表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ToP!  作者: ハコナシムト
Interlude - The calm before the storm
34/36

011-■. 花は折りたし

 

 午後八時半――尾崎芸能本社、地下駐車場。


「お帰りなさいませ、白長社長」


 白い灯りが煌々と輝く中を進んでいくと、黒い車の脇に立つ女性がこちらへと頭を下げる。

 きっちりとスーツを着込み、長い黒髪を巻き上げてメガネを装着した彼女は、白長が車の横に立つと後部座席のドアを開けた。


「……わざわざお迎えご苦労さま、夕下(ゆうした)くん」


 開けられたドアを潜り、黒い革張りのシートに腰を下ろす。

 シートベルトを着用している間にドアは閉められ、ドアから離れた女性――株式会社serp'の副社長である夕下が前方の助手席へ乗り込んだ。


「お食事はいかがでしたか」

「ああ、楽しめたよ。残念なことに、肝心の誘いについては断られてしまったけどね」


 夕下にそう返し、車外に残って深々と礼をする秘書――彼にはとある仕事を命じてある――をスモークガラス越しに一瞥した後、専属の運転手に「自宅まで頼むよ」と行き先を伝える。

 すると、無言で頷いた運転手の手によりエンジンを掛けられた車が、滑るように走行を開始した。


「……想定内ですか」

「勿論」


 程よい音量で奏でられるクラシック音楽の中で、白長と夕下は言葉を交わす。

 極限まで静粛性を高めるカスタムが施された役員車の中は、白長にとってお気に入りの空間のひとつだ。


「あれは前だけを見続ける男だ。かつての栄光に後ろ髪を引かれるような、無様で矮小な姿を見せられてはたまらない」


 車がスロープを登りきり、地上に出る。

 すると間もなくして、暗い色の窓にぽつぽつと水滴が落ち始め――先程までは降っていなかったはずの雨が、車体を濡らし始めた。


「まあ、久々に面と向かって話すことができて満足だよ。もののついでではあるが、彼のお気に入りも見ることができた」

「……鈴鹿柘榴、ですね」


 夕下の頭が少し動き、ちらりと白長を振り返る。

 どうやら彼女も経営層として、尾崎の秘蔵っ子には関心があるらしい。


「あれはいいものだよ。この世界を渡り歩くには繊細すぎる気もするが……五年耐えれば上等なものに仕上がるだろうね」

「……いかがしますか?」

「まったく、夕下くんは怖い言い方をするなあ。別にどうもしなくていいさ」


 警備員の手で開かれた門を抜けると、夕方よりも交通量の増えた大通りに出る。

 綺麗に舗装された歩道の上――雨から逃げるように早足で行き交う人々の姿を見物しつつ、白長はふっと小さな笑いを零した。


「……それで? わざわざ迎えに来たんだ、君の方の話も聞かせてくれるんだろう?」

「はい、全てつつがなく。イレギュラーへの即時対応が可能なよう、社長室のメンバーを数名、一般客にカモフラージュした上で現場周辺に残しております」

「結構。後のことはさっきの彼に任せてあるから、君は本件のことを一旦忘れてくれても構わないよ」

「かしこまりました」


 白長の命令に、夕下は深入りすることなく従う。

 そして、会話はそれきりぱったりと途絶え――白長が暮らすマンションに到着するまで、優美な音楽だけが車内を満たしていたのだった。




 ……嬉しいよ、蓮。


 十年という歳月を経て、立つべき舞台を他者に奪われて尚――君は、この世の誰よりも誇り高く輝いているんだね。

 今の君に舞台上へ戻る気持ちがないのは非常に残念だが……それについては、全てが済んでから再度考えたって遅くはない。


 さあ――今度はこの場所で、もう一度始めよう。

 今日までの混沌を過去にして、我々の手で新たな世界を作ろうじゃないか。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ