26 狼公爵領の古代遺跡 4
「ひ、姫君? どちらですか!?」
私の姿を見失ったジークムントの焦った声が、隣室から聞こえる。
「ここよ、隣の部屋にいるわ」
声をかけると、ジークムントはどかどかと足音荒く小部屋に入ってきた。
「姫君、お水です! 不思議なことに、廊下で行き合わせた魔女の使用人が、オレに水入りのグラスをくれたんです……ぎゃー!!」
ジークムントは大事そうにグラスを差し出してきたけれど、私と目が合った途端、大声を上げてグラスを床に落とした。
その途端、グラスは粉々に砕け、中の水が四方八方に飛び散る。
けれど、ジークムントはグラスが割れたことにも気付かない様子で、目を丸くして私を見ていた。
「ジークムント?」
微動だにせず立ち尽くす彼を見て、息をしているのか心配になり名前を呼ぶと、まるで乙女のように膝をくっつけてぺたりと床に座り込む。
そこはたった今ジークムントが零した水でべちょべちょに濡れていたけれど、彼は気にする様子もなく、頬を染めて私を見上げた。
「ま、魔女様……」
ああ、やっぱり、私は魔女に見えるみたいね。
「ええと、ジークムント」
なぜか分からないけど、私の瞳の色は変わってしまった。
この大陸では、ピンク色の髪に赤い瞳を持つ者を魔女と言うらしいから、私は魔女になってしまったのかしらと尋ねるより早く、ジークムントが確信を持って発言する。
「な、何てことだ! お姫様は魔女だったんですね! あああ、これまでの無礼を死んでお詫びします!!」
本気で言っているように聞こえたため、私はぎょっとして大きな声を上げた。
「えっ、止めてちょうだい! 冗談でもそんなことを言ってはいけないわ」
「冗談ではないので言わせてください! そして、実行させてください!!」
「ますます悪いわ。お願いだから、もう二度とそんなこと言わないでね」
「うぐっ、ま、魔女のお願い! 何と言う強制力だ!! はい、分かりました! 魔女のご命令であれば、全て従います! 二度と言いません!!」
ジークムントの素直過ぎる言葉を聞いて、何だか面倒なことになりそうだわと思った私は、話を変えようと彼の背後を指差す。
「ジークムント、あなたの後ろに魔女の使用人がいっぱいいるわ」
私が発言した通り、リスだけでなく、猫やうさぎまでもが扉から顔を覗かせると、二足歩行でひょこひょこと歩きながら近付いてきた。
ただし、先ほどまでと異なり、全ての魔女の使用人から殺気が失われているようだ。
もちろんジークムントが一切身構えていないことから、彼もそのことに気付いているのだろう。
「どうやら私たちを攻撃する気はなくなったようね」
ジークムントは酷い怪我をしているから、これ以上争わなくて済むのならよかったわと笑みを浮かべると、彼は当然だとばかりに大きく頷いた。
「もちろん、攻撃なんてされるはずがありません! だって、お姫様は魔女だったんですよ! 魔女の使用人たちが長年待ち続けてきた魔女が復活したんです!! 大歓迎する以外に、何をしろというんですか!!」
「そ、そうなのかしら……」
ジークムントの勢いに怯んでしまい、考えるかのように片手を頬に当てたところで、彼が顔を引きつらせる。
「ひっ! お、お姫様、腕から大量出血しています! 何てことだ、先ほどの怪我はそんなに深かったんですか!!」
どうやら手を上げたため、腕の怪我がジークムントの目に入ってしまったようだ。
「ジークムントの怪我に比べたら、大したことないわ。あなたが医師を呼ぶのであれば、ついでに私も診てもらいたいのだけど、いいかしら?」
「ダ、ダメです! お姫様は今すぐ、誰よりも早く手当てをしなければいけません!!」
ジークムントはそう言うと、テーブルの上にかかっていた洒落たクロスを手に取り、私の体にぐるぐると巻き付けた。
「えっ?」
何をする気かしらと、されるがままになっていると、ジークムントは「失礼します」と言って私を抱き上げ、扉に向かった。
「ジ、ジークムント、下ろしてちょうだい! 大した傷ではないから、自分で歩けるわ。あなたの方が酷い傷を負っているのだから、私を抱き上げたら傷が開いてしまうわ」
当然のことを言ったというのに、ジークムントはじわりと目に涙を浮かべる。
「ううう、オレのような不心得者の心配までしてくれるなんて、お姫様は女神か! いや、魔女だった。さすがは全ての者に祝福を与えるご存在だ、何と慈悲深い」
ジークムントは大袈裟なことを言うと、ぼろぼろと男泣きに泣き出したので、私は渋い顔をする。
まずいわね。もしも私が魔女だとバレたら……と想像した全ての悪い予想が、現実になってしまったじゃないの。
ジークムントは口が悪いから、これまで散々悪口を言われていたのに、手のひらを返しておべんちゃらを言い始めたわよ。
さらには、魔女が現れたと歓喜されているし、猫なで声でしゃべりかけられているし、崇め奉られているわ。
ああー、私はジークムントの見たくなかった姿を全て見ているわね。
いくら彼がチョロいにしても、酷過ぎるんじゃないかしら。
私は渋い表情をすると、感激した様子でぼろぼろと泣き続けるジークムントを見上げたのだった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
本作品は今年中に完結予定です。






