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37 魔女の植物 4

 私は狼一族に向かい合うと、努めてにこやかに口を開いた。

「皆様は、私を心配して探し回ってくれたのね。それはものすごく大変なことで、だからこそ、苦情を言いたくなったのでしょう。ええと、つまり私は決して部屋から出ることなく、室内でおとなしくしていればよかったのかしら。たとえば、ずっとベッドに横になって、天井の模様でも眺めているべきだったのね」


 前公爵夫人はちらちらとエッカルト皇帝を見ながら、慌てた様子で口を開く。

「な、何もそこまで言っていませんわ」

「あら、そう。とても強い口調で言われたから萎縮してしまい、発言内容を取り間違えたのかしら。ほら、私は虚弱で繊細でか弱い人間族だから」


 私は片手を頬に当てると、ほうっとため息をついた。

「いずれにせよ、私は部屋に閉じこもっておくべきところを、戸外をウロウロと歩き回って皆に迷惑をかけたのね。ふう、うっかり『魔女の庭園』を見つけてしまったことだし」


「は?」

「ま、『魔女の庭園』!?」

「冗談ですよね??」


 驚愕した様子の狼一族を見て、私はしかつめらしい表情を浮かべる。

「それが冗談ではないの。しかも、『魔女の庭園』には魔女が育てた植物が残っていたの。魔女の植物には魔女の魔力が含まれているのでしょう? 特別なお料理を作れるかもしれないと思ったから、ほら、少し摘んできたわ」


「……ま、魔女が育てた植物!!」

「それが見つかった!?」

「そして、摘んできた??」

 狼一族は目を丸くすると、私が手に持っている葉っぱをじっと見つめた。


 随分長い間凝視していたので、どうやら新しい情報が次々ともたらされたため、一つ一つの事実を飲み込むのに時間がかかっているようねと思う。


 一方のエッカルト皇帝は、私が発言し始めた時から訝し気な表情をしていたけれど、話が進むにつれてどんどん目を細め始め、今や完全に疑うような表情を浮かべている。

 あらまあ、私は正直で気のいい魔女なのだから、疑わないでほしいわね。


 そう考えながら、私は皆に向かってにっこりと微笑んだ。

「なんて思ったけど、せっかくだから、この植物は料理以外のものに使おうかしら」


 狼一族は私が何を言っているのか全く理解できない様子で首を傾げると、続く私の言葉を聞き逃さないよう耳をそばだてる。

 ジークムントは考える様子で腕を組むと、私が手に持っている魔女の植物と私の顔を何度も見比べた。

「私は狼城に何日も滞在し、皆に歓待してもらったわ。それだけでなく、先ほどは私を探す手間と時間までかけてもらったのだから、何かお礼をしないといけないわね」


 私の言葉は先ほど、私を探し回ったことの不満を示してきた狼一族への嫌味で、そのことは誰だって分かっていると思ったけれど、唯一分かっていないジークムントが間髪をいれずに言い返してくる。

「お礼なんてとんでもないことです! お姫様が我が城に滞在してくださったことが、何よりの褒美ですから!!」


 ジークムントと同列である『八聖公家』のルッツが、『正気か!?』という顔でジークムントを見つめた。

 狼一族は顔を引きつらせ、エッカルト皇帝は無表情を保つ。


 私は手に持っていた葉っぱを目の高さまで持ち上げると、ひらひらと振った。

「これが魔女の庭園で見つけた植物よ。人の手のひらみたいな形をしているから、『魔女の占い葉』と呼ばれているんですって」


 どういう仕組みなのか、その植物についての知識がすらすらと口から出てくる。

 本当に不思議だこと。私は初めてこの植物を見たのに、どうして頭の中から次々と情報が出てくるのかしら。


「面白い名前でしょう? この植物は食用にもできるのだけど、よく別の用途に使われていたみたい。それは何かというと……」

 含みを持たせて言いさしたというのに、エッカルト皇帝があっさりと答えを口にした。

「親子鑑定だ。そのことは魔女に関する秘密文書に書かれていた」


 私はあら、と意外に思う。

 エッカルト皇帝が口を出してきたということは、彼は私の共犯になってくれるつもりかしら。

 ちらりと見ると、皇帝が真顔で見返してきたので、どうやら本当に私の味方になってくれるつもりのようだ。


 まあ、これから私が何をしでかすか分からないのに、私の味方になることを表明するなんて、大した決断力だこと。

 そうであれば、皇帝の影響力を利用させてもらうわ、と微笑みながらエッカルト皇帝を大袈裟に褒める。

「さすが陛下ですわ、正解です! もしかしたら、使用方法も分かります?」


 皇帝は私がたくさんの葉っぱを持っていることを確認すると、ジークムントの従妹を近くに呼んだ。

 それから、彼女の両親、さらにはジークムント本人を呼ぶと、4人に一枚ずつ葉っぱを渡し、それぞれの葉っぱに己の血液を垂らすよう言いつける。

 その様子を見て、どうやら皇帝は本当に『魔女の占い葉』の使用方法を理解しているようね、と感心した。


 先ほど皇帝が『魔女に関する秘密文書に書かれていた』と口にしていたので、魔女に関するなにがしかの文書が皇宮に保管してあるのは間違いないだろう。

 だから、皇帝はその文書を読んだことがあるのだろうけれど、目を通しただけで実践できるのだとしたら大したものだわ。


 4人を見ると、長い爪で小指の先を傷付け、数滴の血液を葉っぱに垂らしていた。

 皇帝はその様子を確認すると、4人が持つ葉っぱを、それぞれ2つにちぎるよう指示する。

「まずは親子関係がある場合の証明だ」


 そう言うと、ジークムントの従妹と彼女の両親に指示を出した。

 彼女の両親は、それぞれ自分の葉っぱと娘の葉っぱを重ねると、両手で包み込み、10秒数える。

 それから、恐る恐る両手を開くと、父親の手の中の葉っぱは両方とも青色に、母親の手の中の葉っぱは両方とも黄色に変わっていた。

「資料の通りだな。親子関係があれば、親と子の葉を重ねて時間を置くと、同じ色に変化する」


 皇帝の言葉を聞いて、実証実験に参加していた父親がおずおずと質問する。

「逆に親子関係がない場合は、葉の色はそれぞれ異なる色に変化するということですか?」

「その通りだ」

 皇帝が頷くと、今度はジークムントと従妹の両親で同じことを繰り返した。

 すると、父親の手の中の葉っぱは青色と銀色に、母親の手の中の葉っぱは黄色と銀色にと、それぞれ異なる色に変化する。


「ああ、本当です! 今度は2枚の葉っぱが同じ色になりませんでした!!」

「何と、魔女の植物には親子関係の証明が可能なのですね!!」

 一連の検証結果を目にした狼一族は、驚愕した様子で声を上げた。


 狙い通り、皇帝が皆の目の前で実証実験を行ったことで、鑑定結果の信憑性が高まったようだ。

 エッカルト皇帝は興奮する狼一族を眺めた後、ジークムントに視線を移した。

「ジークムント、どうする? 必ずしもお前が試さなければならないわけではない」

「やります!」


 即答したジークムントを見て、彼ならそう答えるわよねと何とも言えない気持ちになる。

 ジークムントは実直だから、狼一族の当主として、自らの親子関係をはっきりさせなければならないと考えたのだろう。


 皇帝はジークムントの決断を受け入れるように頷いた後、彼を見てきっぱりと言った。

「ジークムント、お前が狼一族の当主になったのは、前当主の息子だからではない。お前が一族で一番優秀だったからだ。そして、今もって、狼一族の中ではお前が一番優秀だ」


 センシティブな話だから皇帝ははっきり言わなかったけれど、万が一、前公爵夫妻とジークムントの間に親子関係がなくても、ジークムントは変わらず狼一族の当主だと、皇帝は明言したのだ。


 皇帝は事前に発言することで、鑑定結果がどうなろうともジークムントの立場は保証され、同時に今後噴出するかもしれない全ての不平不満を、皇帝が引き受けることをはっきり示した。

 狼一族は血縁関係を大切にするから、もしもジークムントが前公爵夫妻の子どもでないことが明らかになれば、そのことを不満に思う者が必ず現れるだろう。


 そのことを理解しながら、エッカルト皇帝は全てを引き受けたのだ。

 本当に、男気がある皇帝陛下だこと。ジークムントを始めとした部下たちが、皇帝に忠誠を誓うはずね。

 あ、というか、ジークムントは感動して、既に涙目になっているわ。


 感動するジークムントとは異なり、前公爵夫妻は冷静な表情のまま、前に進み出てきた。

 それから、ジークムントと3人で、先ほどの手順を繰り返す。


 果たして結果は―――前公爵が持つ2枚の葉っぱはどちらも紫色に、前公爵夫人が持つ2枚の葉っぱはどちらも黄緑色に変化した。


「……っ!」

 ジークムントは大きく目を見開くと、前公爵夫妻が高々と掲げる葉っぱを見つめる。


 ―――その瞬間、ジークムントが前公爵夫妻の実の子だと、一族の前ではっきり証明されたのだ。

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