14 チェンジリング 1
ジークムントの態度がおかしかったわけは、夕食の席で明らかになった。
「この子は取り替え子なんです」
ジークムントの母親である前公爵夫人が、困ったような表情でそう口にしたのだ。
「チェンジリング?」
耳慣れない単語を聞いたため、どういう意味かしらと繰り返す。
すると、前公爵夫人はそんなことも知らないのとばかりに、揶揄するような笑みを浮かべた。
「妖精が取り替えていった子どものことです。我が一族は全員灰色の髪で生まれてくるんですが、ほら、ジークムントだけ髪色が異なるでしょう? それは彼が元々一族の子でなく、妖精が取り替えた子だからです」
続けて、前公爵が皮肉気に唇を歪めた。
「時々、こういう悪戯が起こるんですよ。我々の子どもは連れ去られてしまったし、どうしようもないから、ジークムントを一族の子どもとして育てているんです」
「…………」
思わずジークムントの髪を見ると、確かに彼の髪は灰色ではなく青銀色だった。
けれど、妖精が子どもを取り替えるなんて、そんなことがあるものかしら。
野生動物と一緒にしてはいけないだろうけど、母国では、褐色の豹の中から黒豹が生まれたり、赤狐の中から銀狐が生まれたりしていた。
ジークムントの父親は、『時々、こういう悪戯が起こる』と言ったけど、『時々、突然変異で優れた個体が生まれる』の間違いじゃないかしら。
前公爵はまだ若くて元気なのに、早々に公爵位を息子に譲ったのは、ジークムントが優秀だからだろう。
彼の外見が一族の者と異なることに加えて、他に類を見ないほど抜きんでて優秀なものだから、勝手に『取り替え子』と勘違いしているだけではないのかしら。
「髪色が」「目の色が」と、ジークムントと狼一族の相違点を得意気に列挙する人々を見ながら、皆は一体どういうつもりで熱心に議論しているのかしらと考える。
狼一族が本心から自分たちの言葉を信じているのか、それとも冗談を言っているのかは分からないけれど、誰もがとても楽しそうに見えた。
それから、俯くジークムントの態度から、狼一族は彼が幼い頃から何度もこの話を繰り返しており、話を聞いたジークムントが悲しい気持ちになっていることも分かった。
それなのに、ジークムントは言い返すことも、この場を退席することもせず、ただ黙って皆の話を聞いているのだ。
一族を大切にする気質が悪い方に出ているわね。
いつだって私にずけずけと悪口を言うジークムントは、どこにいったのかしら。
ジークムントは当主だから、弱者というわけではないのだろうけれど、私には彼が皆から一方的に虐められているように見えた。
狼一族は同族が大好きだから、いつだって一緒にいたいと思っているし、同族の悪口を言うことはない。
だからこそ、ジークムントは何を言われても黙って耐えているのに、この一族は優秀過ぎる彼をやっかんでいるのか何なのか、先ほどからずっと彼を仲間外れにしようとしている。
それは、狼一族の一員であるジークムントが一番堪えることだろう。
私は食事の手を止めると、がしゃんと乱暴な音を立ててグラスをテーブルに置いた。
ジークムントは私に対していつだって刺々しくはあるけれど、皇宮の庭園を案内してくれたし、私の少食ぶりを心配してくれた。
そんなジークムントの方が、初対面の私の前で当主を笑いものにする狼一族より100倍好ましいわ。
「未来の皇妃様は酒癖が悪いのか?」
前公爵が顔をしかめながら、私の行儀の悪さを指摘してくる。
グラスを乱暴に扱った私の態度を、咎め立てているのだろう。
一方、これまで私の酔った姿を目にしたことがないジークムントは、驚いたように目を丸くした。
実際にお酒が入っていることもあり、私は全員の言動を無視すると、ふふんと馬鹿にしたような表情を浮かべて前公爵を見つめる。
「ええ、その通り、私は酔っぱらっているわ!」
なるほど、酔っているからこそ私の態度が悪いのか、と皆が納得しかけたところで、私はさらに言葉を続ける。
「だから、正直に言うけど、チェンジリングは狼一族への祝福ね! 取り替えられでもしない限り、ジークムントのような優秀な者がこの一族に生まれるはずはないもの!!」
お酒のせいにしてこの場を丸く収めるかと思った私が、お酒を飲んでいるからこそ正直に言うわ、と堂々と狼一族を馬鹿にしたため、前公爵はわなわなと震え出した。
「な、何だと!」
ジークムントは鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くしている。
私は前公爵を睨みつけながら椅子から立ち上がると、髪を束ねていたリボンを外し、見せつけるように両手で髪を払った。
その途端、私の周りにぱっとピンクの髪が広がる。
本当におかしな話だけど、獣人族は私のピンクの髪にものすごく弱いのだ。
効果はてきめんで、激高していた前公爵は一瞬にしてしゅんと勢いをそがれ、文句の言葉を呑み込んだ。
私はそんな公爵を一瞥すると、冷たく言い放つ。
「今夜はこれで失礼するわ」
想定外の応酬が目の前で繰り広げられたジークムントは、見て分かるほど動揺していた。
動揺のあまり自分の立ち回りすらよく分からなくなったようで、おろおろしていたけれど、私の言葉を聞いた途端、反射的に立ち上がる。
彼はどこまでも育ちがいいので、淑女の退出に伴わないわけにはいけないと考えたらしい。
ジークムントは無言で私に近付くと、腕を差し出してきた。
私はジークムントの腕に手をかけると、ドレスの裾を鮮やかに翻し、彼とともに堂々と食堂を退席したのだった。






