわ、と思ったところで、青蜘蛛も同じように考えたのか飛び上がると、私に向かって糸を吐き出してきた。


 糸が体に巻き付いたとしても魔法発動に影響はない、と避けることなく呪文を口にしかけたその時。

「『炎……』」


 私の目の前に何者かが飛び出してきたかと思ったら、剣で蜘蛛の糸を切り裂いた。

「えっ?」


 突然、私を魔物から庇うように現れた大きな背中を見て、私は目を見開く。

 その私の視界に、エッカルト皇帝が剣を大きく一振りする姿が見え……たったそれだけで、青蜘蛛は倒され、地に伏したのだった。

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「【SIDEヒューバート】手放した運命の幸福を願う」を書下ろしました。
カティアを帝国に嫁がせた際、彼女の母国と元婚約者は何を思っていたのか……アンサー編です。

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イラスト担当のセレンさんによる試し読み漫画です

どうぞよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾
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