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38 魔女の植物 5

「ま、まさか! ジ、ジークムントは真実、私たちの子どもなのですか?」

 半信半疑な様子で尋ねてきた前公爵に、エッカルト皇帝ははっきり頷いた。

「ああ、魔女が親子鑑定のために生み出した『魔女の占い葉』だ。間違いはない」


 葉っぱの色が変化する。その変化によって、血族であるかどうかを証明するという非常にシンプルな植物が『魔女の占い葉』だ。


 いくら事前に実証実験を行ったとはいえ、長年信じていたことが覆されたのだから、簡単には受け入れられないだろう。

 そう思っていたけれど、皇帝が『魔女が編み出した方法だ』と口にした途端、前公爵は納得した様子を見せた。


 まあ、魔女の名前を出しただけで納得するなんて、魔女はものすごく信用されているのね。

 びっくりして目を丸くしていると、私の視線の先で、前公爵夫人が呆然と呟いた。

「ジークムントが私の実の息子……」


 その様子から判断するに、どうやら前公爵夫人は本気でジークムントのことをチェンジリングだと信じていたようだ。

 けれど、頬を赤らめてジークムントを見つめたので、今では前公爵同様、彼が自分の息子だと理解したのだろう。


 長年の誤解が解けたのだから、感動的な親子の対面シーンが見られるのかしらと期待したけれど、前公爵夫妻はちらちらとジークムントを横目で見るだけで、動こうとはしなかった。

 一方のジークムントも難しい顔で立ち尽くしており、両親に近寄る様子は見られない。


 ああ、せっかく血縁関係が証明されたというのに、長年不仲だった関係性が邪魔をして、互いに親子だと受け入れがたいのかしら。

 がっかりしながら3人をそれぞれ確認したところ、ジークムントの耳が不自然に真っ赤になっていることに気が付いた。

 ジークムントは難しい顔をしていると思ったけれど、見方によっては、笑いだしそうな表情を必死で抑えているようにも見える。


 真実を見極めようとジークムントをじっと見つめたところ、彼の唇が笑う寸前のようにぴくぴくと動いていることに気付いた。同時に、彼が一族を好きだと言っていたことを思い出す。


 そうだわ、ジークムントは一族が大好きで、血縁関係の有無にかかわらずずっと一緒にいたいと言っていたのだった。

 そんなジークムントが、実際に前公爵夫妻の子どもだったと分かって、喜ばないわけがなかったのだ。


 きっと、ジークムントは拒絶された時間が長過ぎて、どう反応していいか分からないのだろう。

 だから、「ジークムントが実の息子だと分かって、前公爵夫妻は嬉しいみたいよ」と言えば、彼は大喜びで両親に好意を示すはずだ。けれど……どうしてジークムントの方から好意を示さなければいけないのかしら。


 私は面白くない気持ちで、互いに距離を置くジークムントと彼の両親を見つめる。


 ジークムントは何一つ悪いことをしていないのに、長年、『実の息子ではない』と酷い対応をされてきたのだ。

 だとしたら、今回ばかりは彼の両親から歩み寄るべきじゃないかしら。

 だから、前公爵夫妻が親子関係を受け入れたい、と思う状況をどうにかして作り出したいのだけど……。


 少し考え、いいことを閃いた私は、『一族と一緒にいるのが幸福だ』と言い切ったジークムントのために、一肌脱ぐことにした。

 作戦名は『狼領主、ほめほめ大作戦』だ。


 私は片手を頬に当てると、申し訳なさそうな表情を作って前公爵夫妻に向き直った。

「前公爵、それから公爵夫人、いつぞやの私の言葉を撤回させてちょうだい。『取り替えられでもしない限り、ジークムントのような優秀な者がこの一族に生まれるはずはない』と発言したけれど、あれは間違いだったわ」


 私の言葉を聞いた皇帝は、ぎょっとした様子で肩を跳ねさせた。

 彼がちょっと目を離した隙に、カティアはなぜそんな敵を作るような発言をしたのだ、とその表情は物語っていた。


 一族が大好きで、自分たちは優れた種族だと信じている狼一族にとって、私の発言は腹立たしいものだろう。

 皇帝が瞬時にそう考えたように、私にだってそれくらいのことは分かっている。

 逆に言うと、分かっていたからこそ、敢えて彼らを煽る発言をしたのだ。

 ジークムントを散々虐げてきた一族なのだから、全員が少しばかり不愉快な思いをすべきだと感じたからだ。


 そんなこれまで決して従順と言えなかった私が前言を撤回し、しおらしい態度を見せたため、前公爵夫妻は用心深い表情を浮かべた。

 2人の視線を意識しながら、私は称賛するような表情でジークムントを見つめる。

「ジークムントは誇り高き狼一族から生まれた立派な狼だわ! だからこそ、これまで誰も知らなかった狼城の地下にある古代遺跡を見つけたし、私と一緒に『魔女の庭園』を発見することができたのよ」


 私の言葉を聞いた狼一族は、唸るような声を上げたかと思うと、私の言葉にすかさず食いついてきた。

「そ、その通りです! ジークムント公爵は私たち狼一族の自慢の当主です!」

「正直なところ、ジークムント公爵の顔立ちは前公爵にそっくりだと、前々から思っていたんです!!」

「あ、汚っ! オレだってずっと前から同じことを思っていたのに、先に言うな!!」

「さすがは公爵家のお血筋ですね! 偉大なる狼一族の歴史を、ジークムント公爵が塗り替えられたのです!!」


 どうやら前公爵夫妻よりも早く、一族の者たちが陥落したようだ。そして、彼らの発言を聞く限り、狼一族は調子のいい連中ばかりのようだ。 

 一族の皆が陥落したことで、ジークムントの両親も息子を受け入れやすくなったのか、前公爵夫人がうっとりとした顔で口を開く。

「知らなかったわ。息子が偉業を達成すると、親の私の名誉にもつながるのね。ふふふ、私の血を引いた息子が、魔女の古代遺跡を見つけた……最高じゃないの」


 同様に、前公爵も嬉しそうにニマニマし始めた。

「その通り、さすが私の息子だ! これほど立派なジークムントが私の血を引いているなんて、何とも誇らしい気持ちだな!!」


 うーん、2人とも息子への愛情よりも、名誉欲の方が表に出てきているわよ。

 残念なことに、ジークムントの両親は純粋な気持ちで息子を歓迎しているようには見えないわ。

 そう不満に思ったけれど、単純なジークムントは嬉しそうに目を潤ませた。

「父上! 母上! オレを誇りに思ってくれるんですね!!」

 彼は頬を紅潮させると、大きな声で感激の言葉を述べた。


 ああー、嬉しそうなジークムントを見ると、私も嬉しくなってくるわね。

 こんなにジークムントが喜んでいるのだから、彼の両親にとって名誉欲が8、ジークムントへの愛情が2だったとしてもいいじゃないの。


 それに、ジークムントはこんなに素直でいい子なのだから、親しく接していたら、すぐに心からの愛情が湧いてくるんじゃないかしら。


 そう自分に言い聞かせていると、前公爵夫人がジークムントに近付いてきて、笑顔で息子に両手を差し出した。

「お帰りなさい、私の可愛い息子。あなたを妖精に盗られたかと思っていたけれど、ずっと私の側にいてくれたのね」


 続けて、彼の父親が自信満々に自分の胸をどんと叩く。

「ああ、お前は誰に恥じることない立派な私たちの息子で、狼一族の当主だ!」


「ち、父上、母上!!」

 感激した様子のジークムントを見て、これが正解だわと私は笑みを浮かべたのだった。

いつも読んでいただきありがとうございます!

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どうぞよろしくお願いします。

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