13 狼公爵領訪問 2
翌朝、狼公爵ことジークムントと私は、彼の領地に向かって出発した。
移動には馬車と転移門が使用され、安全のためと馬車にはジークムントも乗ってきた。
そのため、馬車の中でジークムントと2人きりになったのだけれど、彼はほとんど口を開かなかった。
これから向かうのはジークムントの領地だ。
彼のことだから、得意になって自分の領地自慢を始めるかと思ったのに、なぜかずっとうつむいており口数が少ない。
一体どうしたのかしらと気になったものの、尋ねてはいけないことのように思われたため、私は視線を窓の外に移した。
ぼんやりと景色を見ながら、そう言えば私が帝国に来てからの3週間、ジークムントはずっと皇宮にいるわね、と考える。
他の『八聖公家』の公爵たちは交代で領地に戻るのに、ジークムントだけは領地に戻ることなく、皇宮に滞在しっぱなしだったのだ。
エッカルト皇帝から大事な役目を仰せつかったのかと思っていたけれど、もしかしたら領地に戻りたくない理由でもあったのだろうか。
でも、狼一族は仲間を大切にするし、仲間と一緒にいたがるって聞いたから、その可能性は低そうよね。
そんなことをつらつらと考えていると、転移門に到着したと告げられた。
すると、今度は別のことが気になり始める。
狼公爵領の民は私を歓迎してくれるのだろうか、ということが。
ジークムントはいつだって私に刺々しい態度を取るから、彼の領民たちも領主の考えに影響され、同じような態度を取るのではないかと心配になったのだ。
けれど、予想に反して、領民たちは私を歓迎してくれた。
皆は私の髪を見ると目を見開き、王都民と同様に感激した様子で歓声を上げてくれたのだ。
「まあ、ピンクの髪ですって!?」
「何てことかしら、未来の皇妃陛下は至尊の髪を持っていらっしゃるわ!」
「皇妃陛下万歳! 我がザルデイン帝国に永遠の繁栄を!!」
国民たちの嬉しそうな顔を見て、ほっと安心する。
皆の態度に感謝しながら、私は馬車の窓から人々に向かって手を振った。
けれど、すぐにジークムントは私が歓迎されることを嫌がるのじゃないかしら、と思い至る。
ちらりと様子をうかがうと、私の予想とは異なり、ジークムントは先ほどと同じように強張った表情で俯いていた。
まあ、自領に戻ってもこんな調子なのねと驚いたけれど、彼は私にこんな姿を見られたくないだろうなと、さり気なく視線を逸らす。
しばらくすると、遠くに威風堂々とした狼城が見えてきた。
近付くにつれ、お城の細部が見えてきたのだけれど、初めて目にする狼城は美しさよりも機能性に重点を置いた、重厚で堂々としたものだった。
「まあ、攻め入るのが難しそうなお城ね」
母国では指揮官の地位にいたこともあり、思わず攻め入る視点で感想を漏らしてしまう。
すると、それまで黙っていたジークムントが顔を上げ、不快そうに顔をしかめた。
「攻め入るのが難しそうですって? 馬鹿言っちゃ困ります! この城は代々、狼一族が受け継いできたもので、難攻不落ですよ! 攻め入るのは不可能だ、と言い直してください!!」
狼城に攻め入るのは難しいし、やっかいだけど、絶対に侵入できないわけではない。
そう思ったものの、正直に言うとジークムントの機嫌を損ねそうだったので、私は従順そうな表情を浮かべた。
「ええ、攻め入ることは不可能ね」
これでジークムントの機嫌が直るかしらと期待したけれど、彼は城の入り口を見つめたまま歯を食いしばっていた。
そのため、一体何に気を取られているのかしらと彼の視線の先を追う。
すると、そこには灰色の髪をした男女がずらりと一ダースほど並んでいた。
ジークムントの家族かしら、と笑みを浮かべて向かい合ったけれど、狼一族からはあからさまな敵意を向けられる。
そのため、ああ、こうなるわよね、と内心でため息をついた。
国民は私のピンク色の髪を見て、『魔女だ』と勘違いし歓迎してくれたけれど、『八聖公家』の一族までもが同じように扱ってくれるはずがなかったのだ。
というよりも、これが通常の反応よね、と自らに言い聞かせながら、出迎えてくれたことに感謝の言葉を述べる。
私が自己紹介をすると、皆はぶっきらぼうな口調で、それぞれジークムントの父や母、叔父や従妹だと名乗ってきた。
どうやら公爵家当主であるジークムントが連れてきた客人ということで、私にも最低限の礼儀は示してくれるらしい。
事前学習した通り、狼一族は血族のつながりが強いのねと思ったけれど、なぜかジークムントは皆から離れた場所に一人で立ち、決して彼らと言葉を交わそうとはしなかった。
その行動を見て、やっぱりジークムントらしくないと感じ、無言で首を傾げる。
ジークムントは勘が鋭いから、私が見つめていることには気付いているだろうに、彼は頑なに一点を見つめたまま、決してこちらを見ようとはしなかった。
そのため、一体どうしたのかしらと、ますます不思議に思ったのだった。
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