35 魔女の植物 2
ジークムントが顔をしかめたので、彼はどうやら過去の発言を後悔しているようだ。
人間は誰だって間違うものだから、『難しいけど侵入できるって言ったじゃない』とは言わないわ。
私はしっかりと口を噤んでいたけれど、私の眼差しから心情を読み取られたようで、ジークムントは悔しそうな様子ながら過去の発言を謝罪してきた。
「……お姫様の言う通り、オレが間違っていました。オレが誇りに思っていた狼城は、ちっとも難攻不落ではなかったです」
「狼一族は肉体的に優れているでしょう。だから、種族の特性に合わせて、お城も物理的な守備に特化してあるわよね。魔法結界を追加するだけでも、守備力が大幅に上がると思うわよ」
決して押しつけがましくならないようにと、さり気なくアドバイスしてみたけれど、なぜかジークムントはがくりと俯いた。
「そうですか。お姫様は既に改善策まで持っていたんですね。オレは自分が恥ずかしいです」
「えっ、いや、ジークムントは魔法が使えないのだから、魔法的な視点から考えるのは難しいわよね」
「お慰めいただきありがとうございます。ついでに、ここにいる同じ顔の使用人たちは、お姫様のことを『魔女様』と呼びました。ということは、魔女の使用人ですね?」
魔女の使用人たちの言葉を聞いて、ジークムントが警戒を緩めたと思ったけど、やっぱり会話の内容から、彼らが魔女の使用人だと気付いたのね。
「ええ、そうだと思うわ」
ジークムントに同意すると、彼は何とも言えない表情を浮かべた。
「そうですか。魔女の使用人が人型になるなんて知らなかったから、気付くのが遅れました。ですが、お姫様はきっと、彼らを一目見ただけで誰だか気付いたんですよね。ちっとも慌てていませんから」
「あー、ジークムント……」
困ったわね。ジークムントが口を尖らせて、少年のような表情をしているわよ。もしかして拗ねているのかしら。
ジークムントの機嫌を直すための言葉を探していると、魔女の使用人たちが歯に衣着せぬ言葉を発する。
「この狼は、魔女様に甘えているな」
「みんなの魔女様なのに、独占する気だぞ」
「尻尾の毛までむしり取ってやれ」
「ええと、あなたたち……」
涙目になったジークムントを見て、彼は結構繊細なのだから優しくしてもらえないかしらと、注意しようとすると、3人が名前を名乗ってきた。
「ララです」
「リリです」
「ロローです」
ララとリリが女性の使用人で、ロローが男性の使用人だ。
「ご丁寧にありがとう。カティア・サファライヌよ」
私も自己紹介をすると、優しい口調で3人にお願いした。
「ララ、リリ、ロロー、今日は訪ねてきてくれてありがとう。何の用事か聞く前に一つだけお願いをしていいかしら。ジークムントは私の大切な仲間なの。優しくしてもらえないかしら」
「お、お姫様」
感激した様子のジークムントを見て、魔女の使用人たちは嫌そうな顔をしたけれど、私の言葉を受け入れてくれた。
「「「はい、分かりました」」」
それから、ロローが優雅にお辞儀をすると、洒落た鳥籠を差し出してくる。
「カティア様、お忘れ物です」
それは数日前、宝石を拾うために連れていった小鳥だった。
古代遺跡に落ちたどさくさに紛れていなくなっていたので、戻してもらったことが嬉しくなる。
「まあ、ありがとう。失ってしまったかもしれないと心配していたの」
お礼を言われて嬉しそうなロローに負けじと、ララとリリが持っていた植物を差し出す。
「カティア様、ご必要かと思ってお持ちしました」
「カティア様、魔女様の治癒草です」
「魔女の治癒草?」
見たこともない形状の葉を持つ植物を手に取り、首を傾げると、ララとリリが声を揃えた。
「「魔女様はものすごく怪我の治りが悪いので、ほんの少しですが、怪我の治りを早める魔女様専用の薬草です」」
「まあ、そんなものがあるのね。というか、魔女は怪我の治りが悪いんですって?」
あっ、待って。何かが引っ掛かるわよ。
そう言えば、皆が魔女は虚弱体質だと言っていたわよね。それはつまり、怪我の治りが悪いということも含まれるのかしら。
幼い頃は、私も回復魔法を使用して怪我を治していたことを思い出す。
そうだわ。私だって、以前は回復魔法が効いていたのだ。
けれど、6歳の時に死の淵から生き返って以来、回復魔法が効かない体質に変化してしまったのだ。
それはつまり……その時に、魔女の体になりかけたということかしら。
魔女の体になりかけたからこそ、6歳を境に私は体が弱くなってしまったのかしら。
考えに没頭するあまり黙り込むと、ジークムントが心配そうに声をかけてきた。
「お姫様、気分が悪いんですか?」
「あっ、いいえ、何でもないわ。その、魔女の治癒草をどこに植えようかと考えていたの」
想像でしかないことを口にするのは躊躇われ、咄嗟にごまかしてしまう。
けれど、実際問題として、この植物をどこに植えたものかしらと考えたところで、ララとリリが窓の外を指差した。
「あっちです」
「あっちに魔女様の庭園があります」
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