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42 皇帝との深夜の遭遇

 感動冷めやらぬ様子のジークムントを部屋に残すと、私は彼の部屋の扉を外側からぱたりと閉めた。


 ……困ったわね。私が魔女であることに、疑問の余地がなくなってきたわよ。


 ザルデイン帝国に来て以来、私は自分が魔女であるという事実を、突き付けられ続けている。

当然のことながら、母国にいた時には考えられなかった事態だ。


 もしもこの国に来ることがなかったら、私はきっと自分が魔女だと知らずに過ごしていたはずだ、と考えたところで背筋がぶるりと震えた。

 なぜだかそのことがすごく恐ろしいことに思えたのだ。


 自分の考えに没頭していたせいか、至近距離まで近付いて初めて、エッカルト皇帝が廊下に立っていることに気が付く。

 夜遅い時刻だというのに、きっちりとした服を着用している皇帝を見て、こんな時間まで仕事をしていたのかしらと申し訳ない気持ちになった。

 私が怪我をしたせいで、一緒に狼領に留まることになり、それが原因で仕事が溜まっているのじゃないかしらと思われたからだ。


「エッカルト陛下、遅くまでお仕事ですか?」

 話の取り掛かりになれば、と質問してみたけれど、皇帝は答えることなく、目を細めて咎めるような声を出した。

「こんな夜更けに男性の寝室から出てくるとは、褒められたものではないな」


 完全なる言いがかりに、私はぎょっとする。

「ご、誤解を招くようなことを言うのは止めてください! もちろん分かって言っているのでしょうが、ここはあなたの腹心の部下であるジークムントの部屋ですよ。問題など起こるはずもありません」


 エッカルト皇帝は不同意を示すかのように、わずかに首を傾げた。

「昨日までならその言葉を信じられたが、今となっては自信がないな。あの狼は完全に君に陥落した」


 その瞬間、ぶわりと全身に鳥肌が立つ。

 あ……っ、エッカルト皇帝は私を誘惑しようとしているわ。


 なぜだか突然そう思い、後ろに下がると、背中が壁に阻まれた。

 エッカルト皇帝は両手を伸ばしてきたかと思うと、私の顔を挟み込むような形で壁に手をついたため、皇帝の腕の中に閉じ込められてしまう。


「えっ?」

 驚いて目を上げると、エッカルト皇帝の端整な美貌が私を見下ろしていた。

 得も言われぬいい香りがふわりと漂ってきて、私の体温がどくりと上がる。


 蛇に睨まれた蛙のように追い詰められた気持ちになっていると、皇帝が体を屈め、触れんばかりに近付いてきた。

 至近距離で瞳を覗き込まれ、心臓が破裂しそうなほどばくばくと拍動する。

 これ以上は耐えられない、と思ったところで、エッカルト皇帝の魅惑的な声が響いた。

「見間違いか? 赤い瞳に見えたが……炎が瞳に映り込んでいただけか」


 確かに私の頭上にはランプが設置されており、炎が赤々と燃えている。

 なるほど、炎の反射で瞳が赤く見え、まるで魔女の色を持つように見えたということね。それは確かに確認したくなるわよね。

 そして、もう確認は済んだのだろうから、離れてもらうとありがたいわ。


 エッカルト皇帝は深夜に2人きりの廊下で密着するにはイケメン過ぎるから、心臓が持たないのよね。

「エ、エッカルト陛下、どうか離れて……」

「ジークムントの忠誠心は、『八聖公家』の中でも抜きんでて高い。その彼が、私の妃となる者を夜中に私室に入れるとはよほどのことだ。君が魔女であるのならば、その疑問は解決するのだが、そのような夢物語があるはずもない」


「…………」

 偶然ではあるものの、エッカルト皇帝の言葉は真実を引き当てていた。

 その通りですと頷けば、目の前の問題は片付くのだろうけど、より大きな問題を引き寄せることは火を見るよりも明らかだったため、肯定も否定もできずに彼を見上げる。


「君の夫になるのは私だ。だから、君が誰かを誘惑したくなったら、まず私に誘いかけるべきだ」

「さ、さ、誘いかけるって……」

 私は触れそうなほど近くにいる、嫌になるほど整った顔立ちを見つめた。


 すごいわね。近くで見ても、何一つ欠点がない美貌だわ。

 肌はすべすべだし、瞳は宝石のように輝いているし、まつ毛は濃くて長いし、歯は真っ白だし……先ほどから漂ってくる香りがどんどん濃くなってきて、頭がくらくらしてきたわ。


 これは間違いなく、私がエッカルト皇帝に誘いかけたとしても、ミイラ取りがミイラになるというか、私の方が誘惑されてしまうわよね。

 そう考えていると、追い打ちをかけるように魅惑的な声が降ってきた。

「君はこういうことに慣れているのだろう?」


「な、慣れている?」

 皇帝は何のことを言っているのかしら。

 ダメだわ。度を越えたイケメンというのは、相手を混乱させる効果があるようで、エッカルト皇帝の言葉が理解できない。


「君は母国にいた時、騎士団で多くの男性を侍らせていたと聞いている」

 それは、騎士団を統率していたことを言っているのかしら。


「そ、そうですね。あそこでは皆が私を歓迎してくれたので居心地がよく、いつだって騎士団に入り浸っていましたね」

 働き過ぎだからもっと休みなさい、と騎士たちに言われていたことを思い出す。


 母国での私は完全にワーカホリックだったわ、と現実逃避のため思考を飛ばしていると、エッカルト皇帝が呆れた様子でため息をついた。

「人間族の王女の行為としては咎められないのかもしれないが、君は私の妃となるのだ。獣人族は非常に独占欲が強いから、気を付けた方がいい。今後、同じようなことをすれば、君は酷い目に遭うだろう」


 ひ、酷い目? って何かしら。

 私は最強の魔女だから、どんな攻撃を受けてもやり返せるから心配ご無用です! って話ではないのよね、きっと。


 どんな言葉を返しても危険な気がしたため、私はただただ従順に頷いた。

 そんな私を見て、エッカルト皇帝は皮肉気に唇を歪める。

「ここで頷くのか。君は本当に……危機回避能力が高い」


 そう言うと、エッカルト皇帝は私の反応を確認するかのようにじっと見つめてきた。

 未だ危険は続行中に思われたため、下手な刺激を与えないようにと、瞬きもせずに皇帝を見上げる。

 すると、エッカルト皇帝はゆっくりと傾けていた体を起こした。


 それから、私を見つめたまま、まるで捕食対象を眺める肉食獣のように目を細めた。

「……おやすみ、私の魅力的な人間族の婚約者殿」

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