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28 最弱虚弱な人間族(ではない! と言いたいジークムント)

「えっ、どうして治らないんだ? 僕の回復魔法の腕前はザルデイン帝国一だと自負しているのに、一体どうなっているんだ!?」

 孔雀公爵であるルッツの焦った声が、至近距離で響いた。


 これは一体どういう状況かしら、と何気なく体を動かしたところ、腕に痛みが走る。

「痛っ!」


 驚いて目を開くと、私の顔を覗き込んでいたルッツと目が合った。

 あれ、ルッツがいるわ。ここは一体どこかしら、……と考えたところで、ジークムントの焦った声が聞こえる。

「お姫様、目が覚めたんですか!?」


 それから、再びジークムントの絶望したような声が。

「はあっ! そ、そんな!! 瞳が青色だ……」


 視線を動かすと、ジークムントの涙ぐんだ顔が見え、さらに彼の隣にエッカルト皇帝が見えた。

 あら、ホントにこれは一体どんな状況かしら。


 一生懸命記憶を辿ったところ、最後の記憶が地下の古代遺跡で途切れていることを思い出す。

 視界に入ってきた情報から判断するに、どうやら私がいるのは狼城の客用寝室で、ベッドに寝かされているらしい。


 古代遺跡からどうやって戻ってきたのかしら、と考えながらルッツを見上げたところで、彼の焦った表情が目に入った。

「婚約者様、できるだけ力を抜いてリラックスしてください」

「え?」

「今から回復魔法をかけますから」

「まあ、ルッツ、あなたは回復魔法の使い手なの? だとしたら、私ではなくジークムントを治してちょうだい」


 そう発言したところで、いえ、ジークムントは酷い怪我をしていたから、既に治療済みのはずよね、と視線を巡らす。

 けれど、私の視線の先にいるジークムントは怪我をしたままの状態だった。裂けたお腹の傷からは、だらだらと血が流れている。

 想定外の状況にびっくりした私は、がばりと上半身を起こした。


「婚約者様!」

「お姫様!!」

 ルッツとジークムントの声が重なったけれど、叫びたいのは私の方だ。

「ジークムント、あなたの怪我は酷いものよ! どうして治療しないの!!」


「それは、この阿呆狼が婚約者様の後でなければ治療しない、と宣言したからです! 阿呆狼は阿呆ですから、いつだって意味不明な騎士道精神を発揮します! そして、阿呆狼は阿呆ですから、一度口に出したことは取り消さないのです!!」

 言いつけるかのように言葉を重ねてきたルッツを見て、ジークムントが顔をしかめる。


「オレは正しく優先順位を守っただけだ! オレとお姫様を比べたら、お姫様の方が100万倍価値が高いことは明白だからな!!」

 堂々と胸を張るジークムントを見て、これはダメだと私も顔をしかめた。


 皆の反応を見る限り、『私が魔女だということは、誰にもしゃべらないでね』と言った私の言葉を、ジークムントは律儀に守ってくれたようだ。

 それから、皆が私の瞳を見て何も反応しないことと、ジークムントが『瞳が青色だ』と発言したことから、どうやら私の瞳は元の色に戻ったらしい。


 私が魔女だとバレると大ごとになりそうだから、秘密にしてもらえるのならばそれに越したことはない。

 というか、瞳の色が元に戻ったということは、私は魔女として不完全なのだろう。

 あるいは、もしかしたら魔女に変わったこと自体が何かの間違いで、今後は二度と魔女に変わらないかもしれない。


 だから、しばらくは様子を見た方がいいだろう。

 そもそも「私は魔女よ」と騒ぎ立てても、瞳の色が戻った以上、誰も私のことを魔女だとは思わないはずだ。

 それだけでなく、私はただでさえ人間族ということでよく思われていないから、何か企んでいるに違いないと怪しまれるだろう。


 だから、何事もない顔をして、これまで通りにするのが一番なのに、どうしてジークムントは私を持ち上げるような発言をするのかしら。

 困って視線を下げると、魔女の使用人に傷付けられた腕の怪我が目に入った。

 思ったより深く抉れており、出血し続けている。


 私の視線を追ったルッツが、淡々とした声を出した。

「ジークムントの怪我が酷いことは間違いありませんが、あいつは異常なほどの体力持ちなので、死にはしません。反省してもらうため、しばらくは激痛を感じたままでいてもらう方がいいと思うくらいです」


 酷い言われようね、と顔をしかめると、ルッツは私の腕を見下ろした。

「一方の婚約者様も、決して軽い怪我ではありません。そのうえ、ジークムントとは真逆で恐ろしいほど体力がなさそうですから、即座に治癒すべきでしょう」


 ルッツは再び私に向かって手を伸ばしてくると、回復魔法をかけようとした。


 ルッツの見立ては的確だわ。でも。

「私は回復魔法が効かない体質なの」

 仕方なく私の秘密を口にすると、ルッツは動きを止め、驚いた様子で瞠目した。


「そんなことがあり得るんですか? いや、だからか! だから、先ほど、回復魔法をかけても回復しなかったのか!!」

 納得した様子を見せるルッツの隣で、エッカルト皇帝がぐっと組んだ腕に力を込める。


 皇帝を目にしたことで思い出したことがあり、私はもう一度ベッドに横になりながらルッツに尋ねた。

「この間、エッカルト陛下が怪我をした時には医師が呼ばれていたわ。だから、帝国の標準的な治療法は医師によるものだと思っていたけど、そうではないのね」

「……陛下は医師による治療がお好みなだけです」

 あ、何かを隠しているわね、とルッツの声色から思ったけれど、質問しても答えが返ってこないことは分かっていたため聞き流す。


 というか、どうやら熱が出てきたみたいだ。

 怪我をしたのは腕だから、命に別状があるわけではないけれど、結構出血しているから、2、3日は眠り続けるかもしれない。


 ベッドに横になり、荒い息を吐いていると、ルッツの吐き捨てるような声が響いた。

「人間族はどれだけ虚弱なんだ! すぐに怪我をするし、怪我をしても回復魔法が効かないなんて、酷いものじゃないか!!」


 いえ、私以外の人間族は回復魔法が効くから、私だけが特別なのよね。

 6歳の時に死の淵から生き返って以降、回復魔法が効かない体質に変化したのだから。


 そう心の中で言い返しながら、疲れてきたわと目を瞑る。

 すると、ジークムントの反論する声が聞こえた。

「ルッツ、お前はお姫様を貶すようなことを言うんじゃねえよ! それを言うなら、ま……魔女だって虚弱じゃねえか!!」


「ジークムント、お前は正気か? なぜここで魔女を持ちだすんだ。まさか裏切り者の人間族でしかない婚約者様と、魔女を比較しているんじゃないだろうな」

 即座にルッツが言い返すと、ジークムントは激高した声を上げる。

「そんな言い方をするな! 裏切り者はお姫様の兄上で、お姫様じゃない!!」


「ジークムント!! お前、たかだか数日一緒に過ごしただけで、婚約者様に篭絡されたのか? はっ、母国の騎士たちを虜にした婚約者様の技術は、健在だというわけ……」

 ルッツが言い終わるより早く、ばこっという音とともに、誰かが殴られて吹っ飛んだような衝撃が生じた。

 それからすぐに、ルッツの呻くような声が続いたので、どうやら殴り飛ばされたのはルッツのようだ。


 うーん、苦しんでいる病人がいる部屋で、一体何をやっているのかしら。

 いや、暴れているうちの一人は、私以上の重症者だったわ。


 熱に浮かされた私は、周りを気にする余裕がなくなったようで、『2人ともほどほどにね』と思ったのを最後、眠りの世界に落ちていったのだった。

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