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1 サファライヌ神聖王国王女の受難 1

 それは、1か月前の出来事だった。

 私、サファライヌ神聖王国の第一王女であるカティア・サファライヌは、母国の王宮内にある会議室にいた。


 会議室の重々しく緊張した雰囲気の中、ぽかりと口を開けると、間抜け面をさらして兄である王太子を見つめていた。

 なぜなら兄から呼び出しを受け、会議室に顔を出したところ、1ダースほどの大臣や騎士団長、貴族に囲まれた兄が、にやにやしながらとんでもないことを言ってきたからだ。


「は? 何ですって?」

 はっきり聞こえていたにもかかわらず、耳にしたことが信じられなかったため思わず聞き返す。

 そんな私に向かって、兄はわざとらしいため息をついた。


「はあ、このオレに同じ言葉を2度も言わせるとは、お前も偉くなったものだな! お前はザルデイン帝国皇帝に嫁ぐことになった、と言ったんだ!!」

 私は驚愕して目を見開くと、必死で言い募る。

「そ、それは不可能です! だって、私はノイエンドルフ公爵に嫁ぐのですから! もうウェディングドレスも出来上がっているし、3か月後には式を挙げる予定になっていて……」


 動揺のあまり、誰もが分かり切っていることを説明すると、兄はもう一度ため息をついた。

「お前は本当に頭が固いな! そのウェディングドレスはノイエンドルフ公との結婚式でしか使えないのか? 違うだろう! ザルデイン帝国皇帝との結婚式は2か月後だ。その時に使用すればいいではないか」


「に、2か月後!?」

 一国の皇帝の結婚式であれば、短くとも一年の準備期間が必要だ。

 2か月後に慌ただしく結婚式を決行するなど尋常ではない。

 いや、そもそも長い間交流がないザルデイン帝国皇帝との結婚話が持ち上がること自体がおかしなことだ。


 はっとして周りにいる重臣たちを見回すと、全員が顔色を悪くして俯いていた。

 それらの姿を目にしたことで、何か大変なことが起こっていることを遅まきながら理解する。


 ドキドキする胸を押さえながら、ごくりと唾を飲み込んだところで、兄が居丈高に怒鳴ってきた。

「せっかくザルデイン帝国の皇帝がお前を娶る気になってくれたのだ! 気が変わられては困るから、最短で式を挙げることにしただけだ! お前は女だてらに騎士団の最高職に就いているうえ、魔法使いとして最上位の称号を冠されるなど、これっぽっちも可愛げがないからな! お前がどんな王女かがバレたら、すぐに破談になるだろうから急ぐことにしたのだ!」


 兄は一旦言葉を切ると、馬鹿にしたように唇を歪める。

「とは言っても、職位も称号も、お前の身分があるからこそ与えられた代物だ! 自分の実力だなんて、勘違いするなよ!!」


 会議室には騎士団長が数名揃っていたのだけれど、兄の言葉を聞いた途端、我慢ならないとばかりに口を開いた。

「王太子殿下、お言葉ではありますが、王女殿下は6歳の頃から10年もの間、騎士たちと寝食をともにされ、騎士の仕事を学ばれてきました! そして、近年では立派な指導者として、我々を導いてくださっています! その素晴らしい実績が評価され、就かれた騎士団総長職でございます!!」


「さらには、この国最強の魔法使いである称号『破滅の魔女』を冠することが許されたのは、王女殿下がこの国で一番強い魔法使いだからです! 殿下はそのお力で、数々の戦を勝利に導いてくださいました!!」


「我々が未だ生きながらえることができているのは、王女殿下が『破滅の魔女』として絶大なる魔法を行使し、騎士団総長として我々を導いてくださるおかげです!!」


 兄は薄笑いを浮かべると、憤っている騎士団長たちに視線をやった。

「はっ、カティア、誰もがお前を庇うことに夢中じゃないか! 男性だらけの騎士団じゃあ、お前のような可愛げがない者でも、女性というだけでよく見えるのだろう。ははは、連中を手懐けるために、一体どんな手を使ったのやら」


 兄はいつもの調子で私をあげつらってきた。

 現場に顔を出すことはないので、私の実力を知らず、いつだって想像で物事を語っては私を馬鹿にしてくるのだ。

 そんな兄の言葉は事実と異なっていたため、騎士団長たちはぎりりと唇を噛み締めたけれど、私は我慢してちょうだいと片手で制する。

 それから、少しだけ冷静になった頭で兄に質問した。


「王太子殿下、ザルデイン帝国の皇帝と結婚するという話は私にとって寝耳に水です。よければなぜそのようなことになったかの経緯をご説明いただけますでしょうか?」


 兄は馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「お前は本当に頭が弱いな! お前のような何の役にも立たない小娘が、なぜ大帝国の皇帝と結婚できるのか、その理由も分からないのか!? お前の価値といったら一つしかないだろう。お前が古い歴史を持つサファライヌ神聖王国の唯一の王女だからだ!!」

 

 そう言うと、兄は居丈高に私を見下ろしたのだった。



◇◇◇



 サファライヌ神聖王国。

 それは、ドドリー大陸の東側に位置する島を治める歴史ある国の名前だ。


 島といってもその面積は広く、ドドリー大陸内にある大国にも引けを取らない大きさがある。

 特筆すべき点があるとすれば、サファライヌ神聖王国は人間族の国ということだろう。

 ドドリー大陸に住むのは獣人、鬼人、竜人、エルフといった人間以外の種族たちで、人間族は基本的にドドリー大陸の東にあるレミャ大陸に住んでいるのだから。


 サファライヌ神聖王国はドドリー大陸とレミャ大陸の間にあるのだけれど、ドドリー大陸までの距離の方がレミャ大陸までの距離より何倍も近い。

 そのため、いくら島として独立しているといっても、ドドリー大陸に近接する場所に国を造ったサファライヌ神聖王国は、他の人間族の国と比べると非常に特殊なケースと言えた。


 そのサファライヌ神聖王国には王子と王女が一人ずついて、王女というのが私、カティア・サファライヌだ。

 私は腰までのピンクの髪に青い瞳を持ち、美人だった母に似ていると言われる顔立ちをしていた。

 そんな私は王女ではあったものの、父は次代の王である兄王子にしか興味がなかったため、生まれてこの方ずっと放置されていた。


 そのため、幼い頃に母が亡くなって以降、私はずっと騎士団に入り浸っていた。

 騎士団の騎士たちは人がいい者たちばかりだったため、幼い私を邪険にすることなく、娘のように、小さな妹のように私を可愛がってくれたからだ。


 おかしな話だけど、私にとって騎士団は、初めて家のように思えた場所だった。

 だから、私に魔法が使えることが分かった時、騎士たちを守るための盾になりたいと思った。

 この国で魔法を行使できる者は非常に希だったからだ。


 けれど、私はびっくりするほど虚弱で、回復魔法を一切受け付けない体質だったため、騎士たちは私が戦場に出ることに反対した。


『戦場では多くの者が怪我をします! カティア様の体質では、怪我をすれば致命傷になりかねません!!』

 至極もっともな意見だったため、私は彼らを納得させるために、圧倒的な力を身に付けなければならなかった。

『戦場に出したら危険だ』と心配される以上に、『どうしてもこの力が戦場で必要だ』と誰もが思うほどに。


 だから、私が魔法使いの最高位である『破滅の魔女』の称号を手に入れたのは、実は戦場に出たいがために頑張ったことのおまけなのだ。

 そんなことを言ったら、騎士たちが渋い顔をするから言わないけど。


 そんな私は、幼馴染に恋をした。

 王国の忠臣、ノイエンドルフ公爵に。


 彼は長い銀髪を持つ3歳年上の美丈夫で、幼い頃から交流がある相手だった。

 加えて、常識人で面倒見がよく、肝心な時にはいつだって私のことを大切にしてくれた。

 そして、私に求婚してくれた。


 だから、私たちは婚約をし、3か月後には大聖堂で結婚する予定になっていた。

 それなのに、兄は結婚間近の私に向かって、ザルデイン帝国皇帝との結婚を言い渡してきたのだ。


 ―――その日、私の運命は思いもかけない方向に動き出してしまった。

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ノベル発売中です!
ノベル1巻
「【SIDEヒューバート】手放した運命の幸福を願う」を書下ろしました。
カティアを帝国に嫁がせた際、彼女の母国と元婚約者は何を思っていたのか……アンサー編です。

漫画試し読み
イラスト担当のセレンさんによる試し読み漫画です

どうぞよろしくお願いします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾
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