24 狼公爵領の古代遺跡 2
「えっ、い、いえ! 何度聞いても驚く話だわ、と思ったの」
慌てて言い訳をすると、ジークムントが納得した様子で頷いたため、えっ、これで騙されるのねとびっくりする。
うーん、ジークムントは素直過ぎるんじゃないかしら。
ジークムントが再び歩き出したので、私も後に続く。
「当然のことですが、魔女の魔力が多く含まれているものほど、陛下の体調改善に効き目があります。たとえば皇宮の庭には、魔女の畑がありますよね。そこに植わっている植物にもうっすらと魔女の魔力が含まれているので、陛下の食事には毎回、それらの植物が使用されています」
「興味深い話ね。一体どんな作物が植わっているの?」
「いえ、作物は実らないので、作物の葉っぱを食べている状態ですね」
私はぎょっとして、驚きの声を上げた。
「えっ、大帝国の皇帝の、とっておきのご馳走が葉っぱですって?」
私の声は大きかったようで、ジークムントは焦った様子で人差し指を唇に当てる。
「しー、静かにしてください! それから、仕方がないことなんです。畑の植物が枯れることはありませんが、魔女がいなくなって以来、作物が実らなくなったんですから」
葉っぱかあ、葉っぱねえ、と未だ衝撃から立ち直れない私は、口の中で呟いた。
「そうなのね。それで、葉っぱよりももっと魔女の魔力を含んだ遺物が、この古代遺跡にあるってわけね」
ジークムントはその通りだと頷く。
「実のところ、魔女の魔力は特殊な結晶にして閉じ込めることができます。オレたちはそれを『魔女石』と呼んでいますが、古代遺跡には過去の魔女たちが作った『魔女石』が格納してあるんです。少なくとも、皇宮の地下にある古代遺跡にはそれらがありました。そのため、陛下は定期的にその石を採取し、魔女の魔力を浴びていたんです」
なるほど。だから、先日の皇帝は、皇宮にある古代遺跡に入って、それらの『魔女石』を探していたのね。
自分のためのものだから、公爵たちに頼むことなく、自ら足を運んだのだわ。
「魔女の魔力は一体どのようなものなの?」
どんなものなのかが分かれば、古代遺跡のどこにあるのか探ることができるかもしれないわ。
「えっ、魔女の魔力ですか? それはもう心地よくて、優しくて、最高にオレを高めてくれるものですね!!」
うーん、そんな感覚的な話をされても全く分からないわ。
……というか、こちらに向かってくる魔力の塊がいくつかあるわよ。これは魔女の使用人たちじゃないかしら。
「ジークムント、何者かがこちらに向かってくるわ。恐らく魔女の使用人じゃないかしら。隠れましょう」
私はそう言うと、目の前にあったドアノブを掴んだ。
「えっ、ま、魔女の使用人? どうして分かるんですか? あ、というか、その扉は開きませんよ! それらは全てフェイクで、古代遺跡で開くことができる扉は……えっ!?」
ジークムントは何かごちゃごちゃ言っていたけれど、私はそのまま扉を開くと、ジークムントの手を掴んで部屋の中に引っ張り込む。
危険はないかしらと、ぐるりと見回すと、そこは豪華な調度品で埋め尽くされた広い部屋だった。
「どなたか偉い人の部屋かしら?」
まるで誰かが住んでいるかのように綺麗に保たれているわと考えていると、ジークムントががくりと床に膝をつく。
「ジークムント!?」
「ひ、あ、こ、ここは、ま、魔女の部屋ではないですかね?」
「え、そうなの?」
「もちろん入ったことなどないので、分かりません。けど、こんな心地いい空間、他に考えられません。あっ、力が抜ける……」
まあ、ジークムントがへにょへにょになっているわと思っていると扉が開き、手のひらサイズのリスが3匹入ってきた。
「魔女の使用人!」
ジークムントはすかさず立ち上がると、私を庇うように前に立った。
「えっ、あれはリスでしょう?」
「違います!」
ジークムントが身構えるより早く、リスがジャンプして腕を振り下ろしたと思ったら、風の刃が飛んできてジークムントに傷を負わせた。
それから、ジークムントが受け止めきれなかった刃が、私の右腕に突き刺さる。
「姫君!」
「えっ?」
驚いたわ。このリスのような生物は、ものすごく高密度の魔法を放つのね。立派な魔法使いじゃないの。
「これほど手練れの魔法リスを傷付けないでいるのは、至難の業ね」
エッカルト皇帝が傷を負うはずだわ。
そう考えながらジークムントの前に立とうとしたけれど、彼は腕を伸ばして邪魔をしてきた。
明らかに深い傷を負っているのに、まだ私を守る気のようだ。
「お姫様、怪我を負わせてしまってすみません! しかし、これ以降は絶対に姫君に攻撃を届かせませんから、ご安心ください! この後、オレが合図をしたら部屋から走り出てください。オレもすぐに続きます」
本当に立派な騎士道精神だわ。
でも、ジークムントは肩から腹にかけていくつもの深い傷を負っているから、これ以上動かない方がいいし、できるだけ早く手当てを受けた方がいいわ。
「ジークムント、私は大丈夫よ。だって、私は『破滅の魔女』だから」
きっぱり言い切ったものの、私の得意な火魔法を使ったら、このリスたちは黒焦げになってしまうわね。
『魔女の使用人』は大事な存在らしいから、黒焦げにしたら皇帝から恨まれそうよね。
「ジークムントは氷魔法が使えるかしら?」
「オレは一切の魔法が使えません!」
「……そうなのね」
ジークムントはすごく強いと聞いていたから、てっきり魔法が使えると思っていたけど、どうやら勘違いだったようだ。
ああー、あわよくばジークムントに氷魔法で魔女の使用人を捕縛してもらいたいと思ったけど、そう上手くはいかないわよね。
「ううう、私は氷魔法が苦手なのよね」
でも、私しかやれないというのであれば仕方がない。
問題は詠唱する時間が取れるのかということだけど、それはジークムントに任せましょう。
ジークムントは騎士道精神に溢れているから、引き受けてくれるはずだわ。
「ジークムント、5秒間稼いでちょうだい!」
「えっ、腰が抜けたんですか?」
頓珍漢なことを言うジークムントに苦笑すると、私は時間稼ぎを彼に任せて呪文を口にした。
「我は定義者なり」
唱えたのは、たった一言。
けれど、己が何者かを明らかにしたことで、私の言葉に呼応して、その場の空気がびりびりと震え始める。
―――魔法使いは特別な存在だ。
そのため、上位の魔法使いになればなるほど、その空間を自分の領域に変えてしまう。
それは私も例外でなく、私の周りに魔素を帯びた特別な空気が充満し始めた。
瞳に、髪に、指先に、魔力が満ちる感覚を覚えると同時に、私は恍惚とした声で呪文を唱える。
「我が手から放たれた水は氷となり、我の視界に映る一切を凍らせよ! 『瞬間氷結』!!」
腕を伸ばしながら呪文を唱えると、私の手から噴出した水は瞬時に氷に変わり、魔女の使用人たちの体全体に絡みついた。
それから、そのまま魔女の使用人を床に凍り付ける形で捕縛する。
ぴきぴきと辺り一面の床が凍り付き、魔女の使用人たちは下半身が氷漬けになって床と同化していた。
「傷を付けずに捕まえたわ!」
苦手な氷魔法にしてはよくできたんじゃないかしら。
そう満足して、凍った氷に閉じ込められた魔女の使用人を見つめたけれど、相手は私を見てにまりと笑ったのだった。