36 魔女の植物 3
「『魔女の庭園』? ああ、皇宮にあるという話だったわね。つまり、魔女の治癒草を皇宮に持ち帰って、『魔女の庭園』に植えろということかしら? あら、でも、皇宮の方向はそちらじゃないわよね」
小首を傾げると、ララとリリが両手を掴んできた。
「ご案内します」
「この地にある古代遺跡の上にも、魔女様の庭園があります」
「まあ、そうなのね」
ちらりとジークムントを見ると、ぶんぶんと首を横に振られる。
どうやら彼も、自分の城に魔女の庭園があることを知らなかったようだ。
お城の領主ですら知らない秘密の庭園とはどんなものかしら、とわくわくしながらベッドを下りると、ジークムントがすかさず近寄ってきた。
「お姫様、まだ歩かない方がいいんじゃないですか? オレが抱えて移動しましょうか」
私が魔女だと分かって以来、ジークムントは大変な過保護モードに突入している。
けれど、いくらジークムントが私の護衛役を買って出てくれているとはいえ、婚約者以外の男性に抱き上げられるのはどうなのかしら。
ましてや私は、自分の足で歩けるくらいに回復しているのだから。
私はジークムントの申し出を丁寧に断ると、自分の足で歩いて狼城の庭に出た。
私の左右には、それぞれララとリリが並び、後ろからはジークムントとロローが付いてくる。
案内されたのは城の裏手で、雑草がこれでもかとはびこっている場所だった。
「ここは『魔女の庭園』というよりも、『雑草の庭園』じゃないかしら」
至極当然の感想を漏らすと、城主であるジークムントが恥ずかしそうに俯いた。
「誠に面目ありません」
何の目印もないというのに、ララとリリは迷いのない足取りで雑草の中を進んでいくと、同時に立ち止まった。
「ここです」
「ここが魔女様の庭園です」
私たちの後ろを付いてきたロローも、間違いないと大きく頷く。
「魔女様の庭園の土は特別です。歴代の魔女様が大切に育んできた場所なので、魔女様の植物がすくすく育つんです」
そうなのねと周りを見回したところで、雑草に混じって生えている植物の中に、気になる1本を見つけた。
「これは何かしら? 何だかすごく気になるのだけど、もしかして魔女に関係する植物なのかしら?」
不思議なことに、その植物からは私のものと似通った魔力を感じる。
「あっ、そ、その通りです! 数百年前に、先代の魔女様が植えたものが、まだ残っていたようですね」
「さすが魔女様の植物です! 元気いっぱいですね」
皇宮にある『魔女の庭』では、庭師が大切に魔女の植物を管理しているとの話だったけど、この庭では自生しているのね。
そう言えば、魔女の植物には魔女の魔力が含まれているから、エッカルト皇帝の料理の材料にしていると聞いたわ。これもそうなのかしら。
「うーん、この植物を使って、料理を作ってみようかしら」
料理の材料と言えば、古代遺跡から持ち帰ったピンクの卵もあったわね。
この植物と合わせて、何か美味しいものはできないかしら。
「いえ……そうじゃないわね」
思い出したわ。この植物は特別で、食べる以外にも用途があるのだったわ。
私は手のひらのような形状の大きな葉っぱを、ぷちんぷちんと半ダースほどちぎる。
その様子を見た魔女の使用人たちは、私が何をしたいのかを理解した様子で微笑むと、深く頭を下げた。
「カティア様、魔女様の治癒草を植える場所として、こちらの庭園をご案内させていただきました。しかし、まずはこの庭園の雑草を抜いてしまわなければなりません。カティア様のお手を煩わせるわけにはいきませんから、どうか私どもに庭園を整える許可をください」
「次にカティア様が来られる時までには、このお庭を綺麗に整備し、魔女様の治癒草を青々と茂らせておきますから」
「それから、こちらが皇宮にお持ち帰りされる分の『魔女様の治癒草』です」
何てできのいい使用人たちかしら。
感謝の気持ちで3人にお礼を言うと、彼らはそれはそれは嬉しそうな笑みを浮かべたのだった。
魔女の使用人たちと別れ、ジークムントと一緒に部屋に戻る途中で、エッカルト皇帝と鉢合わせした。
皇帝は私に気付くと、大股で近寄ってきて、片手を私の額に当てる。
それから、難しい顔をした。
「カティア、君はまだ熱があるのだから、無茶をするものではない。……それとも、皇宮に戻る前に見たいものでもあったのか?」
皇帝の後ろにはルッツがいて、おどけた様子でくるりと目を回したので、どうやら偶然行き合わせたのでなく、皇帝が私を探していたようだ。
ジークムントと同じようにエッカルト皇帝も心配性で、病人を放っておけないタイプなのかもしれない。
「ええ、皇宮に戻る前に、どうしても見たかったものがあったんです」
何と言ってもこの城にも『魔女の庭園』があって、皇宮には植わってないような植物が生えていたのだから。
「そうか。では、見て満足したようだから、今から皇宮に戻っても問題ないな」
「えっ、今からですか?」
予定よりも随分早い時間帯だったけれど、皇帝の言葉を聞いてルッツも驚いた顔をしたので、皇帝が独断で決定したようだ。
恐らく、熱があるのに動き回る私を見て、狼城にいる限り無茶をするに違いないと心配し、早めに戻ることにしたのだろう。
何と言っても、皇宮には私のお目付け役になり得る皇帝の側近たちがたくさんいるのだから。
心配をかけて悪かったわと反省し、了承の返事をしたところで、ジークムントの両親がやってきた。
2人は息を切らせた様子で走ってきたけれど、私を見ると立ち止まり、憤慨した様子で靴を鳴らす。
「カティア様! 勝手に動き回らないでください!!」
「皇帝陛下が心配されていましたよ! そのせいで、一族総出でカティア様を探す羽目になったじゃないですか。私たちに迷惑をかけないよう、うろうろせずに部屋でおとなしくしておいてくださいな!!」
前公爵夫妻の後ろから、狼一族もわらわらとやってきて、不満気な声を漏らす。
なるほど、人の心情は、言葉や態度に表れるものなのね。
エッカルト皇帝の言動からは、私を心配する気持ちが伝わってきたけれど、狼一族からは私を探し回ったことに対する不満しか伝わってこないわ。
狼一族はいつだってエッカルト皇帝に平身低頭で、最近は私に対しても行儀よくしていたけれど、いよいよ狼城を去るとなったからか、無礼な態度が戻ってきたようね。
内心では呆れながらも、私は努めてにこやかな表情を浮かべた。
これから皇宮に戻るのであれば、狼一族に言うべきことを、ここで言っておかなければいけないと思ったからだ。
私の表情は非常ににこやかだったというのに、なぜかジークムントが用心深い表情を浮かべる。
その姿を見て、まあ、ジークムントはだいぶ私のことが分かってきたようね、と心の中で呟いたのだった。
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