31 皇帝の誘惑 1
「まあ、夢だと分かっていても、現実だと信じそうになるわね! 実際にエッカルト陛下が言いそうなセリフじゃないの」
私もなかなか皇帝のことが分かってきたみたいねとにまにましながら、顔を上げてエッカルト皇帝を見つめる。
すると、服を着ていない上半身が目に入ったため、私は顔をしかめた。
どうして皇帝は上半身裸なのかしら?
いえ、もちろん、私の夢なのだから私の願望なのでしょうけど、私はエッカルト皇帝の上半身を見たかったのかしら。
「うーん、確かにものすごい筋肉ね。いやいや、これは私の夢だから、私が思い描く皇帝の姿で、実際の姿ではないのだったわ。きっと、実際の皇帝はもっとへなっとしているはずよ。下手すると、お腹周りはたぷっとしているかもしれないわ」
何と言っても、皇帝だから毎日美味しいものを食べていて、カロリー過多になっているでしょうからね。
エッカルト皇帝は黙って私の言葉を聞いていたけれど、私が話し終えると手を伸ばしてきて、怪我をしていない私の左手を掴んだ。
それから、私の左手を引っ張ったかと思うと、彼のお腹にぴたりと当てる。
「ん? さすが夢ね。自分で触るのではなく、皇帝が触るように強要してくるなんて、素晴らしいグッドエクスキューズじゃないの」
夢の素晴らしさに感心しながら、本人が許可を出したのだからと、遠慮なくエッカルト皇帝のお腹をぺたぺたと触る。
「まあ、筋肉って硬いのね。そして、熱いわ。なるほどねー、まるで母国の第一騎士団長と同じくらいの筋肉じゃないの」
第一騎士団長は母国の騎士の中で一番強かったから、皇帝も同じくらい強いのかしら。
とは言っても、第一騎士団長の筋肉を触ったことはないから、皇帝の筋肉と同じくらい立派かどうかは、実際のところ分からないけどね。
「……寝台で初めて、婚約者から体を触られたと思ったら、まさか他の男性と比べられるとはな」
皇帝の皮肉気な声が響く。
確かに私の発言はマナー違反で、皇帝が不快に感じるのはもっともだったので、私は夢の中だと知りながらも彼に謝罪した。
「今の発言は私が悪かったわ。言い訳だけど、私は母国で騎士団に所属していたから、ついつい相手の強さを量ろうとするところがあるの。個々人の強さを把握しておくと、戦場で役に立つから。でもあなたからしたら、勝手に強さを推し量られるなんて嫌な話よね」
「……君のはそういう話だったか? てっきり、君は私の男性としての魅力を量っているのかと思ったが」
皇帝が訝し気に片方の眉を上げたので、私は動揺して言葉に詰まる。
「だ、男性としての魅力を量る!? ま、まあ、エッカルト陛下のようなイケメンが、そのような衝撃的な言葉を口にすると、心臓がドキドキしてくるわね。ええと、でも、あなたの魅力を量る必要はないんじゃないかしら。だって、私でも分かるくらい、陛下はナンバー1だもの!」
思ったことを全て言葉にすると、私は思い切り息を吐いた。
「はーっ、それにしても、夢だとしても衝撃的過ぎるわね。裸のエッカルト皇帝に触れて、きわどい会話を交わすなんて」
エッカルト皇帝は目を細めて私を見る。
「先ほどから君は『夢だ』と何度も口にしているが、まさかこれらの全てを夢だと思っているわけではあるまいな。これほど私にべたべたと触れておいて?」
「えっ、夢なのに、やり過ぎだと苦情を言われている!?」
変わった夢ねと目を丸くしてエッカルト皇帝を見ると、彼は私に先ほどのセリフを思い出せようとした。
「私に触れた際、熱や硬さを感じたと、君は発言したはずだ」
「それはその通りなんだけど、私はさっきまで別の夢を見ていたの。そして、その別の夢の中でも、相手に触れた感触があったし、香りも感じたわ」
「……それは本当に夢だったのか?」
疑うような表情で質問されたので、勢いよく肯定する。
「もちろんよ!」
何と言っても、エッカルト皇帝が嫌っている私に口移しで薬を飲ませてきたのだ。夢以外であるはずがない。
けれど、そのことを説明して、『君にはそのような願望があるのか』と思われたら堪らないから黙っていよう。
顔を赤くしていると、エッカルト皇帝が考えるかのように私を見つめてきた。
「では、これが君の夢だとして、なぜ君はこのような夢を見ていると思う?」
「それはやっぱり、私の願望なんじゃないかしら」