32 皇帝の誘惑 2
「君の願望……」
エッカルト皇帝は難しい顔をしてそう呟いたけれど、ちっともおかしなことではないと思う。
私は今後ずっと、ザルデイン帝国で暮らすことになるのだから、夫となるエッカルト皇帝と仲のいい関係でいられたら嬉しいもの。
だから、その気持ちの表れで、彼と仲良くしている夢を見ているんじゃないかしら。
ただし、どうして昨夜からずっと、皇帝から口移しで薬を飲ませてもらったり、皇帝の裸のお腹に触れたりといった、接触過多な夢ばかり見ているのかは分からない。
もしかしたら私は、自分が思っているよりも恋愛に積極的なのかしら。
あるいは、結婚間近のヒューバートとあんな終わり方をしたから、変な方向に振り切れちゃったのかしら。
いずれにしても、昨夜からの行動を冷静に思い返してみると、私はものすごいことばかりしているわよね。
あー、いくら夢とはいえ、やり過ぎな気がしてきたわ。
「ううう、夜は理性をなくすというし、さらに夢の中だから何をしてもいいと考えて、暴走し過ぎたのかもしれないわ。今後はたとえ夢の中だとしても、邪な願望を抑えるようにしましょう。だから、エッカルト陛下、今回だけは見逃してもらえないかしら」
この夢は間違いなく私の黒歴史になるから、丸ごとなかったことにしようと、エッカルト皇帝に頼み込む。
すると、皇帝は鷹揚に頷いた。
「ああ、見逃そう。その代わり、君に一つだけ無礼な振る舞いをすることを許してもらえるか」
「いいわ!」
夢の中ではあるものの、私の黒歴史を共有するエッカルト皇帝が、私の破廉恥な行動の数々をなかったことにすると約束してくれたため、嬉しくなって大きく頷く。
すると、エッカルト皇帝は両手を伸ばしてきて私の両頬に触れた。
何をするのかしらと見ていると、彼はそのまま私の両頬を摘まみ、ぎゅっと左右に引っ張る。
「ひょおおお、な、なにふぉしゅるのおお?」
びっくりして目を丸くすると、エッカルト皇帝は真顔で質問してきた。
「強くは引っ張っていないが、それでも痛みを感じるのではないか?」
「ほへはほう、ひっぱはへたらひたいにひまっているわ」
それはそう、引っ張られたら痛いに決まっているわ、と同意すると、彼は引っ張るのを止めて、そのまま私の両頬をすりすりと撫で始めた。
「え? あの……」
今度は何かしらと思って、目を瞬かせたけれど、エッカルト皇帝は無言のまま両手で私の頬を撫で続ける。
皇帝は一体何をしているのかしら? と彼を見つめると、相変わらずの麗しいご尊顔だったため、心臓がばくばくと高鳴り始めた。
あああ、心臓の音がうるさいわね。というか、よく考えたら私はずっと、皇帝に撫でられているわよ。
しかも、ずっと見つめられているわ。うう、緊張のあまり、手に嫌な汗をかいてきたじゃないの。
痛かったり、ドキドキしたり、汗をかいたりと、こんなにリアルな夢は初めてだわ。
と思ったところで、初めて疑う気持ちが湧いてくる。
もしかして、これが夢じゃないという可能性はあるのかしら。
「あの……」
恐る恐る口を開くと、私の表情の変化を読み取ったエッカルト皇帝がゆったりと返事をした。
「どうした」
「これは夢ではないんですか?」
「違うな」
皇帝からあっさり否定されたため、私は大いなる衝撃を受ける。
先ほどからずっと、これは夢だと頑なに信じていたけれど、夢でないと気付くと、なぜ夢だと勘違いしていたのか不思議になった。
「一体君は、どこから夢だと思っていたのだ?」
皇帝が心底不思議そうに尋ねてきたので、私はしゅんと下を向く。
「……エッカルト陛下に抱きしめられ、目が覚めた時からです」
「最初からじゃないか」
顔をしかめるエッカルト皇帝を見て、いや、でも、幼いエッカルト少年が大人たちに取り囲まれた夢や、エッカルト皇帝が夜中の寝室に現れて口移しで薬を飲ませてきた夢と連続していたから、誤解したのも仕方がないんです、と心の中で訴える。
さすがにエッカルト皇帝が幼くなるはずはないし、嫌っている私と唇を合わせるわけがないので、その2つは夢だと確信しているのだけど、どちらもわざわざ話して聞かせる内容ではなかったため、口をぱくぱくさせただけで言葉にすることは自重した。
代わりに、これが夢ではないと分かった時から気になっていたことを質問する。
「どうしてエッカルト陛下が狼城にいるんですか? 皇宮からこちらに来たんですか?」
エッカルト皇帝は髪をかき上げると、ため息をついた。
「そこからか」






