16 チェンジリング 3
宝石鉱山は狼城から離れた場所にあると考えていたけれど、城の裏手にある山がそれだと紹介された。
思ったよりも随分近くにあり、馬車で15分ほど揺られただけで到着する。
馬車を降りた先は開けた場所で、辺り一面が白っぽい土に覆われ、見渡す限りの大地が広がっていた。
馬がいなないたことから、私たちが到着したことは分かるだろうに、誰も鉱山から出てくる気配がない。
どうやら狼一族は私を案内するつもりも警護するつもりもないようねと考えていると、ジークムントが自分の胸を叩いた。
「お姫様、これでもオレは一族で一番強いんです! 何かあっても一人で対応できますからご安心ください」
私が自分の身の安全を心配していると思ったのか、ジークムントはそんなことを言ってきた。
彼が強いとしても、咄嗟の時に私を守る気があるかどうかよね。
「私に危険が迫った場合、私を置いて逃げたとしても、誰にも分からないわ」
さらりと言うと、ジークムントは心外だとばかりに大きな声を出した。
「たとえどんな相手だとしても、オレは女性を置いていくような真似は決してしません!!」
ジークムントの言葉には何の根拠もないというのに、なぜだか私は彼の発言を信じることができた。
「それは頼もしいわね。ただ、『どんな相手だとしても』という部分は割愛してもよかったんじゃないかしら」
笑顔で答えると、ジークムントはぐっと唇を噛み締めた。
それから、思ってもみないことに、彼は深く頭を下げてきた。
「そのことについては謝罪します。オレが間違っていました」
えっ、ジークムントが私に頭を下げたわよ。
一体どうしたのかしら、とびっくりしていると、ジークムントは言いにくそうに口を開いた。
「……昨夜はありがとうございました。オレを庇ってくれたんですよね」
まさかジークムントから昨夜のことを持ち出されるとは思わなかったため、目を丸くする。
彼はプライドが高いから、一族の中で爪弾きされていることを、私に知られたくなかっただろうし、知られたことを認めたくないだろうから、なかったことにすると思っていたのだ。
私は彼のプライドを傷付けないような言葉を選びながら返事をする。
「私は人の悪口を言う者が嫌いなの。狼一族は仲間意識が強いと聞いていたのに、初対面の私に身内の悪口を言うから腹が立っただけよ」
ジークムントは困ったように眉尻を下げた。
「……そんなことを言わないでください。一応、オレの両親だし、親戚だし、全員仲間なんです」
まあ、あれだけ常日頃から仲間外れにされているというのに、彼はまだ仲間が大事なのかしら。
「ジークムントは一族の者が好きなの?」
「仲間を嫌う狼一族なんていませんよ。……オレはチェンジリングらしいから、彼らを仲間と呼ぶのはおかしなことかもしれませんが」
仲間を庇いながらも、仲間と呼んではいけないのかもしれないと背を丸めて言うジークムントが痛々しく見え、私は思わず大きな声を出した。
「ちっともおかしくないわ! そもそもあなたがチェンジリングだという証拠はあるの? 背中に妖精の羽でも生えているのかしら?」
わざとらしく背中部分をじろじろみると、ジークムントは恥ずかしそうに自分の体を抱きしめた。
「あ、ありませんよ! オレはいたって普通の体をしています」
「そう。だとしたら、あなたは前公爵夫妻の息子なのよ。私は母国に妖精のお友達がいたけれど、子どもを取り換えるような悪戯をする妖精は一人もいなかったわ」
「えっ、そうなんですか?」
ジークムントが驚いたように尋ねてきたので、もしかしたら彼は妖精のことをよく知らないのかしらと、情報を追加する。
「妖精の大きさは、私の手のひらくらいだわ。あなたが妖精の子どもならば、そんなに大きく育つわけないわ」
私よりも頭一つ大きいジークムントを見上げながら告げると、彼は動揺した様子で片手を額に当てた。
「そ、そうなんですね。……帝国に妖精はいないから、これまで見たことはなかったし、サイズのことなんて考えもしなかったな」
呆れたわ。皆、それっぽっちの情報しか持たないで、チェンジリングだなんて言っていたのかしら。
私のじとりとした視線を感じ取ったのか、勘のいいジークムントが言い訳のような言葉を口にする。
「妖精のことについて調べることはできますが、オレと類似点が出てきたら決定的だと思って、敢えて目を背けていたんです」
それから、ジークムントは遠くを見つめた。
「両親はずっと、妖精は遠い国に棲んでいるから、攫われた本当の息子を探しに行けないんだと言っていました。だから、代わりにオレを育ててくれるのだと」
一族が大好きなジークムントが、幼い頃からずっと爪弾きにされ、お前は仲間じゃないと言い続けられる生活はどのようなものだったのかしら。
控えめに言っても、すごく辛かったはずだわ。
「ジークムント以外に、チェンジリングと呼ばれる仲間はいなかったの?」
「チェンジリングは非常に特殊な存在なんです。それこそ100年に一人とか、200年に一人とかの頻度でしか現れません」
つまり、それだけ優秀な個体だということだ。
私は少し考えた後、『これから少し失礼な話をするわ』と前置きする。
「ええと、誤解しないでほしいのだけど、私は獣人族と野生動物を同じだと思っているわけではないわ。ただ、私が他に事例を知らないから、野生動物の話をさせてもらうけど許してね。あ、やっぱり腹が立ったら、許さずに怒っていいわ。失礼な話をする私が悪いのだから」
ジークムントは戸惑った表情を浮かべたけれど、私は気にせずに頭に浮かんだことをつらつらと話し始めた。
「母国にはたくさんの野生動物が住んでいたわ。そして、褐色の豹の中から黒豹が生まれたり、赤狐の中から銀狐が生まれたりしていたの。神様の気まぐれで、時々、他とは見た目が全然違う、優れた個体が生まれていたのよ。その特殊な個体は、他の個体より強くて賢かったわ」
ジークムントは難しい顔をして聞いていたけれど、私が話し終わると戸惑ったように見つめてきた。
そんなジークムントに、私はきっぱりと言う。
「ジークムント、私はあなたが神様に選ばれた優れた個体だと思うわ。そして、あなたの両親は間違いなく前公爵夫妻よ」
ジークムントは衝撃を受けた様子で目を見張った。
じわじわと頬が赤くなったかと思ったら、勢いよく顔を伏せる。
それから、ジークムントは両手で顔を覆うと、彼らしくない弱々しい声を出した。
「……姫君はとんでもないですね。オレの心臓を握り潰しにくるなんて」