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33 皇帝の誘惑 3

 エッカルト皇帝の話によると、彼が狼城にいるのは、皇宮での仕事が一段落したので、元々の約束通りに狼城を訪問したかららしい。

 その際、護衛としてルッツが付いてきたとのことだ。


 2人が到着した時、ジークムントと私は鉱山に出掛けていたため、皇帝とルッツは狼城で私たちを待つことにしたようだ。

 具体的には狼一族からもてなしを受け、世間話をしていたところ、突然、血まみれのジークムントが気絶した私を抱えて戻ってきた……というのが、あらましらしい。


「それは、控えめに言っても大変でしたね」

 血まみれのジークムントと私を見て、エッカルト皇帝は驚いたでしょうねと思いながら相槌を打つと、皇帝はその通りだと頷いた。


「ああ、誇張も矮小化もなく言わせてもらうと、あの時は大騒ぎだった。さらに、ジークムントが狼城の地下で古代遺跡を発見したと告白してからは、蜂の巣をつついたような騒ぎになった」

「で、でしょうね」

 話題が新たに発見された古代遺跡に移ったため、しどろもどろになる。


 ジークムントが私と魔女の関係について、どこまで話をしているのか分からなかったため、下手なことは言えないと、話を逸らすために思い付いたことを口にする。

「ええと、それで、どうしてエッカルト陛下は私の寝室で寝ていたのですか?」

 

 狼城には寝室がたくさんあるから、まさか部屋が足りないということはなかったはずだ。

 そう思っての質問だったけれど、エッカルト皇帝は言いにくそうに口ごもった。

「君がブランケットを跳ねのけないよう重しの代わりをしていた……と言っても、君は納得しないだろうな」


 エッカルト皇帝が重しですって? まさか、こんなイケメンな重しなんて存在しないわよ。

 そう考えて頷くと、皇帝は諦めたようにため息をついた。


「回復魔法が効かないという秘密が君にあったように、私にも秘密がある。それは、……相手が元々持っている力を高める能力がある、ということだ。だから、君に回復魔法が効かないというのであれば、君が元々持っている免疫力を高め、自己治癒してもらおうと考えた」


「えっ!」

 私は二重の驚きで、声を上げた。

 エッカルト皇帝はそんな滅多にない特殊能力を持っていたのかという驚きと、そんな貴重な力を嫌っている私のために使おうとしたのかという驚きだ。


「しかし、昨夜確認したところ、君には効き目がなく、むしろ熱が上がった様子だった。念のためと一晩同衾してみたが……やはり効いた様子はなさそうだな」


 エッカルト皇帝の言葉を聞いて、私はがっかりする。

 ああ、回復魔法が効かないことは分かっていたけれど、今回、私の自己治癒能力が低いことも判明してしまったわ。本当に虚弱な体質だこと。


 がくりと落胆しながらも、エッカルト皇帝から思ってもみない優しさを示されたことにお礼を言う。

「エッカルト陛下、私のために貴重な力を行使していただきありがとうございました」


「大した話ではない」

 エッカルト皇帝は何でもないことのように返した後、私の顔を見て首を傾げた。

「どうした、私をじっと見て。何か聞きたいことでもあるのか?」

「え、いえ、……どうして私のために、わざわざ力を行使してくれたのだろう、と不思議に思ってですね」

 互いに口にしないものの、エッカルト皇帝が私のことを嫌っているのは明らかだ。

 それなのに、どうして皇帝は嫌いな私のために行動してくれたのかしら。


 エッカルト皇帝はまさかそのような質問をされるとは思っていなかったようで、少しだけ顔をしかめた。

 それから、一見関係ないように思われる狼公爵の話を始める。

「ジークムントは時々、突拍子もない行動を取る。多くの場合、彼は己の行動理由をはっきり説明できないが、衝動的に行動しているわけではない。ジークムントは誰よりも直感力に優れているため、理屈でない部分で何かを感じ取って行動しているのだ」


 確かにジークムントは多くの場合、直感で行動しそうだ。

 彼自身が言葉にできないだけで、これまでに経験した多くの事柄の中から、彼なりのデータを蓄積しており、そのデータに基づいて行動しているのだろう。


「だから、でたらめな行動をしているように見えても、ジークムントの行動にはいつだって結果が伴う」

 皇帝がジークムントを褒める言葉を聞いて、彼はよっぽどジークムントを信頼しているのねと思う。


 以前、ジークムントが皇宮に長期間滞在しているのは、狼領に戻りたくないからかしらと考えたことがあった。

 その推測は当たっているように思われたけれど、同時に皇帝もジークムントを手放したくなかったのかもしれない。


「ジークムントは誇り高い狼だ。滅多なことでは他人に膝を折ることはない。それなのに、ジークムントは己より君を優先し、褒め称えた。それはつまり、君はジークムントに膝を折らせるほどの魅力があるということだ」


 うーん、実際には私が魔女だった、というだけの話だ。

 けれど、もちろん真実を告白するわけにはいかないので、私は無言のまま目を逸らす。

 そんな私を、皇帝はじっと見つめてきた。

「そうであれば、私は君のためにできることをすべきだろう」


「…………」

 なるほど。エッカルト皇帝自身の感情は置いておいて、大切な部下であるジークムントを尊重して、私を大切に扱ったということね。


 本当に、エッカルト皇帝は優秀だし立派な人物だわ。

 私はこれっぽっちも交流のない国から、不始末の代償としてザルデイン帝国にやってきたのだ。

 私が国益を損なうような悪いことを企んでいることもあり得るから、帝国のトップであるエッカルト皇帝は立場上、私を信用することはできないはずだ。


 だから、皇帝自身が私に対する警戒心を解くことはできないけれど、―――彼の大切な部下が信じる相手だからと、できることを最大限やってくれたのだ。


「一晩中、私に付き添ってくれてありがとうございます。おかげで、ぐっすり眠れました」

 私は発熱すると、寝苦しくて何度も目が覚めるタイプだけれど、昨夜は一度も目を覚まさなかった。

 きっと、エッカルト皇帝が彼の能力を使ってくれたおかげだろう。


 その証拠に、皇帝は私の言葉を否定しなかった。

 代わりに、ふっと唇を歪めながら切り返してきた。

「そうか。その代償として、君はおかしな夢を延々と見たようだが」


 決して恩に着せることなく、上手に冗談で返してくる皇帝を見て、やっぱり一筋縄ではいかないわ、と私は思ったのだった。

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