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39 魔女の植物 6

 よかったわねと思いながら嬉しそうなジークムントを見つめていると、エッカルト皇帝が近付いてきて、私の耳元でぼそりと囁いた。


「カティア、君はよく自分の発言を間違いだと認めたな。君の発言は、狼一族がジークムントを手酷く扱う様子に腹立たしさを覚えて出たものだろうし、自分の発言を間違いだとは思っていなかったはずだ」


 私はちらりとエッカルト皇帝を見上げると、心の中で頷いた。

 確かに皇帝の言う通りだ。

『取り替えられでもしない限り、ジークムントのような優秀な者がこの一族に生まれるはずはない』と発言したことを、私はこれっぽっちも後悔していないし、反省もしていないのだから。


「君が認めたのは、ジークムントのためだな。誇り高い狼一族は、決して自分たちの過ちを自ら認めないだろう。君が折れなければ和解に時間がかかっただろうから、ジークムントのために君が泥をかぶったのだ」

 まあ、お見通しねと思ったけれど、私は純粋な好意だけで動いたわけではないし―――何なら狼一族は皆、少しくらい痛い目に遭えばいいのだわと思ったくらいだから、ここで褒められるのは違うわよね、と曖昧な返事をする。

「……勢いで行動したら、こうなっただけです」


 私の答えを聞いた皇帝は、驚いたように目を丸くした後、おかしそうな笑い声を上げた。

「ははは、そう返してくるか! 獣人族ならば誰であれ、己の手柄だと威張り散らす場面だろうに、ここでとぼけるのか。なるほど、今後は君の行動に注意しなければならないようだな。君はおとなしそうにしている時が一番危ない」


「い、いえ、陛下はお忙しいのですから、私のことなど気にしないでください。先ほども言いましたが、私は虚弱で繊細でか弱い人間族ですから、いつだっておとなしくしていますので」

 エッカルト皇帝は有能で何事も見逃さなさそうだから、目を付けられたらたまらないと、放置してほしいと主張する。


 私は本気で言ったというのに、エッカルト皇帝は相手にすることなく、再び笑い声を上げた。

「ははは、本当に君は面白いな。これだけのことをやったというのに、これが君のいつも通りだと言うのならば、私は常に君に気を配っていなければいけないということだ。何と言っても、君は大した策略家だからな」


「さ、策略家?」

 顔をしかめて聞き返すと、エッカルト皇帝は機嫌がいい様子で頷く。


「君はジークムントの性格を理解しているようだから、親子関係が明らかにされた時点で彼の背中を押せば、あの親子が和解することは分かっていたはずだ。しかし、ジークムントの勝利を確定させるため、君は敢えて彼の両親が歩み寄る方法を取った。まるで盤上の駒のように、君は人々を思い通りに動かせるのだな」


 私はぎょっとして皇帝を見つめた。

「そ、そんなことできませんよ! 私はただ……」

 何と言えば皇帝を納得させることができるのかしら、と私は必死で考える。


 多分、謙遜してばかりいてもダメなのだろう。ちょっとばかり自分に都合がいいことを言った方が、説得力が増す場合があるから、ここは少しばかり偽悪的に返すべきかもしれない。

「陛下が言われる通り、私はジークムントのことが分かってきました。そのため、彼がとっても役に立つことも分かってきました。だから、今後も私のために働いてもらおうと、恩を売っただけです!」


 皇帝はにやりと口元を歪めた。

「そうか。だとしたら君の行動は最高の結果を引き出すだろうな。ジークムントは通常価格の10倍で恩を買うぞ」

「えっ?」


 10倍?


「今後は付きまとわれることを覚悟するんだな」

 私はぎょっとしてエッカルト皇帝を見つめた。

 ただでさえジークムントは私の面倒を見過ぎだと困っていたところなのに、これ以上ですって?


「あっ、いえ、実のところ、ジークムントには十分よくしてもらっているので、これ以上というのはよくないですね。今回、彼は狼一族と理解し合ったようですから、今後は領主としての仕事も増えるだろうし、そちらに専心してもらうべきですね」


「手遅れだ」

 エッカルト皇帝はあっさりそう言うと、からかうように私を見下ろした。

「君はまだ狼の気質を知らない。彼らは誇り高い分、自分たちの誇りと価値を高めてくれた者に、多大な恩を感じる傾向がある。君は我が帝国でも2か所しか見つかっていない古代遺跡を、彼らの根城の地下に見つけたのだ。狼一族にとって、これ以上名誉なことはない」


「そ、それはジークムントの功績で……」

「この地はジークムントの領地だ。これまで彼は、この地で何千日と過ごしている。その間に何も起こらなかったことが、君がこの地に来た翌日に発現したのだ。誰の影響なのかは、言われなくても皆分かっている」


「いや、その、私は」

「カティア、君はこれまで私が見たこともない種類の人間だ。己の手柄だとふんぞり返る場面で、必死に己の功績をなかったことにしようとするのだからな」


「ぐう……」

 言葉に詰まる私の前で、皇帝はおかしそうに微笑んだけれど―――その微笑みはこれまでのような、何を考えているか分からないものではなく、表情通りおかしく思っているのだと信じられるようなものだった。


 そのため、私は何かに失敗したような、あるいは、何かを上手くやり過ぎたような気持ちになったのだった。

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ノベル1巻
「【SIDEヒューバート】手放した運命の幸福を願う」を書下ろしました。
カティアを帝国に嫁がせた際、彼女の母国と元婚約者は何を思っていたのか……アンサー編です。

漫画試し読み
イラスト担当のセレンさんによる試し読み漫画です

どうぞよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾
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