12 狼公爵領訪問 1
「カティア、ジークムントの領地に宝石を拾いに行かないか?」
その日の晩、皇帝が初めて晩餐の席に現れたと思ったら、前置きなしにそんな提案をされた。
そのため、私はびっくりして大きな声を出す。
「えっ、それは婚前旅行のお誘いですか?」
とうとう私も大人の階段を登るのかしらとドキリとしたけれど、皇帝が返事をする前に、同席していたルッツが飲んでいたお酒を吹き出す。
「ぶふっ! げぼっ、ごほっ、ちょ、婚約者様、それは図々し過ぎる解釈じゃないですか!?」
「えっ、帝国では結婚前の男女が一緒に旅行することを、婚前旅行と言わないの?」
「それは言いますけど、恐らく、皇帝陛下はご一緒される気はないと思いますよ」
ルッツの言葉を聞いて、ばくばくと高鳴っていた心臓が落ち着いてくる。
「あ、そうなのね」
そう言われれば、エッカルト皇帝は食事も一緒に取れないくらい忙しいのだから、狼公爵の領地を訪問する時間なんてないわよねと納得していると、皇帝は考えるかのように首を傾げた。
「最初から同行することは難しいが、後ほど合流することは可能だ」
「えっ!」
「本当ですか!?」
私が答えるより早く、ルッツがびっくりした声を、ジークムントが期待するような声を上げる。
「ああ」
皇帝が頷く姿を見て、ジークムントはぱっと顔を輝かせた。
どうやら皇帝を自領に迎えることができると、喜んでいるようだ。
この流れでいくと、私がジークムントとともに狼公爵領を訪問するのは決定事項になりそうね。
でも、宝石を拾いに行くってどういうことかしら?
「私がジークムント・ヴォルフ公爵の領地に宝石を拾いに行くというのは、どういうことですか?」
素直に質問したところ、間髪をいれずにルッツが返してくる。
「あなたが陛下の婚約者で、間もなく結婚式だということですよ!」
ますます意味が分からない。
「どういうことかしら?」
再度尋ねると、エッカルト皇帝がとんと指でテーブルを叩いた。
「我が国では、皇族や貴族の花嫁は結婚式で身に着ける宝石を自ら拾い集める慣習がある。ウェディングドレスは白と決まっているから、何色の宝石を合わせてもおかしくない。ドレスに合わせる宝石を自ら集めて披露することで、花嫁が自分の好みを招待客に示すという意味合いがある」
なるほど、サファライヌ神聖王国の場合、花嫁は結婚式で婚家に連なる色を身に着け、その家に属するようになったことを示す。
けれど、この国の花嫁は婚家に染まるのではなく、自分が好きな物を主張するのね。
「ジークムントの領地には様々な色の宝石が採れる鉱山があるから、そこで宝石を拾ってはどうかと思ったのだ。とはいえ、君はこの国の出身でないから、必ずしも我が国の慣習に従う必要はない。その場合は、私が適当な宝石を準備しよう」
エッカルト皇帝は親切な提案をしてくれたけれど、もしも私がこの国の慣習に従うことなく、皇帝に宝石を準備させたならば、私が帝国の流儀に従わなかったという話があっという間に広がるだろう。
そして、私はよそ者扱いされるはずだ。
「私はもはやザルデイン帝国の一員です。帝国の流儀に従いますわ」
笑顔で答えると、エッカルト皇帝は無言で頷いた。
相変わらず、彼の考えていることはちっとも読めない。
エッカルト皇帝は純粋な親切心から、私が帝国民に受け入れられるよう、この国の慣習に沿う機会を与えてくれたのだろうか。
それとも、たとえば宝石がほとんど落ちていない鉱山を案内させ、『未来の妃が拾えたのはこの程度の宝石でしかなかった』と、私に恥をかかせるつもりなのだろうか。
どちらもあり得る気がしたけれど、皇帝の真意がこれっぽっちも読めないため、彼の心情を読み取ろうと、じっと見つめる。
けれど、すぐに彼の思惑はどうでもいいわ、と気持ちを切り替えた。
私の目標は皇帝と仲良くなることだから、事実はどうであれ、親切にされたのだと受け止めて笑っていればいいのだわ。
「ありがとうございます、エッカルト陛下! 陛下がヴォルフ公爵領へ来られるのを楽しみにしています!!」
私は嬉しそうにそう返すと、皇帝に微笑んだのだった。






