27 狼公爵領の古代遺跡 5
「魔女の使用人どもに告ぐ! 至上なる魔女が腕に怪我をされた! 天変地異に匹敵する大事件だ! 万難を排し、可及的速やかに手当てをしなければならない! お前たちは魔女の下僕として、大至急、出口まで案内するんだ!!」
ジークムントの言葉を聞いたリスたちは、てこてこてこと短い脚で走り出した。
ジークムントは背が高くて脚が長いので、大股で歩くと走っているのかと思うほどスピードが出る。
リスたちにとって、そんな彼を先導するのは大変じゃないかしらと思っていると、何を思ったかジークムントが走り出した。
「ジークムント、あなたの怪我が悪化するといけないから、走るのは止めてちょうだい!」
心配になってそう言うと、彼は再び泣き出した。
「ううう、魔女の慈悲が深過ぎて、心臓が痛い……」
私の心臓が痛むことはないけれど、代わりに頭が痛くなってきたわ。ジークムントの言動がいちいち大袈裟過ぎて。
しばらくの間、ずっと同じような廊下が続いていたけれど、広いスペースが現れたため、「止まってちょうだい!」と大きな声を出す。
私のお願い通りジークムントが止まってくれたので、きょろきょろと見回すと、そこはまるで公園のような憩いのスペースになっていた。
地下であるにもかかわらず、様々な木が植わっているし、虹色をした小鳥が枝から枝へと飛び回っているし、色とりどりの花が咲いている。
「まあ、ここは何なのかしら?」
不思議に思って辺りを見回しながら尋ねると、ジークムントからあっさり返された。
「魔女の庭園です。それよりも、早く狼城に戻って怪我の手当てを……」
「あら、鳥の巣があるわ!」
低い位置に鳥の巣があったので、ジークムントに下ろしてもらって中を覗き込むと、卵が数個入っていた。
「可愛らしいわね。ピンクの卵があるわよ」
白い卵に交じって薄いピンク色の卵が見えたため、はしゃいだ声を上げると、ジークムントが驚きに目を見張る。
「えっ、ピ、ピンクの卵ですって!?」
「ええ、そうだけど、何か問題があるのかしら?」
小首を傾げて尋ねると、ぶんぶんと激しく首を横に振られた。
「その逆です! 聖鳥は魔女のペットですから、卵を見つけても決して取ってはいけないんです。けれど、ピンクの卵だけは魔女からの贈り物で、決して孵化しない卵ですから、見つけた者は誰だって持ち帰ることができるんです」
その時、ふと先ほどジークムントが言っていた言葉が思い出される。
『魔女の魔力が多く含まれているものほど、陛下の体調改善に効き目があります』
私は魔女の髪色と同じピンクの卵を見下ろした。
「もしかしてこの卵には魔女の魔力が含まれているのかしら? だとしたら、エッカルト陛下のお土産に持って帰るのはどうかしら」
私は巣の近くでさえずっている小鳥たちに話しかけた。
「このピンクの卵をいただいてもいいかしら?」
ちちちちちと小鳥が鳴いた声を聞いて、「いいよ」と許可されたような気持ちになったため、私は卵を手に取るとポケットに入れる。
小鳥たちに「ありがとう」とお礼を言っていると、足元にいたリスたちが対抗するかのように、「きゅきゅきゅ」と可愛らしい声を出した。
「どうかした?」
尋ねると、リスたちは少し離れた場所に走って行って、さかんに何かを指差す。
近付いていくと、そこにはキラキラと輝くピンク色の宝石がうずたかく積まれていた。
「まあ、綺麗ね。えっ、何? ……もしかして、これも持っていけと言っているの?」
リスたちに尋ねると、こくこくこくと何度も頷かれる。
近寄ってきたジークムントも、当然の顔をして、鉱山で宝石を拾った時のためにと準備していた麻袋を広げてきた。
「この古代遺跡にあるものは全て魔女のものですから、魔女である姫君のものです」
「いや、それは違うと思うけど……あっ、でも、この宝石を結婚式で身に着けてもいいかしら。そのために、いくらかもらって帰るのは大丈夫かしら」
いいことを思い付いたわと、思わずにまりとすると、ジークムントはぎょっとした様子で顔を引きつらせる。
「はああっ!?」
「『はああ』?」
ジークムントの対応が私の閃きを否定するもののように思えたため、どういうことかしらと首を傾げた。
すると、彼は何でもないと首を横に振る。
「い、いえ、失礼しました! 前代未聞の話を聞いたので、変な声が出ました。なるほど、その石であれば、結婚式に参加された全種族がお姫様を賛美することでしょう!!」
「確かに綺麗な石だけど、全種族が賛美するってのは大袈裟だわ」
とは言え、私が魔女だと分かってからのジークムントはずっと大袈裟だから、これが彼の通常運転かもしれない。
私は両手で山盛りの石をすくうと、ジークムントが広げている袋の中に入れた。
よかったわ、これで狼領の鉱山で拾い損ねた宝石の代わりになるんじゃないかしら。
リスたちは「もっと、もっと」とばかりに、鳴きながらジャンプしていたけど、私は「十分よ」と言って、お礼を言う。
「たくさんありがとう。これで、結婚式で身に着ける宝石は何とかなりそうよ」
「きゅきゅきゅ」
片手を振って歩き出そうとしたところで、再びジークムントに抱えられた。
「気分がよくなったから、自分で歩けるわ」
「オレが怪我をした魔女を、歩かせるわけがありません!」
「私が怪我をしたのは腕だから、歩行するのに何の問題もないわ」
私の発言に分があると思ったけれど、ジークムントは肝心な場面で聞こえないふりをすると、大股で歩き始めた。
困ったわねと思ったところで、突然、眠くなる。
どうしたのかしら、このまま眠ってしまいそう……と目を瞑ったものの、大事なことを思い出したため、うっすらと目を開けるとジークムントにお願いした。
「私が魔女だということは、誰にもしゃべらないでね」
「はっ!? そ、そんな殺生な! 帝国中が歓喜するニュースを、オレに黙っておけと言っているんですか? 下手すると、オレは沈黙の罪で陛下に殺されますよ。いや、下手をしなくても、『八聖公家』の連中から八つ裂きに……」
ジークムントが情けない声でつらつらと訴えていたけれど、彼ならば私のお願いを聞いてくれるような気がしたため、安心して目を瞑る。
すると、疲れた体に引きずられたようで、私はあっという間に、眠りの世界に落ちていったのだった。