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8 帝国の花嫁 4

 馬車で国民たちの間をパレードした後、私たちは皇宮の敷地に入った。

 国民たちに手を振っている間に、エッカルト皇帝は落ち着きを取り戻したようで、その顔には再び穏やかな表情が浮かんでいた。


 高くそびえたった大門をくぐり、皇宮の敷地に入った途端、私はなぜか既視感を覚える。

 初めて来た場所だというのに、見覚えがあるような気がしたのだ。


「私はこの場所を知っているわ……」

 思わずつぶやいたところで、夢で見た景色であることに気が付く。

 私は幼い頃からずっと、知らない場所を夢で見続けてきたのだけど、それがこの庭だったのだ。


 驚いて目を丸くしていると、皇帝が皮肉気な声を出した。

「なるほど、君は策略家だな。そのピンク色の髪と清純な笑みで帝国民を虜にし、今度は私に対して運命を演出しようとしている」


 どうやら皇帝は、私が彼の気を引くために、作り話をしていると思ったようだ。

 けれど、彼がそう考えるのは当然だろう。

 私がこの国を訪れるのは初めてのため、皇宮を知っているはずはないのだから。


 馬車が進むにつれ、小高い丘のようになった場所や、たくさんの樹が密集してある場所が現れた。

 それらの全てに見覚えがあるような気がしていたけれど、色とりどりの花が植えられた花壇が現れたところで首を傾げる。

「どうした?」

「ここに池があると思ったんです」


 疑問に思ったことをそのまま答えると、皇帝は唇を歪めた。

「どうやら君が調べた地図は古かったようだな。この場所に池があったのは100年前のことだ」

「……そうなんですね」


 どうやら皇帝は、私が皇宮の地図を事前に見て、さも知っている場所のように演出していると思ったようだ。

 そう考えるのは仕方がないことだけど、もちろん私はそんなことをしていない。

 ただ、この皇宮の庭を幼い頃からずっと夢で見ていたことを不思議に思っただけだ―――しかも、現在の庭ではなく100年以上前のこの場所を。



 建物内に入ったところで、皇帝の侍従らしき者が慌てた様子で走り込んできた。

「へ、陛下、一大事です!」

「どうした」

 鋭い視線を向ける皇帝に対し、侍従は興奮した様子で一気に告げる。

「に、200年もの間咲かなかった桃夢花が、皇宮の庭に咲きました!!」


 皇帝が返事をする前に、反対側から走り込んできた別の侍従が新たな報告をする。

「陛下、とんでもないことが起こりました! 聖鳥が……魔女様にしか懐かないと言われている聖鳥が、皇宮の庭で鳴いています!!」


 そこで初めて侍従たちは私の存在に気付いたようで、衝撃を受けたように大きく目を見開いた。

「「ピ、ピンク色の髪!! ま、魔女様!!」」


 それから、2人は蕩けそうな表情を浮かべた。

「ああ、ああ、そういうことですか! 魔女様を歓迎して、皇宮の庭に桃夢花が咲いたのですね!!」

「ええ、ええ、聖鳥が嬉しくてさえずるはずです!!」


 態度を一変させた侍従たちの姿を見た皇帝は、皮肉気に唇を歪めた。

「お前たちですらそんな勘違いをするのだな。よく見ろ。彼女の瞳は青だ。赤ではない」


「はっ? あ! ……ああ! そ、その通りですね!!」

「し、しかし、この見事なピンク色の髪は……やはり魔女様に連なるご存在ではないのですか!?」


「魔女を待ち望む気持ちが強過ぎて、どうしても魔女に連なる者だと考えたいようだな」

 皇帝は侍従たちに向かってそう言うと、腕を組んで私を見下ろした。


「本当に大した手腕だな! 大昔に魔女が植えたと言われる桃夢花が咲き、魔女の使い魔である聖鳥がさえずっただと? 君は偶然を引き寄せる強運の持ち主なのか。それとも、その髪色で皇宮の花や鳥ですら誑かしたのか」


 猜疑心を露わにする皇帝に、私はにこりと微笑みかけた。

「どうでしょうね? 私はあなたの妃になるのです。末永くお付き合いいただくことになりますから、生涯をかけて答えを出してください」



 その後、皇帝と別れ、自室に案内された私は、ぼふりとベッドの上に倒れ込んだ。

「……エッカルト皇帝は切れ者ね」

 ぼそりとつぶやく。


 私は観察眼が優れている方だと自負していたけど、皇帝と一緒にいた間、彼が何を考えているのかほとんど分からなかった。

「あのタイプは腹の中で何を考えているか分からないからやっかいだわ」


 だから、気を付けないといけないわね。

 そう決意しながら、体を起こしてベッドの上に座り込む。

 それから、私は勢い込んで独り言ちた。

「それにしても、皇帝はびっくりするほど美形だったわ! どうしてこれほどのイケメンだってことを、事前に誰も教えてくれなかったのかしら!?」


 もちろん、ろくに交流もない国だったから情報が上手く伝達されなかったというのもあるのだろうけど、我が国の重臣たちにとって、皇帝がイケメンだという情報はどうでもいいものだったため、積極的に収集しなかったのだろう。


 私は手を伸ばして近くにあったクッションを掴むと、ぎゅううっと抱きしめる。

「相手の人となりを把握するのに、顔の美醜は重要だわ! 推測するに、皇帝はあれほどイケメンなのだから、これまでたくさんの恋人がいたはずよ」


 何の根拠もない推測だけど、当たっているような気がする。

「ということは、私がちょっとくらい好意を示しても、皇帝が本気にすることはないわよね。あれほどのイケメンなら、女性から言い寄られることなんて日常茶飯事でしょうし」

 そもそも私は彼の一族を不幸にした者の妹として嫌われているし、国民を誑かそうとしていると疑われているのよね。


「ヒューバートで男性は懲りたから、もう二度と恋をする気はなかったけれど、そう考えればエッカルト皇帝は最高の相手よね」

 ヒューバートとは結婚間近だったのに、彼はあっさり私を捨てたうえ、あまつさえ帝国に人身御供として差し出したのだ。

 一番信用していたヒューバートですらこうなのだから、他の男性なんて推して知るべしだろう。


「エッカルト皇帝ほどの美形であれば、相手には不自由しないだろうから、私が何をしたとしても恋愛に発展することはないはずよ! わざわざ憎い私なんて、相手にしないでしょうから」

 

 けれど、結婚相手に憎まれ続ける生活も疲れるわよね。

 エッカルト皇帝は私の髪が染色されたものだと考えてご立腹だけど、この髪は地毛だから、その誤解が解けたら少しは仲良くなれるかしら。


 少し考えた後、何にせよできるだけのことをやるしかないわ、という結論に達する。

 そのため、私はぐっと両手で拳を作った。

「よし、やるわよ!」


 私がやるべきことは、サファライヌ神聖王国とザルデイン帝国の友好を保つことだ。

 そのためには、皇帝と私が仲良くなることが肝要だ。

 だから……今後、私はエッカルト皇帝に好意を示し続けることにしよう。

 彼をうっとりと見つめたり、「好きだ」と何度も口にしたりするのだ。


 好意を示す私を見たら、国民たちはザルデイン帝国の皇帝夫妻は仲がいいと考えるだろうし、一方の皇帝は言い寄られることなんて慣れているはずだから、私の言葉を本気にすることはないだろう。

 そして、好意を示し続ける相手を嫌うことは難しいから、いつか皇帝との間に、友情のようなものが育まれるかもしれない。


「ふふ、いけるかもしれないわ!」

 私は一方的に未来の計画を立てて、にまりと笑ったけれど……その時なぜか、エッカルト皇帝と別れた時の彼の表情を思い出した。


『どうでしょうね? 私はあなたの妃になるのです。末永くお付き合いいただくことになりますから、生涯をかけて答えを出してください』

 私がそう言った時、驚いた様子で目を見開き、頬を赤らめた皇帝の姿を。


「……まさかあれほどのイケメンが、私ごときの言葉に影響を受けたわけはないわよね」

 夢を見過ぎだわ、と一笑に付した私だったけれど……なぜかその日の晩の眠りに落ちる瞬間、頬を赤らめた皇帝の姿がもう一度、頭の中に浮かんできたのだった。

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